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17話 遠い背中

 ポポスの町から西の草原に居た俺は、鬨の声があがった南の平原へと馬を走らせた。

 平原といっても勾配が激しく、遠くまで見渡すことは出来ない。

 下手に戦場のど真ん中にでも出てしまえば巻き込まれることは必至なので、そうならないように少し迂回する。


 結果、大分遠回りになってしまったようだ。

 先に見えたのは、ポポスの町を攻めるロンゴ帝国軍の後ろ姿だったのだから。

 雨(あられ)と降り注ぐ矢と石を掻い潜り、町をぐるりと囲む外壁に兵士達が群がっている。

 これまでに幾度壊されたか知れない門は、破られるまでにそう時間はかからないだろう。


 どうやら今回はグジャ軍の負けのようだと俺は結論付けた。

 外壁の上から指示を出しているのがグジャ軍の将のようだが、見たことのない中年の男。

 抗うように必死に激を飛ばしてはいるが、形勢を変えるには至らないだろうな。


 今にも陥落しそうなポポスの町を見ながら俺は考える。

 あの銀髪が一兵士ということはあり得ない。


 仮にもこの俺を倒した……いや、倒されてないな。

 だまし討ちのような方法と、卑劣な禁呪魔法で転生させただけだ。


 ともあれあれだけの事をした人物が戦場に出るとしたら、当然一軍を率いる立場にある筈なのだ。

 つまりここにアイツはいない。


「そう都合良くはいかないか」


 俺はそれを確認すると、途端に興味を失くしてその場を離れようとした。


 ――その時だった。

 俺の横を蹄の音と怒号が通り過ぎたのは。


 真紅の鎧兜で揃えた騎兵達。

 きっちりと歩幅を揃え、かつ速度を落とさず突撃する様に錬度の高さがうかがえる。


 グジャ軍の遊撃隊。

 いや、こちらが本隊なのかもしれない。


 迫り来るロンゴ帝国軍より数で大きく劣ると知り、町を囮に奇襲をかけるつもりなのではないだろうか?

 外門の突破に注力しているロンゴ軍の背後を襲うのは、非常に効果的であるといえよう。


 そんな戦術論を脳内で巡らせつつも、俺の視線は騎兵を統率する者に釘付けになっていた。


 あの夜と同じだ。

 真紅に映える珍しい銀髪。


 交錯した時間は一瞬だったが、忘れもしないあの横顔。

 憎き因縁の敵。イスリアに間違いなかった。


「ぎぃぃんぱぁぁつぅぅぅぅぅッ!!」


 すでに遠ざかった背中に吼え、俺は馬に鞭をいれた。

 戦場の空気に怖気づいていた馬だったが、ヒヒンと一つ(いなな)いて走り出す。


 遥か前方。

 グジャの騎兵隊は、すでにロンゴ軍のケツに噛み付いている。


 そんなことはどうでもいい。


 突然背後から受けた奇襲で、ロンゴ軍に動揺が走る。

 同時に防戦一方だったポポス防衛隊も攻勢にまわり、ロンゴ軍は挟撃される形になった。


 そんなことはどうでもいい!


 騎兵隊の奇襲は見事に成功しており、形勢は逆転していた。

 このまま乱戦になっても、士気で圧倒されたロンゴ軍は敗れるだろう。


 そんなことはどうでもいいのだッ!!


 ロンゴ軍の背後から噛み付いたグジャ騎兵隊。

 その更に背後から、俺が突撃を敢行する。


 憎くて憎くて仕方なかったあの女!

 ここであったが十二年目だ!

 今こそあの雪辱を晴らしてやる!!


「邪魔だッ!!」


 馬上から剣閃を走らせる。

 横に薙いだそれは、その剣圧だけで前方にいた兵士達十人ほどを一斉に吹き飛ばした。


 突如背後から襲われ、何事かと複数の兵士が振り返った。

 その目を突き、その首を撥ね、その腕を切り落とす。


 だが数多の兵達に阻まれ、銀髪の姿は見えない。

 居るのだ。

 確実に、この向こうに奴がいるのだ!


 その中を推し通ろうと、更に馬に鞭を入れる。


 ――しかし動かない。


「どうした!?」


 見れば、集まってきた兵達により馬は串刺しにされ、すでに絶命していた。

 精鋭揃いなのだろう。

 さすがに対応が早い。


 俺は馬を諦め地に降り立つ。

 その前にはこちらを警戒した兵達が、盾を構えて押し迫っていた。

 子供の見た目に騙されず、今見た自分の目を信じて最大限の警戒態勢を敷いているのだ。

 兵士として、戦士として一流と言えよう。


 だが見誤っている!

 お前達の前に立つ者は、見た目に反して強い子供だとか、驚くべき怪力の持ち主だとか。

 そういう次元ではないのだ!


 俺は、俺こそが、かつてこの世界の覇者だった男!

 そして、現時点でもすでに最強と呼ぶに相応しい力を手に入れた男なのだ!


 視界いっぱいに狭まる盾の壁。

 もう少し近付いたところで、一斉に槍でも突き出してくるのだろう。


 俺は拳を握り締め、力一杯それを大地に突き刺した。


 ドゴォッ!!


 地面を殴ったなどとは思えない凄まじい轟音。

 地響きすら起こしたその一撃は蜘蛛の巣状に大地をひび割れさせた直後、突き立てた拳を中心に半径十メートルほどを陥没させた。

 バランスを崩し蟻地獄に飲み込まれるかのように、盾を構えていた兵士達が転げ落ちていく。


 この兵士達の生殺与奪は俺次第だが、無視して先へ進む。

 狙いは一人。

 あの銀髪を逃さぬようにと。


 陥没した窪みから一息に上へ飛び上がる。

 俺を囲もうと次の兵士達が集まってくるが、先ほどよりも更に距離が遠い。

 これは策や陣形ではなく、単純に恐れからだろう。


「どけ」


 だから、ぎっちりと怒気を込めて言葉を放つ。

 先の光景が目に焼きついている兵士達には、それで十分だった。


 ある者は膝から崩れ落ち、ある者は武器を取り落とす。

 中には勇敢にも襲い掛かってきた兵士もいたが、一切の躊躇も加減もなく振るわれた俺の拳に身体を貫かれ、爆ぜるように絶命した。


 降り注ぐ血と臓物を体に浴びながら進む。

 思えば返り血を浴びること自体が久しぶりな気がした。

 前世では、遠距離からの魔法攻撃がいつしか主軸になっていたから。


「悪くねぇ」


 高揚した。


 ドロリとへばりつく感触。

 恐怖と殺意の混じった視線。

 血と土と糞の臭い。

 そして、圧倒的な力で他者をねじ伏せる快感。


 戦場は、女の中の次に、俺がいるべき場所だった。


 まだ成人もしていない少年が大地を割り、紙くずを丸めて捨てるような気軽さで命を屠る。

 その異常な光景に、いつしか俺の前には道が開けていた。


 だが唯一人。

 周りの兵達よりも一回り大きな巨体が立ちはだかった。


「何をしているかッ!」


 空気を震わせて放たれた激が、兵士達を竦みから解放したのが分かった。

 力とやるべき役割を取り戻し、雑魚共が立ち上がる。

 実に面倒臭い。


「坊主。何者だ? 魔人族か?」


 子供に問うような声音ではなかった。

 強い警戒と、怒気を露にしている。


「こんな美少年を捕まえて魔人族かだと? 馬鹿なことを。通りすがりのただの覇者だ。分かったらそこをどけ」

「どいてどうする? 貴様はどこへ行く?」


 こんな筋肉ダルマと問答している時じゃあないと、俺は頭をボリボリ掻いて進む。

 お呼びじゃないんだよと態度で示しながら。


「止まれッ!」

「嫌なこった」


 なお進む俺に、真っ直ぐ大剣が振るわれた。

 ブオッと風を唸らせて俺を真っ二つに断とうとするそれは、しかし直前でピタリと止まる。

 こんなもの、今の俺にとっては虫を摘まむのと大差ないのだ。

 指二本でその動きを止めた俺は、そのまま捻りを加えてベキリと折り砕いてやった。

 さしもの巨体が驚愕に目を見開く。


「化け物めッ!」


 役に立たなくなった剣を投げ捨て、即座に蹴りこんでくる男。

 隊長格なのだろうか? 判断は悪くない。


 悪くはないが良いわけもない。


 真横から頭を狙って飛んできた蹴りを、払うというには威力のありすぎる力で払う。

 結果、男は膝から下を失った。

 ハエを払うような何気ない動作だが、俺の腕はその足を切断していたのだ。


「良い判断というのを教えてやろう。俺を見たら逃げろ。国も仲間も使命も女も。全てを投げ捨てただ逃げろ。それだけが生き残る唯一の道だ」


 片足では巨体を支えきれず、男はドスンと倒れこんだ。

 痛みに叫ぶでもなく、まだ闘志を瞳に宿しているのはさすがである。


 その姿を一瞥し、先へ進もうとした俺は前方の動きに唖然としてしまう。


 撤退している?


 背後からの奇襲で一時は優勢に転じたグジャ軍だったが、いつの間にか撤退を決めていたのだ。

 今俺の前にいる兵達を殿(しんがり)とし、大部分がすでに消えうせていた。


「……俺のせいか?」


 初撃は成功した。

 そのまま乱戦で押しきれる筈だったのに、後方で異変が起こったのだ。

 動揺と恐怖はグジャ軍全体に伝播し、みるみる形勢は再びロンゴ帝国軍に傾いた。

 それをいち早く察し、被害を抑えるために撤退したのだろう。


「クソがッ!!」


 苦虫を噛み潰し、怒りに任せて大地を蹴った。

 それだけで地は抉れ、石飛礫が飛び散る。

 何人かの兵士が、その直撃を受けて倒れるのが見えたが構いはしない。

 俺の邪魔をした天罰だ。


 邪魔をしたといえばコイツ。

 片足を失くした巨体を見る。

 痛みのためか、役目を果たした安心感からか。

 いつのまにか男は気を失っているようであった。


 その首を掴んで、人気のない所まで引き摺っていくことにした。

 隊長格と目されるこの男。

 ならば、今後のイスリアの動向について何か知っているのかもしれないのだ。


 遠巻きにロンゴ帝国軍がこちらを見ているが、手を出してくる様子はない。

 賢明な判断だ。


 衆人環視の中、巨体を引き摺する俺の姿は草原の向こうへと消えて行った。


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