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三話

 剣と拳のぶつかりあいは、まさに少年漫画のバトルのそれである。

 

 「すごい。本当にすごい」


 進路に悩んでいた高2の頃の事を思い出す。

 高校だって、最初は近所の家政科に行こうと思っていたのに中2の時にそこがなくなるため募集しないと知り、少し遠くの総合学科にした。

 他にも家政科はあったが、偏差値で無理だと悟った結果だった。

 樹には妹が二人いる。

 うえの妹とは一歳、下の妹とは六歳離れている。

 漫画や小説、アニメが好きな樹は所謂オタクといわれる部類の人間だ。

 しかし、妹達はふつうだった。

 ふつうにドラマが好きで、アイドルが好き。

 だから、話が合わず、いつも上の妹からはバカにされていた。

 現実逃避だなんだと言われて、バカにされていた。

 気にしなかったと言えば嘘になる。

 でも、妹と違って成績が悪く、不器用な樹にはそれしか無かったのだ。

 卑屈で内気な彼女には、作り物の世界に逃げることしかできなかったのだ。

 上の妹は、そんな樹を蔑んでいた。

 それは父母も同じだった。

 樹の創作物に対する執着が異様に写っていたのだ。

 でも、それは仕方ない事だろう。

 樹の家は、家族同士の言い争いや怒鳴りあいが日常茶飯事だった。

 それがたまらなく嫌で、アニメに集中している時は、そんな現実を忘れられたのだ。

 家を出たい、遠くに行きたいと願ったことは一度や二度ではない。

 樹の生まれ育った地域は、偏屈な場所だ。

 古きをよしとし、新しい事は受け入れない。

 そんな場所だ。

 このご時世にして、後継ぎだなんだとこだわる。

 そんな、場所だ。

 そんな狭い世界が、樹は大嫌いだった。

 でも逃げるには勇気も気力も無かった。

 それだけの話だ。

 物理的に逃げられないから、心だけでも逃げたかった。

 それだけの、くだらない話。

 そんな樹が、高2の時だ。

 就職か進学かで選択を迫られた。

 パティシエに憧れていた樹は、調理製菓専門学校を中心に見学をしていた。

 大学にも興味はあったが、ずっと勉強ができないバカだと言われ続けたせいで、自然とその選択は樹の中から消え去っていた。

 そんな中、話の種に国家資格として魔法が覚えられるという専門学校に見学に来たのだ。まさかその時は後に試験に受かり、入学することになるなんて考えてもいなかったが。

 その学校見学の時に、樹は初めてリュシドとスカイの戦闘を目撃した。

 あの時の興奮は、きっと死ぬまで忘れないだろう。

 

 自分もあんな風に魔法を使えるようになりたい。


 小さい頃の、子供の頃の自分が憧れた光景がそこにあったのだ。


 入学して異世界について学ぶ度に、夢が遠退く。

 でも、楽しいのだ。

 全然知らない世界の広がりに、いい意味で絶望する。

 その度に、毎日が楽しくなるのだ。

 グラウンドで繰り広げられる異能力バトルに、樹は胸の鼓動が高鳴るのを感じる。

 早く、先生達のようになりたいとそう思う。

 幼い頃に思い描いた形とは違うけれど、それでも、魔法使いになれるという非現実的な現実が確かに存在しているのだ。

 

 勝負は結局引き分けになった。

 


☆☆☆

 

 昼間の興奮はそのままに、樹が家に帰る。

 自転車を小屋において母屋に向かえば、外まで聞こえる父親と祖父の怒鳴り声にうんざりした。

 毎日毎日、よく飽きないものだ。

 八つ当たりされるのはわかりきっているので、こっそりと家に入り、自室のある二階へ向かう。

 本が散乱した部屋の電気をつけて、もう始めて数年になるオンラインゲームを開始する。

 典型的な剣と魔法の世界観のゲームだ。

 樹のプレイヤー名はシェリル。職業は魔法使いだ。

 外の音を聴かないようヘッドフォンを装着して日課クエストをこなす。

 そうしていると、ゲームで知り合った友人達からメッセージが届く。

 チャットをして盛り上がり、今日が終わる。

 かと思いきや、父親が部屋にやって来て八つ当たりしていった。

 それは、妹には絶対行われない。

 八つ当たりされるのが、樹の役目だったからだ。

 樹が逆らうと、後で妹達から『姉ちゃんのせいで、もっとお父さんの機嫌悪くなった』とクレームがくる。

 現実逃避しても、しなくても、それがこの家での樹の立ち位置だった。

 どんなに家で惨めな思いをしても、最近は学校にいくことで心が救われていた。

 学校にいる間は嫌な事を、自分の家での惨めさを忘れられるのだ。


 



 













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