トレンチ28 発掘再開
「で」
ジュはバショクを上から下まで嘗め回すように眺め、致し方なし、とばかりにため息をついた。その顔には明らかな苦悶が見て取れたものの、良平は見て見ぬふりをした。
「バショク殿をお連れした、というわけですね」
「は、はあ」
常にないジュの緊迫した面持ちに気後れしているのは良平だけではないようだった。後ろでぽつねんと立っているバショクも、居心地悪そうに肩を震わせていた。
しかし、こんな中でも果敢に(言い換えれば空気を読まずに)口を開くのはやはりユエだ。
「王様からの要請もある。これが落としどころだろう」
「ふむ……。まさか、ユエ殿を戦場から救い出そうとしたことから、ここまで話がややこしくなるとは思いませんでしたが」
良平は反射的に頭を下げていた。
「すすす、すみません」
「すみませんどころの騒ぎではありませんよ、これは宮廷を巻き込んだとんでもない権力構造の変化です。バ一族といえば我が国の官僚機構の心臓部から末端にまで閥が存在したのですからね。やれやれ、これで私も裏で暗闘しなくてはなりません」
「暗闘?」
「決まってます。バ一族が一掃されたということは、コウコウ一派がその後釜を狙うに決まっています。我ら勅任文人もまた、これらの穴を埋めるべく動かねば」
どうやら、ジュの頭の中には既に学者としての計算以外の何かが働いているらしい。やおら椅子から立ち上がったジュは、ゲルの端っこに歩を進め、良平たちを手招きした。
「というわけで、私には時間がありません。というわけで、この遺跡の発掘状況をご説明しましょう」
「ありがとうございます」
ユエを奪還する作戦中、ジュはずっと貝塚の発掘を受け持ってくれた。本来なら発掘を中断してもよかった。しかし、ジュがそれを許さなかった。『これは史部最初の発掘。あなた一人のものではありません。もちろんあなたがいなければ速度は落ちるでしょうが、記録くらいなら私にとて可能です』。そう言って貝塚現場の発掘責任者についてくれていたのだ。
「まず……」
ジュはゲルの隅に置かれていた木箱から、一抱え分の紙束を抱え、それを良平に渡してきた。腕にドスンと衝撃が走る。重い。
「これが、私が集成した作業員の日報まとめです」
「こ、こんなに!?」
良平が席を外していたのは十日あまりのはずだ。日報まとめがこんな分量になるとは……。まあ、日報や報告書というのは基本的な形式を守ってさえいれば誰に文句を言われる筋合いではないし、個性も出るものだ。
「作業員たちの日報を見たければ、あの箱の中に納めてありますからご安心ください」
「え、ええ」
「さて次に遺物ですが」
ジュは一つ頷いて、またゲルの中を歩いた。そして、床に転がる遺物の数々を一つ一つ指して回る。
おお、すごい。
ジュにこの現場を任せる際には、『きっと百パーセント理解してもらうのは難しいだろう』と諦めていた。しかし、整然と並ぶ遺物を前にして、その認識を改めなければならないようだ。どの遺物にもタグがつけてあり、そのタグにはグリッドや層位、発掘状況といった遺物の性格を決める情報がすべて書き入れてある。
「すごいですね」
「要は、なんでも残せということなのでしょう? もちろん、不勉強ゆえに捨ててしまったものもあるかもしれませんが、それはご寛恕ください」
「いえ……」
こんなに几帳面にやってくれるのはありがたい。
と、一通りの説明を終えたジュは伸びをしてあくびをこいた。
「では、これで私の仕事は終わりましたね」
「ええ」
「では、私はこれで。しばらくお会いできないと思いますが」
お元気で。そう笑い、ジュはゲルから出ていった。
すごい……。残された遺物たちの視線を背中に感じながら、良平は舌を巻いた。ジュに対してもそうだが、むしろこれはブレインガルドの学問水準に、だ。もちろん現代科学のような知識は存在しない。けれど、学問に対する向き合い方そのものは、現実世界と大差がない。
「やはり、あの人はすごいですね……」
そう一人ごちていると――。
ゲルの中に作業員たちが雪崩れ込んできた。
「おお、良平さまだ!」
「おお、主が帰ってきたぞ」
しかし、そのテンションはいささかオーバーだ。中には目に涙をためて、万歳万歳と声を上げるものさえある。まるでこれじゃあ死出の旅から戻ってきた英雄みたいじゃないか。
どうしたんですか、そう聞くと、ある作業員が涙を拭きながら頷いた。
「よかった! これで地獄のような日々が終わる!」
作業員が言うには、ジュの人遣いの荒さに、作業員は振り回されてしまったのだという。毎日朝早くから日暮れまで働かされ、そのあと二時間余り日報を書かされる。さらにそのあと二時間余りかけて遺物のチェックを行い……。
「死ぬ寸前だっただ!」
作業員の中にはそこまで述べる者すらあるくらいだった。
なるほど……。話の仔細が見えてきた。
できすぎる人間というのは往々にしてそうだ。自らが「24時間働けますか?」「なんなら30時間働いてやりますよあっはっは」である人の場合、他人に強いるものもその分多くなる。仮にそういう人に自覚があったとして、「じゃあ他人には自分の半分をお願いすればいいや」と思っていたとしても15時間。この時点でブラック企業まっしぐらだ。
そういえば――。並河さんもそういう人だった。並河さんは新進気鋭の学者でしかも美人と来ていたから研究室はとてつもない人気があった。それでもあまり研究員がいつかず、長期間雇用組が幅を利かせていたという。きっとそれは並河さんのせいだろう。彼女はみんなが発掘を終えてくたくたになっていても、涼しい顔をして遺物の管理を行って、さらにそれが終われば自分の論文を書いていたくらいだ。きっと並河さんのそんな激烈な働きぶりについていけるような人でないと研究員は務まらなかったはずだ。くわばらくわばら……。すんでのところで並河研究室に入るところだった良平は、心の中で手を合わせた。けれど一方で、そんな並河さんと仕事がしたかった、という思いがないわけではない。
けれど、そんなことを言っていてもしょうがない。
「今後はそこまで大変になりませんからご安心ください」
そう良平が言うと、作業員たちはこれ以上なく深くため息をついた。
「ってことは、読み書きも教えてくれるんだか?」
「もちろん」
「じゃあ、コウコガクについても……」
「喜んで」
やっただ! 作業員たちが快哉を上げる姿を、良平は半ば呆れながら、半ば眩しく見やっていた。
やっぱり、おかしい。
ジュから引き継がれた発掘報告や作業員たちの日報をめくりながら、良平はそう独り言ちていた。時々やってくる作業員たちの質問や、発掘の進捗を報告してくるユエへアドバイスするほかは、ひたすら日報をめくってはペンを動かして自分の考えをまとめる作業に没頭していた。以前よりもはるかに作業員たちの目が肥えてきている。それだけに、日報からもたらされる情報は多い。作業員の中には、地層の違いを見分けられるようになった者もいるようだ。この作業員はもうそろそろ格上げして、リーダーくらい任せてもいいかな、などと算段しながらも、良平の興味は別のところにある。
それは、先にもあった、貝塚の下になぜか鉄器が存在するという謎だ。
ユエの件があってしばしこの現場を離れる前、貝塚層の下から金属器が出土した。これをどう位置づけるべきかずっと考えていたのだけれど、その答えは進展する発掘が示してくれた。やはり、明らかに石器文明である貝塚層の下位には、鉄器文明が存在するのである。というのも、遺跡発掘の進展により貝塚層より下の層位の発掘が進み、至る所で鉄器の出土が相次いだからだ。
一応発掘ねつ造を疑い、作業員たちの日報をひっくり返した。しかし、鉄器を発見した作業員たちは別人であり、中には考古学の勉強会にすら顔を出そうとしない者の名前すらある。要は、その日の糊口を凌ぐために発掘現場を選んでいるような人だ。そんな人がねつ造を行なうインセンティブはないだろう。
それに、出土物がかなり大きい。外から誰にも気づかれずに搬入するなど難しい。
良平は立ち上がり、端っこに並べられている貝塚層より下の層から出土した遺物たちを見下ろした。
まず目に飛び込んできたのは土器だ。貝塚層から出土するものは厚手の、たとえるなら縄文土器のように素朴なものだ。しかし、その下位から出土するのは、釉や顔料によって彩色され、赤や青などの色が眩しい土器だ。ほとんどが割れてしまっており原形はとどめていないが、その破片のアールから考えてやるに、貝塚層の土器の二倍程度の大きさはあるはずだ。
そして――、ぱっと見た感じ、何よりも目を引くのは……、やはり鉄剣だろう。
全長は二キュビット、つまり一メートルくらい。人の使う剣としてはいささか長い。しかし、そんな長さの剣がないわけではない。しかし、特筆すべきはその幅だ。約4/5キュビットもの幅がある。もちろん現実世界にだって幅広の剣などいくらでもある。しかし全長の40%もの幅を持つ剣などそう見るものではない。それゆえに重みもかなりあり、遺跡からここまで搬出するのに三人がかりだった。
見れば見るほど異形の剣だ。しかも、思えば柄だって結構な太さだ。柄は柱のような太さで、かなり手が大きくないと握ることも難しい。
さらにこの剣、検出状況もかなり特殊だ。
剣が横たえられていた。いくつか出土している剣を実測図(ここでは遺跡の姿を上から見た図)に落とし込んでみると、刃先がある一点で交差することが判明している。ということは……。もしかして、この剣は放射状に配置されているのではないかという推理ができる。そして、その中心点には何か重要なものが埋まっている可能性が……。というわけで、ユエにお願いして、その地点の発掘を優先する様に取り計らっている。急ぐ必要はない、とにかく丁寧にやってください、とはお願いしてある。
と――。
「あのう」
ゲルの中に入ってきたのはバショクだった。
「どうしたんですか」
「ユエ殿がお呼びです」
「はい、今行きます」
ユエが良平のことを呼び立てるのは珍しい。特に、ここに戻ってきてからは気を遣ってくれているのか、よほどのことがない限りこちらに声をかけてこない。ということは、何か大発見があったか発掘方針の変更を考えなければならないような障害が発生したか、そのどちらかだろう。
ゲルを出て、先導するバショクに続く。と、普段は静かに作業に当たっているはずの作業員たちがおのれの持ち場を離れてある一点に集まっている。隣の者と喋りながら、その輪の中心を眺めている。見覚えがある。これは発掘現場で大発見があった時の空気感だ。
作業員たちは良平に気付いた。すると、作業員たちは熱っぽい目で良平を見つめ、道を開けてくれた。
「おお、来てくれたか」
一点を見据えて困ったように眉をひそめていたユエが、良平に気付いてその手を緩めた。憂いを秘めていたその顔からは緊張感が少し緩んだ。
「なにがあったんですか」
「それがな」
ユエは、顎をしゃくって、それを示した。




