20話 猫は漏らすし花は全裸だし
イスリアの手を握ったまま部屋へ向かう。
じっとりと汗ばんでいるが、これはたぶん俺のほうだ。
女一人抱くのに、今更この俺が緊張しているだと?
散々欲望の限りを尽くしてきた前世を思うと苦笑してしまう。
そんな純情ボーイじゃないだろ俺は。
だが振り返ってイスリアの顔を見れば、やはり鼓動が早くなる。
仕方ない。
俺の力と権力に寄ってきただけの女達とは違うのだ。
ここまで俺のほうから恋焦がれ、自分のものにしたいと思った女は初めてかもしれない。
「リク? ちょっと痛いわ」
思わず力が入りすぎていた。
逃がさない。逃がしたくないという焦りが出ていたのだろう。
「すまない。こうしてないと、また逃げて行ってしまうんじゃないかと不安で」
そんな気持ちが素直に言葉になってしまう。
前回の別れ方に後悔と申し訳なさを感じているイスリアは、複雑な面持ちでその言葉を受け止めている。
少し卑怯だったか?
ガラにもなく思う。
結果を出すために、俺は手段を選ばない男だ。
なのにイスリアを前にすると、正攻法。正々堂々。
そうでなければならないという、強迫観念染みた思いに捕らわれるのだ。
しかしなに。
そんな殊勝な心構えも、間もなく衣服と一緒に脱ぎ捨てる。
情緒ある一室で男女が二人きり。
絶好のシチュエーションを作ってまで、良い子ちゃんでいられるほど俺も俺のマイサンも大人しくはないのだ。
「さぁ、ここだ」
凄まじく長く感じられた部屋までの道のりは終着へと至り、覚悟を求めるようにイスリアに告げた。
彼女のほうから緊張は感じられないが、襲われるとは思っていないのか?
だとしたら無防備すぎるし、俺を舐めすぎだぞ。
獲物を前に舌なめずりするように、ゆっくりと引き戸を横にスライドさせていき……。
ガッデムッ!
勢い良く閉じた。
バンッと大きな音をたてて戸が閉められたことに、イスリアが驚く。
「リ、リク? 入るんじゃないの?」
「待て。ちょっと待ってくれ」
引き戸の隙間から見えた室内の光景に理解が追いつかない。
というかふざけるな!
何でこんな大事な時にあんなことになってんだよ!
思わず叫び出しそうになったが、イスリアを怯えさせないようになんとか心を静める。
くそッ!
まだ日も沈みきっていない時間だというのに、出てこれる筈がないんだッ!
今見た光景が幻でありますようにと、イスリアを手で制しつつそっと引き戸をずらす。
「待つニャ! ツタで枕を投げるのは反則ニャ!」
「そんな取り決めはしていないわぁ」
戸を閉める。
幻影でも幻聴でもなかったことに、がっくりと膝が崩れた。
なんでアイツらペンダントから出てきて枕投げしてんだよ……。
「リク? 女の人の声が聞こえた気がしたけど、中に誰かいるの?」
「中に誰もいませんが?」
人じゃないのでセーフ。嘘ではない。
……なんて言い訳が通用するか?
なにせ中で陽気に枕を投げ合ってるのは、全裸の美女と半裸の少女だ。
普通の女なら見た瞬間に『最低ね!』とか言って、ビンタされてもおかしくはない。
だから
「イスリア。この部屋はダメだ。呪われてる。君の部屋に行こう」
俺は見なかったことにした。
そりゃそうだ。
あんな状況の部屋に彼女を招き入れて「大人の階段を上ろうか」などとなるはずがない。
下手をすれば激高したイスリアの手によって「天国への階段」を上らされるハメになりかねないのだから。
混乱するイスリアの手を握り直し、部屋の前から遠ざか――。
ボスッ!
る寸前で、枕が引き戸を破って俺の後頭部に直撃した。
怒りで振り返ると、引き戸にぽっかりと開いた穴の向こうで「あっ……」と口を押さえるヴェルティと目が合った。
「ち、違うニャ! 今のはラキュアが投げ――」
「この馬鹿猫がッ!!」
これはもう仕方がない。
誰だってそうする。俺だってそうする。
我慢の限界を迎えた俺は、飛んできた枕を拾いあげると全力で投げ返していた。
ドゴンッ!!
枕投げのレギュレーションを無視してすっ飛んでいった枕が、引き戸を破壊し、室内の置物を破壊し、窓枠を破壊し、遠く見える雄大なソボ火山の中腹に着弾して土煙をあげた。
頬を掠めた凶器としか思えない枕の威力に、ヴェルティが膝を崩す。
その下には水溜りが広がり、アンモニア臭が漂い始めた。
「あらあらぁ? 粗相をするなんて躾のなってない猫ちゃんねぇ」
ヴェルティを見下ろし囃し立てるラキュアを横目に、ハッとした俺の顔がゆっくりと隣を向いた。
怒るでも呆れるでもなく、ただ目を点にしているイスリアと視線がぶつかる。
「ここまで状況が飲み込めない事態は初めてよ……」
飲み込まないほうがいい。
間違いなく食中毒を起こすだろうから。
そんな益体のないことを思いながら、俺と彼女はその場を離れるのであった。
イスリアの部屋。
この宿で最も上等なその部屋は、不必要なほどに広い客間の真ん中にぽつんと小さなテーブルが用意されている。
そこに向かい合って座りズズッと茶を啜ると、少しだけ心が落ち着いた気になるから不思議なものだ。
「さっきの女の人達は――」
「俺は魔物使いだからな」
機先を制する。
後の先と言えるほど鋭いカウンターで、俺は彼女の疑問を封殺した。
これが肝要なのだ。
言いたいことを全部言わせてからの反論など、向こうからすれば言い訳にしか聞こえない。
話し合いとはまず事実。
これをぶつけて口を閉ざさせるところから始めるのが俺の流儀なのである。
「あの二人は魔物。いわゆるモン娘という奴だ」
その言葉に、イスリアは彼女達の姿を思い出しているようだ。
そして納得したように頷く。
「そっか。だから肌の色が違ったり、耳や尻尾があったのね」
良く見ている。
さすがは一流の剣士といったところか。
「じゃあなんで彼女達。特に緑色の女性は裸だったの?」
本当に良く見ていらっしゃる……。
間髪入れずに、剣士は鋭く俺の喉元を狙ってきたのだ。
これは危ない。
答え方を間違えれば命はないかもしれん。
いや、これが嫉妬だとしてもイスリアに怒られる筋ではないだろ。
まだ彼女とは何もないのだから。
だが『まだ』であり『これから』を期待するなら、ここは慎重に答えなければならない。
正攻法で彼女をモノにしたいと考えるならば余計にだ。
ラキュアがなぜ全裸なのか?
こっちが聞きたい。
さっきまで浴衣着てたじゃねぇかと。
しかしそんなことを言っても彼女は信じないだろう。
なぜ裸だったのかという質問は、捕まえて従わせているモン娘を自分の趣味で裸にして辱めているのではないかと、そう糾弾する意志が込められているのだから。
裸族だから。
彼女の趣味で。
そういう呪い。
説得力にかける言い訳しか思いつかないが、沈黙は破滅だ。
頭をフル回転させて、絞り出すようになんとか答える。
「彼女は植物のモン娘だから。裸じゃないと光合成出来ないんだ」
天才か俺は。
ギリギリで降りて来た言い訳に、イスリアは「なるほど」と納得しているのだ。
窮地を脱したことを確信し、俺は内心でガッツポーズ。
と、そこに部屋の掃除を終えた二人がやってきた。
「掃除は終わったニャ。今夜のご奉仕は頑張るから許して欲しいニャ……」
ビシッと、空間にヒビが入った気がした。




