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34話 最初の指令

 ロンゴ帝国の帝都バゼルナッシュリアから南に広がる森林地帯。

 徒歩で半日かからず踏破出来る程度の小さな森だが、いつからか魔物が棲み付いているそうだ。

 今回の指令は、最近活発になっているその魔物達の討伐である。


「森の先には湖があり、低位の人々にとってはそこで取れる魚類も大事な食料ですから」


 森へ続く街道。

 並んで歩くアシェイラが、この指令の背景を語ってくれた。


 ロンゴ帝国の身分制度であれば下々の意見など無視してそうなものだが、実際はそうでもないらしい。

 下がなければ上というものも存在出来ない。

 その辺りの配慮をちゃんとしているからこそ、この国は成り立っているのだろう。


「海と繋がっている汽水湖ですので様々な魚が獲れます。ついでに行かれますか?」

「詳しいな」


 言うと、少しハッとして彼女はまた口を閉ざした。

 余計なことまで喋り過ぎたという感じである。

 もしかしたら、彼女の方が湖に行きたかったのかもしれない。


「今夜は野宿だ。湖の近くなら水や食料にも困らんだろうな」


 なので、俺はそう決めた。

 実際その通りでもある。

 魔物が活発になるのは夜だし、それに備えて今夜は野宿の予定でいたのだから。

 ならば湖の近くは都合が良い。


 その言葉を聞き、それが俺の気遣いだと思ったのだろう。


「ありがとうございます」


 素っ気無く感謝を述べたアシェイラだが、ほんの少し足取りが軽やかになったのを俺は見逃さなかった。





 魔物が棲み付く森というと、鬱蒼として霧が立ち込めている。

 そんな所が多いのだが、この森はそうではなかった。

 道は綺麗に踏み固められ、ツタや蔓が足に絡みつくようなこともない。

 木々の隙間からは柔らかく木漏れ日が差し込み、爽やかな風が吹き抜けていた。

 人を蝋人形に変えるような悪魔はいなそうである。


「良い森じゃないか」

「ありがとうございます」


 彼女の事を褒めたわけではないのに感謝された。

 それだけアシェイラにとって、この森は特別なのだろう。

 特に魔物が出てくる気配もないので、散歩気分で訊ねてみる。


「何か思い入れでもあるのか?」


 案内のために先を歩いていたアシェイラは、チラッと一瞬だけ振り返った。


「たいしたことではありません。

 ただ、幼い頃、良くこの森で遊んでいたのです」


 きっと遠い目をしているのだろう。

 語る背中には、哀愁が漂っているようにも見える。

 撫で擦ってやりたい。


「魔物が出るのだろう? 子供が遊ぶには危険じゃなかったのか?」


 少しだけトーンを落とした彼女は、悲しみとも悔しさとも取れる声音で言う。


「あの頃は魔物もいなかったのです。

 いつからか……いや、恐らくアレが現れた時から、魔物も棲み付くようになりました」

「……アレ?」

「見えてきました。アレです」


 歩きながらアシェイラが指差す先。

 だんだんと木々が少なくなり、隙間からキラキラと日の光を反射する水面が見えてきた。


 だが彼女が指し示したのはそれではない。

 湖の中心。

 孤島と呼ぶには小さすぎる浮島があり、その上に朽ちた建物が立っていたのだ。


「あれはなんだ? 随分と古い建物みたいだが」


 完全に森を抜け切った俺は、言いながらマジマジと観察してみた。

 白一色の建物は、屋根を支えていたと思われる支柱が全て折り砕かれている。

 そのため原型をとどめつつ落ちてきた屋根が、全てを覆ってしまっているようだ。

 ここから見ればただの三角錐だが、あの下には柱の破片やらなんやらが散乱しているのだろう。

 それを忌々しげに見つめ、アシェイラは首を振った。


「分かりません。八年程前に、突如島と共に浮き上がってきたのです」

「崩壊した状態で、ずっと水の中にあった?」


 言いつつ、俺は水際まで行き湖の中を覗き込んでみた。

 透明度は高いが、よほど深いのだろう。

 黒に近い青色の水中は、飲み込まれそうな錯覚に陥るほどだ。


「最初から崩れていたのか浮上した時に壊れたのか……。

 ただ私達が発見した時には、すでにあの状態でしたとしか」


 もう一度建物を見てみる。

 ただの三角錐のような屋根だが、角度を変えると側面にビッシリと文字が書いてあるのが見えた。

 ここからでは遠くて何が書いてあるのか判別出来ないし、見えたところで知っている文字とも限らなそうだが。

 第一、橋も船もないので近寄ることすら出来そうにない。

 だが、なんとなく思い浮かんだ言葉があり、口にしてみる。


「……神殿?」


 アシェイラが振り向いた。


「リク様。失礼ですが、どちらかに入信しておりますか?」

「俺教の宗主だが?」

「オレ教……聞いたことがありませんね。不勉強で申し訳ございません」


 コイツも頭固い族だったか。

 まぁなんとなく予想はしていたが。

 しかし、なぜ急にそんなことを?

 そう思い問いただしてみる。


「あれを見て神殿と仰った方々が他にいましたので、リク様も同じ宗派の方なのかと」

「ほう? なかなか見所のある奴等だ。誰だそいつらは」

「リーン四精教の方々です」


 あぁ、いつかルンディーの町で俺を勧誘した元祖頭固い族か。

 スジャルカでヴェルティが勧誘され、改宗していたことも思い出す。

 こんなところまで来ているとは。

 本当に大陸全土にいるんだな。


「で、そいつらは他に何か言ってたか?」


 アシェイラが、しばし顎に手をあてて考え込んだ。

 長身で、背筋をピンと伸ばした姿勢が様になっている。


「確か『水』とか『実在したのか』とか、とにかく大層驚かれているようでした」


 水。

 リーン四精教で水と言えば、水と癒しを司るウンディーネのことだろう。

 ということは、奴等はここをウンディーネを奉る神殿か何かだと断定したんじゃないだろうか。


 ただの胡散臭い言い伝えだと思っていたが、実在するのか? 四精霊とやらは。

 少なくとも、リーン四精教は実在を確信したのだろうな。

 だからこそ、大陸中に一気に布教出来たのだろう。


「リク様?」


 少々考えこんでいたようだ。

 どうしたのかと、アシェイラが覗き込んできた。


「いや、なんでもない。

 どうであれ、俺には関係のないことだ」


 そう、関係がない。

 四精霊が実在しようと、リーン四精教が何をしようともだ。


 そんなことより、日が傾いている。

 そろそろ野宿の準備を整え、夜に備えたほうが良いだろう。

 俺はペンダントを取り出し、二人を呼び出した。


「ヴェルティは食料調達。ラキュアは焚き火用の枯れ木を集めろ。いいな?」

「分かったニャ」

「はぁい」


 ちなみにスー子は家に置いてきた。

 この戦いにはついてこれそうもないからな。


 というのは大げさだが、どうにも帝都に着いてから調子が悪そうなのだ。

 たまに夜使わせて頂くこともあるが、そんなに激しくした覚えはない。

 一番付き合いの長い親友なだけに、少し心配である。


 ……。


 そうこうしているうちに日は暮れた。

 ヴェルティとラキュアはしっかり仕事をこなしてくれたようだ。

 今はラキュアが集めた枯れ木を焚いて、そこでヴェルティが捕らえた猪を焼いているところである。


 車座になって火を囲んでいると、正面のアシェイラがキョロキョロと落ち着かない様子だ。

 普段は冷静すぎるほど冷静な彼女にしては珍しい。


「どうした?」


 気になって訊ねてみると、つられてラキュアとヴェルティもアシェイラを見る。

 その視線に、一層落ち着かなくなるアシェイラ。


「い、いえ……。この二人は女性の姿ですがモン娘。つまり魔物ですよね?」


 その言葉に、ラキュアがニタリと嗤って手をワキワキさせる。

 そして、まるで中年オヤジのようにいやらしくアシェイラに迫った。


「そうよぉ? 油断してると食べちゃうわよぉ?」

「やめんか」


 後ろからパカンと頭を叩いてやる。

 冗談だとは分かっているが、それは俺とラキュアの付き合いが長いからだ。

 アシェイラが真に受けてしまっては困る。

 『リクは危険な魔物を放し飼いにしてます』なんて報告されかねないからな。


 まぁラキュアのことだから食べると言っても性的な意味だろう。

 放っておいて、奴の手練手管にアシェイラが堕ちて行く様を観察するのも一興だが。


 ……うむ。見てみたい。


 一瞬頭の中に百合色の景色が広がったが、頭を振って追い払う。

 そうして、未だ落ち着かない様子のアシェイラに声をかけた。


「怖いか?」


 だがアシェイラはキッと視線を強くし、姿勢を正した。


「怖くなどありません。見くびらないで頂きたい」


 そういえば、彼女の階級は兵長と言っていたな。

 お偉いさんの父がいるのに兵長止まりと考えれば、実力が伴っていないのだろう。

 覚悟や姿勢は立派だと思うが、こればっかりはどうしようもないな。

 俺の魔力質みたいなものだ。


「ご主人」


 と、ヴェルティが警戒の声をあげた。

 もうとっぷりと夜も暮れている。

 

 つまり、ここからは魔物達の時間だ。


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