18話 ラキュアが怖いなんてことは確認するまでもなかった
戦場となった平原よりも更に南下したところで、森林地帯を発見した。
ここであれば人目にも付かないだろうと、少し入ったところで男を放り投げる。
「……殺すならさっさとやれ」
意識を取り戻した男が潔いことを言っている。
だが殺すにしても後だ。
まずは銀髪の行方を聞き出さなければならない。
とはいえ、あんまり男を甚振るのは好きじゃない。
俺は健全男子だからな。
これが女の捕虜だったなら、三日三晩は楽しめるのだが。
全身にへばりついた返り血も気持ち悪い。
尋問はラキュアにでも任せて、小川で身体を清めてくるか。
縛るまでもなく動けない男の前で、俺はペンダントを掲げた。
ぽんっと飛び出したラキュアは、キャミソールを脱いできたのか全裸である。
ぶるんと魅惑的な山が、俺を誘うように跳ねる。
なんだその嬉しいサプライズ。
少しだけラキュアの良い奴評価が上がった。
「ラキュア。お前にコイツの尋問を任せようと思うのだが、出来るか?」
と聞くまでもなかったんだろうな。
出てきた直後から口角をあげ、ニンマリと嗤っているラキュア。
何のために呼ばれたかを、初めから予想していたようだ。
あぁ、そのために全裸で出てきたのか。
返り血などで服が汚れないように。
「好きなようにしていいのかしらぁ?」
瞳に嗜虐的な色が込められている。
彼女は根っからのサディストなのだ。
「銀髪の行方を聞き出すまでは殺すなよ?」
「そぉんな野暮なことしないわぁ」
聞き耳を立てていた男が咄嗟に懐から隠し刀を取り出し、自らの心臓に突きたてようとするのが見えた。
だが、直前でラキュアのツタに弾かれてしまう。
「ぐっ……」
ゆっくりと肢体を見せ付けるように男に近付くラキュア。
彼の目には、彼女がどう映っているのだろう。
絶世の美女? 悪魔? 淫靡な娼婦?
俺の目には、禍々しい毒花に見えているが。
「死にたかったぁ? でもまだダメよぉ。
泣きながら『殺してください』って地面に頭を擦り付けるまで、たぁっぷりと楽しみましょう?」
怖い。
俺ですら怖い。
久しぶりにオネショしてしまいそうだ。
しかしまぁ、この分ならちゃんと情報を聞き出してくれるだろう。
適材適所。
我がパーティーのおっぱい担当は、とても有能である。
この場は任せるかと、俺は小川へ向かって歩き出す。
その背中に、男から怨嗟の声をぶつけられた。
「やはり魔人族! いや魔物か!? イスリア様を見つけてどうするつもりだ!」
振り返ると、侮蔑と怒りを含んだ瞳と視線がぶつかった。
「決まってる。ビィビィ言わせてからぶち殺すのさ」
クククと笑い、今度は振り返らずに小川へ向かう。
これであの男の口はより固くなるだろう。
ラキュアのお手並み拝見というわけだ。
その意図を汲み取ったラキュアの横顔は、とても邪悪に唇を歪めていた。
マジで怖い。
万が一アイツが俺の支配から抜けるようなことでもあれば、俺は世界の果てまで裸足で駆け出すことだろう。
ラキュアの良い奴評価が地の底まで潜ったことを確認し、俺は少し足早にその場をあとにするのであった。
服を脱がずにそのまま川に入る。
ドス黒く染み入った血を洗い流すためだ。
その姿を、川岸からスー子が眺めていた。
そういえば久々の殺戮に夢中で、コイツの存在を忘れていたな。
よく無事だったと撫でてやろうとしたが、ぴょんとスー子は俺の腕を避けた。
「あ?」
初めての親友からの拒絶。
いや拒絶か?
だったらこの場に留まりはしないだろう。
「血に穢れることを避けてるのか?」
「ぴぎぃ」
そうらしい。
もう散々俺に穢されてるくせに今更だろう。
そう言ってやると、ほんのりスー子が赤く染まった気がした。
そんな様子に少し心を和ませつつ、俺は先ほどの戦いを思い出す。
俺は強くなった。
まだ以前ほどではないにしろ、単純な力で俺に敵う人間はもういないかもしれない。
それでも銀髪を取り逃してしまった。
理由は簡単だ。
どんなに強くても、対軍では数の力で封じ込まれてしまうのだ。
前世のように強力な魔法も使い放題であればそれも簡単に蹴散らせるのだろうが、単純な力だけでは難しい。
バシャッと水で顔を洗う。
跳ねた水がかかり、スー子がぴょんぴょん跳ねた。
ペンダントから魔物を出して、軍として機能させるか?
一つの案としては有効だろう。
だが魔物が殺されるたびに、俺の能力は少しずつ失われる。
せっかく集めた力をそんな風に消費するのは避けたい。
もっともっと多くの魔物を従えたあとならば、誤差の範囲に収まるだろうが。
――戦で火照った身体も大分冷えてきたな。
俺は川からあがり、火を熾して服を乾かす。
ある程度乾いたころには、ラキュアの尋問も終わっていることだろう。
楽しみすぎて聞き出せずに殺してしまったなんてことないように祈りつつ、焚き火を眺めるのであった。
半乾きの袖に腕を通してからラキュアの下に戻った俺は、その光景の異様さにアホみたいに口を開けていた。
全裸で四つん這いにされている男。
その背中にラキュアが足を組んで座っている。
男の身体には夥しい数のツタが絡み付いており、全裸だとは分かるが半分くらいは緑で覆われていた。
「おかえりなさぁい」
平然と言うラキュアに寒気を覚える。
いったいどういう尋問をするとこういう状態になるのか……。
「話は聞けたか?」
深く考えることはやめた。
考えると俺の精神に良く無い影響を及ぼしそうだからである。
俺の質問に答える代わりに、ラキュアは目を細めてパチンと指を弾いた。
その瞬間、椅子になっている男がビクリと震え、唾を飛ばしながら必死に喋りだす。
「い、イスリア様……いやイスリアはダブランの町へ向かっております! そこからソボ火山を南に回りこみ、ロンゴ帝国領へ攻め込む手筈になっているのです!」
おやおや随分と従順になっちまって。
見たところ忠誠心は厚そうな男だったが、それをこんな風にしてしまうとは……。
しかし南からロンゴ帝国に攻め込むか。
最初からそういう手筈だということは、ポポスの防衛は初めから囮だったのか?
俺の聞きたいことを理解したのだろう。
再びラキュアの指が弾かれる。
「あひゃっ!! そ、そうです! ロレアス皇太子は長引く戦に決着をつけるため、本気でロンゴ帝国を攻め落とすつもりなのです!!」
あひゃってなんだよ。
あのツタの中でいったい何をされているのか気になってしまう。
そんな俺の視線がラキュアの視線とぶつかった。
「今度してあげましょうかぁ?」
「断固拒否する」
危なかった。
アイツはこうやって、いつの間にか俺の心まで取り込もうとしているのかもしれない。
深淵は覗いてはいけないのだ。
太古の昔から『ちょっと様子を見てくるぜ』なんてのは死亡フラグでしかない。
なので俺は、その深淵をちょっと覗き見たい気持ちをグッとこらえる。
まぁしかし聞きたいことは聞けたな。
グジャ王国とロンゴ帝国の戦がどうなろうと知ったことではないが、グジャ王国が大きくなるのはよろしくない。
潰すのが面倒になってしまうからな。
ということで、まずは南下してダブランの町へ向かう。
そこで銀髪の方のイスリアを探してぶち殺し、グジャ王国が勝ちそうならそれも邪魔する。
グジャ王国が負けそうなら、その期に乗じて潰してしまってもいいかもしれない。
「方針は決まった。すぐに出るぞ」
馬に跨るとスー子が頭に乗っかってきた。
最近はここが定位置である。
「このツタは残していってあげるから、死ぬまで楽しんでなさぁい」
なにやら不穏なことを言い、ラキュアはペンダントに戻る。
その姿をツタと一体化した男が、絶望と歓喜の視線で見送っていたのだった。




