38話 魔人族再び
狙いを定めず。
だがその場にいる者全てを滅そうと、隙間なく炎弾が降り注いできた。
「サハギン!」
炎に弱いラキュアをペンダントに収納すると同時に、俺はサハギンを呼び出す。
数は全部で七体と心許ない。
だが彼等が自慢の三又矛を掲げると、その先端から噴き出した水流が狙い通りに炎弾を掻き消していった。
しかし数が多い。
全てを消しきることは叶わず、いくつかの炎弾が俺を掠め、ヴェルティの尻尾を燃やし、そしてサハギンにも直撃した。
「んの野郎ッ!」
正直なところ、無視してやり過ごすという選択肢もあっただろう。
こんな砂漠で何をしているのか?
疑問はあるものの、積極的に関わりたい相手ではないのだ。
だが仕掛けられてしまったのなら、話は変わってくる。
やられっぱなしで黙っていられるほど、俺は大人しい人間じゃあない。
すぐに出していたサハギンを五体回収し、弾かれたように俺は走り出した。
またも上空に炎弾が出現した、その真下へと。
「リク様ッ!」
「お前はそこにいろッ!」
つられて走り出しかけるアシェイラを制し、念のため二体残したサハギンを側につけておく。
次の炎弾は俺が引き付けるつもりだが、万が一彼女が狙われないとも限らないのだから。
「アタシも行くニャ!」
代わりにヴェルティが着いて来たが、俺の脳裏に一つの懸念事項が浮かぶ。
ソボ火山では、ラキュアもヴェルティも動けなくなっていた。
父なる魔人族には逆らえないという、一種の呪いのような制約で。
「大丈夫ってラキュアが言ってたニャ!」
だが俺の懸念をヴェルティの言葉が否定した。
狙い通り、俺たちに向けて降り注ぎ始めた炎弾の第二波。
それを器用に躱しながら、爆風の中でも聞こえるようにと大声で俺が叫ぶ。
「相手が魔人族でも戦えるってことでいいのかッ!?」
俺と同じく、ヴェルティも器用に炎弾を躱しなが――。
「熱っついニャ!!」
躱しきれずに、だがその通りだと猫がサムズアップ。
少しチリチリになった前髪を気にしながらも、並走してついてくる。
一発一発の威力はさほど大きくはない。
だが空を埋め尽くすほどの炎弾を、同時に出せるほどの魔力。
ヴェルティの言葉通り、ソボ火山で出会ったヴォフォスよりも強力な魔人族なのかもしれん。
炎弾を躱しながら距離を詰め、俺は気を引き締めた。
そしてようやくその姿を視界に捕らえる。
特徴的な紫色の肌とうねる二本の角。
ヴォフォスのように筋骨隆々ではなく身長も大分低いが、背中で漆黒の翼をはためかせている姿は、紛れもなく魔人族だ。
炎弾を撃ち尽くし、しかしその表情に焦りは見られない。
走り寄る俺に対し、余裕綽々の表情で話しかけてきた。
「初めましてだなァ? お前が報告にあった、魔物使いのにん――」
「おらぁッ!!」
ぶん殴った。
走ってきた勢いそのままに、とりあえず全力でぶん殴った。
メキョっと嫌な音を立てて魔人族の顔が歪み、そのまますっ飛んでいく。
三十メートルほど地面と平行に飛んで行った体は、そこから飛び石のように何度か砂の上でバウンドして止まった。
うむ。
すっきりである。
というかコイツは馬鹿なのか?
いきなり魔法をぶっ放しておいて、被害者が呑気に『やぁやぁ、これはご丁寧にどうも』なんて挨拶を返すわけがないだろ。
ともあれ、挨拶代わりなんて言葉もあるから今のが挨拶ということにしておこう。
一応初対面だしな。
礼儀はかかさない男。
さすがである。
と、魔人族の男が立ち上がった。
割と本気で殴ったのに立ち上がるとは、意外と侮れないかもしれん。
「お前なァ? あれだぞ? いきなり殴るとかアレかァ?」
「お前が言うな」
コキコキと首をならし、服についた砂を払う魔人族。
そういえばコイツ、一丁前にローブなんて着てるんだな。
ヴォフォスはパンツ一丁だったから、あれが魔人族スタイルなんだと思っていた。
「あァ? 普通服くらい着るだろォ?」
じゃあヴォフォスの趣味か。
変態一族の中でも、群を抜いた変態だったというわけだ。
「つかホントにモンスター娘を連れてんだなァ? しかも俺を前にして動けてんじゃねぇかよォ?
お前アレかァ? 変態だろォ?」
「お前が言うなッ!!」
先ほどと同じ返しだが、今度は心からの叫びだった。
純粋な魔物と交わるような変態一族。
そんな奴等にだけは言われたくないっ!
ふざけるなっ!
……スー子は特別枠だからセーフ。
何事にも例外は付き物である。
しかし、今の言葉は引っかかるな。
『モン娘が魔人族の前で自由に動ける』ということが、イコール俺の変態性の証明になる?
――ということは……。
「ヤッちまったんだろォ? そこの猫ちゃんとよォ?」
やはりそうか。
あぁ、それならソボ火山の直後にラキュアが体を許した理由も理解出来る。
魔人族を前に動けず、しかも命を危険に晒されたのだ。
ならば次に遭遇したら、自分の身は自分で守れるようにと考えたのだろう。
それならそうと言えよ。
俺に助けられて惚れたのかと勘違いしたじゃねぇか。
俺の純情を返して頂きたい。
「無視すんなこらァ!」
と、突然魔人族の手から先ほどより大きな炎が立ち昇り、俺目掛けて飛んできた。
それを横っ飛びで躱しつつ、睨みつけてやる。
「まァいいぜェ? 俺は寛大だからよォ?」
「俺のほうが寛大だがな。しかも器が大きい」
喋り方のうざい男が、眉をピクリと持ち上げた。
自尊心を傷つけたようだ。
「お前アレだァ。この中級魔人族であるピュルシ様をコケにしたらよォ? もう殺すことにすんわァ」
言うが早いか、今度は両手を突き出してくる。
「あばよォ!」
先ほどと同じく、巨大な炎が立ち昇る。
それを見て、またも横っ飛びで回避しようとするが。
「なにッ!?」
動けない!?
いや違う。
俺の足が地面から浮いているのだっ!
――やばいッ!!
眼前に迫る炎を前に身動きが取れない俺。
空中でジタバタもがくが、迫り来る炎から逃げる術がない。
視界いっぱいに炎が広がり、熱波だけで皮膚が溶けるようだ。
直撃したらどうなってしまうのか?
一瞬後に訪れるであろう灼熱地獄に、俺の体が強張った。
だが炎が直撃する寸前。
突然体が真横に吹き飛ばされる。
「ご主人ッ!!」
ヴェルティだった。
「邪魔すんなァ糞猫がァ!」
しかし無傷ではない。
俺を突き飛ばしたところまでは良かったが、炎はヴェルティの下半身を包み込むように焼く。
顔を苦悶に歪め、消火しようとヴェルティが砂の上をのた打ち回った。
「サハギン!」
すぐにサハギンを呼び出してヴェルティに水をかけさせる。
同時に呼び出した砂海蛇で、ピュルシを取り囲ませつつだ。
まずは動きを止め、立て直さなければならない。
しかし次の瞬間。
砂海蛇の体が燃え上がり、一瞬で炭と化して風に消えてしまった。
火を消し終えたヴェルティをなんとかペンダントへ収納。
サハギンは俺の援護のために出したままにし、ピュルシと対峙する。
「ピュルシとか言ったな? お前の目的はなんだ?」
聞きながら、奴の一挙手一投足から目が離せない。
先ほどから繰り出されている炎弾は、魔力の流れが感知出来ないのでいつ飛んでくるか分からないのだ。
しかも、空を埋め尽くすだけの炎を同時に出せるピュルシ。
その魔力を束ねて一つにした炎弾は、威力も桁外れである。
魔力を練る必要がなく、一瞬で作り出されてしまう狂炎。
魔技とは実に厄介なものだ。
それに加えて俺の回避を不可能にした技。
頭の悪そうな喋り方となんとなく卑猥な名前に反して、奴は油断の出来ない相手だと認めざるを得ない。
「大人しく死んだらよォ。念仏代わりに教えてやるさァ!」
第二ラウンドのゴングが鳴った。




