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トレンチ29 不自然な遺物

 良平の眼前に――。そしてユエをはじめとする作業員たちの視線を釘付けにするのは、一体のしゃれこうべだった。

 しゃれこうべ自体はそう珍しいものではない。事実、この貝塚ではいくつも屈葬された形で残る骨が検出できたくらいだ。貝塚はゴミ捨て場であると同時に墓なのだ。ゴミ捨て場に遺体を収めるというなんとも想像の難しい心象風景だけれども、これはこれで当時の人々の世界観に見合ったものなのだろう。

 しかし、そのしゃれこうべはほかの骨とは趣を異にしている。

 これまでにみた骨は、特に副葬品を携えていなかった。あるとすれば腕輪や粗末なピアスといった程度だ。しかし、このしゃれこうべには鹿角や動物の骨で作られたと思しき冠のようなものをかぶり、耳のあたりには二枚貝でできたピアスが転がっている。明らかに弔われ方が異なる。

 近くの作業員にお願いして実測図を持ってきてもらう。そして位置を確認すると……。あの巨大な剣たちが指し示すまさにその地点にこのしゃれこうべが埋葬されていたということがわかる。

 ということは、あの剣はこの人物を指していたということか?

 いや、まだ結論を出すのは早い。

 そう考えなおした良平は、しゃれこうべから視線を外して手を叩いた。

「さ、発掘再開です。みなさん、持ち場に戻ってください」

 と、先ほどまでああでもないこうでもないと喋り合っていた作業員たちは目を合わせて自分の持ち場へと戻っていった。すると、ユエが良平に近づいてきた。

「これは一体なんなのだ? 君の言う通りの場所を掘ってきたら出てきたのだが」

「とりあえず、掘ってみましょう。……バショクさんも手伝ってくださいね」

「え、私もですか」

「当たり前です」

 かくして、良平、ユエ、バショクと作業員数名による付近の発掘が始まった。これだけ興味深い遺物が出てきたということは、間違いなく大きな発見があるはずだ。しかしここで発見の喜びに浮かれて雑な発掘をしてしまっては重大な発見を取りこぼしかねない。はやる気持ちを抑えながら移植ごてを動かしていく。

 そうしてしばらくしゃれこうべの周囲を掘り上げていると、バショクが声を上げた。

「すみません、これは一体」

「ん?」

 良平が見に行く。バショクが移植ごての先で示したそれを目にしたとき、思わず良平は声を失った。

 これは、細石刃だ! しかも、植刃剣が完形で残ってるとは……。

 細石刃というのは、黒曜石などのガラス質の石を細かく砕いて大きさ五センチほどに細かくした刃のこことだ。しかしこのままでは使い勝手が悪い。そのため、たとえばスコップ状の木器をつくり、その先に細石刃を植え付けることで穴を掘るための道具とする。または、刀型の木器を作ってやり、その刃筋に細石刃を埋め込んでやれば鋭利な刃物になる。石器は確かに鋭利なのだけれど、大きなものほど欠けやすく、また欠けた後にリカバリーが利かないという弱点がある。この細石刃ならば欠けた部分だけ交換すれば最小限の修理で元通り使うことができる。そういう設計思想による道具だ。

 その細石刃の植刃剣が、例の人骨の間近に出土した。しかも、どうやら右手で抱きしめるような形で埋蔵されていたようだ。

「武器ですよ。けれど、なぜこんなものが」

「なぜ、とは?」

「いえ、なんでも」

 良平は口をつぐんだ。

 日本において、細石刃は旧石器時代の遺物とされている。旧石器時代の人類は主に大型から中型の哺乳類をその狩の対象としてきた。そのために、武器も大型化の一途をたどって細石刃の植刃剣といった大型武器が誕生したのである。しかし、その後大型獣が姿を消し、小型獣が豊富になるとむしろ大型武器はすたれ、小さな矢じりを持った矢などが隆盛することになる。

 もちろんこれは日本列島に採用されうる大まかな理解だ。これをブレインガルドにそのまま援用するのは危険と言える。しかし、この人骨の時代には、この植刃剣でもって狩らなくてはならない相手がいたということを暗に示している。

「発掘を続けましょう」

 首をかしげるバショクを尻目に、良平は更に移植ごてを振るう。

 層位を検出するつもりで慎重に掘り続ける。そうして次第に人骨の全体像が見えてくる。肩、胸、腹、腰、足……。すべてが明らかになったところで、良平は手を止めさせた。

「座位、か」

 人骨は胡坐をかかされた姿勢で埋葬されていた。横たえられて屈葬させられていたほかの骨とは明らかに埋葬方法が違う。それに、副葬品の数も明らかに違う。胸のあたりには何かがわからないものの有機物でできた服のようなものを巻き付けている。ほとんど腐り落ちて変質してしまっているためにそれが何なのかが今ひとつわからないものの、服のようなものなのだろう。また足には大きな二枚貝の貝殻に穴を穿って作られた足環がはまっている。明らかにほかの骨と比べても装飾過多といえよう。

 どうやらこの人骨は、後から埋められたもののようだ。恐らくは、二キュビットほど貝塚層が形成されたのち、貝塚を掘って穴を作り、そこにこの人骨を埋葬したらしい。死んだ人間を座位に放っておいてもいつかは崩れる。発掘時に座位で残っていたということは、そのような埋葬方法を選んだということを暗に示してもいる。

 ユエが、ああ、と唸った。

「これは、まさか……。“禁座”?」

「なんです、それは」

 ユエの歯が噛み合っていない。顔も真っ青だ。

「この人骨の座り方は王様にしか認められていない座り方なのだ。もちろん庶民が人目につかないところでこの座り方をすることはあるが、公の場においてこの座り方をしてよいのは王様だけ……」

 座り方に身分が紐づけされているとは珍しい。普通身分と紐づけされているのは装飾品だったり武器だったりすることが多い。

 しかし、ユエの指摘がどこまで的を射ているかはわからない。後世においては確かに王様専用の座り方かもしれないが、当時はまだそんな意味合いを持っていないかもしれない。確かに他の骨と比べると厚葬であるといえるし、その埋葬法はかなり異なる。だからといってにわかにこの人物を特定の身分にある人間と認めていいものか。

「続けましょう」

 良平は発掘を促した。写真機が存在しないため、作業員の中でも絵心のある人間を選抜してスケッチを残す。また、丁寧に骨の周りの遺物を取り除いていき、人骨も少しずつ移動させていく。ここは特に気を遣うところだ。いつもは作業員たちに任せる発掘も、ここばかりは自ら刷毛をもって事に当たる。そうして骨を取り去ってみると、良平はあることに気づいた。

 人骨の下が貝塚層であることを。

 おかしい。良平は首を傾げた。貝塚層の下にあった剣先が示している地点を発掘したところ、確かにその地点に厚葬の人骨が残っていた。けれどそれは貝塚層から見つかったのだ。つまり、時系列に当てはめれば、最初、剣が放射状に埋蔵されたのち、その上に貝塚が形成され始め、既に地表面から見えない剣の中心点にこの人骨が埋葬されたことになる。

 偶然? いや、偶然にしてはあまりにできすぎている。

 だとすれば――。なにがしかの必然があるとみなすべきだ。

「掘り進めてください」

 幾人かには人骨や人骨の副葬品の移動を命じてさらに掘り進める。しばらく掘り進めると貝塚層が底をついた。あの人骨はかなり低いレベルに存在したものらしい。そう独り言ちていると、良平の移植ごての先に固い物が当たる感触が走った。

 む?

 移植ごてを水平にして土を少しずつ漉き取っていく。さらには刷毛で細かい砂を掃いていく。

 と、バショクが、う、と顔をしかめた。

「これは、死の魔法の残留魔力……」

「ざんりゅうまりょく? なんですそれ?」

 良平だけではなくユエも訳が分からないとばかりに首をかしげる。するとバショクは青い顔をしながらも詳細を教えてくれた。

「魔法を使ったとき、その魔法に変換されなかった魔力が周囲に飛び散るんです。その魔力は使用した魔法の特徴を残したまま飛散するんです。魔法使いでもこれを嗅ぎ分けることができる人間はそう多くはないのですが、私にはそれができるのです」

 なるほど。けれどこれはある意味で朗報ではないか。残留魔力なるものをもし定量的に測ることができれば、当時使っていた魔法の復元もできるだろうし、儀式に使っていた魔法の復元などもできるかもしれない。

 けれど――。

「死の魔法ってなんです?」

「ええ。死の魔法とは、今では禁じられている呪法です。死神を使役してその呪文を聞く者の息の根を止めるという恐るべき魔法だと言われています。今ではほとんど見られませんが、本に仕掛けられたこの呪法で年間五人程度の方が今でも亡くなっています」

「え……? 年間五人……?」

 スズメバチくらいの勢いで人が死んでいるということになる。しかも、本に仕掛けることができるとはなんという魔法なのだろうか。いずれにしても、遅ればせながらこの世界では本を開くことは死につながることがあるということを承知しておかなくてはならないのだろう。というか、今まで何度か発掘をやってきて、しかも王墓に入ったことまであるという中、そんな待ち伏せ可能な魔法が存在するということを知らずにいたのは脇が甘いとしか言いようがない。よく死ななかったもんだ……、そう心中で唸りながら土を掘り返すうち、先ほど移植ごての先で感じた固い感触の正体が眼前に現れた。

 それは、観音開きの扉だった。いや、扉というより、これはマンホールといったほうが適切だろうか。半径一キュビットほどの円形の扉が真ん中で開く仕様になっている。その扉を触ってみる。陶器とも金属とも石ともつかないその感触の扉には、人の手によるものと思しき彫刻がなされている。人間が武器を持ち、肩に小人を従えて巨人を追いかけている図だ。

「ひ、開きますかい」

 作業員の一人がそう声をかけてくる。

 けれど、それを押しとどめたのはバショクだった。

「お止めになったほうがいいと思います。近隣に死の魔法の残留魔力があった。ということは、この扉が罠になっていることは容易に想像がつきます」

「もしこれが罠であったとして、それを外す方法はないんですか」

「ありますよ。それを生業にしている人もいますからね。けれど――。今は悲しいことに戦の時代。解呪ができる人間は皆戦場でてんてこ舞いですよ」

 だろう。待ち伏せが効力を発揮するのは戦場だ。地雷などというのはまさしく待ち伏せの最たるもの。きっと現実の戦争の地雷除去のような作業に、解呪の専門家はさらされているのだろう。

 ってことは、ここで発掘は終わりなのか……。

 背に腹を代えることはできない。学問の進展は大事なことだけれど、一方で多くの人間の命を投げ出してまでやることではない。

 心中のわだかまりに見て見ぬ振りしながら、良平はため息をついた。

「よし、じゃあほかの地点の発掘を――」

 そう良平が号令しかけたとき、その声を阻むような間延びした声が辺りに響いた。

「おんやあ。なんだか面白そうなおもちゃを見つけたねえ」

 にたりと笑いながらこちらの様子を窺う老人。その老人の姿に見覚えがある。あれは――。

「ホウトウのじいちゃん」

 ユエが叫んだ。

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