トレンチ27 スカウト
「ところでバショクさん、先ほどまでお書きになられていたのは一体?」
そう切り出すと、バショクは端然とその場に座ったまま、はかなげに笑った。
「ああ、これは詩ですよ」
「詩、ですか」
「ええ、詩はいい。特にこの国に在っては。何を語ったとしても、だれにもその意味を理解されることはない。なにせこの国の連中には学がないのですから」
斜に構えているようにも聞こえる。だが、むしろ詩が誰にも読まれることがないという識字の低さを憂いているようにも聞こえる。
拝見しても? そう聞くと、バショクはその詩をこちらに掲げてきた。
その詩は、いわゆる望郷歌だった。懐かしき山河、汗水たらし働く民草、学問を教える師匠、そして師匠について学ぶ弟子たち。そういったものが次々に描かれ、「ああ我が故郷よ、あまりに遠い故郷よ」と、望郷歌にありがちな締めくくりがなされている。
しかし……。
「僕は、あなたのことがわからなくなりました」
「どういうことですかな」
バショクが牢の向こうから問うてくる。良平は応じる。
「あなたは、国を憂いていらっしゃる」
「おわかりですか」
「ええ、詩の内容が――」
あえて学問を志す師匠と弟子の姿が描き込まれているのがミソだ。今、ショク王国ではそんな光景を見つけることはできない。あの詩の作者――すなわちバショクが懐かしんでいるのは今のショク王国ではない。かつてあった、学問が栄えていたショク王国だ。
とすれば、この歌はただの望郷歌ではないということになる。これは望郷歌に名を借りた、政権批判の歌ということになるはずだ。
そんな詩を書く人間が、墓泥棒などというセコい罪で獄を抱くなんてことがありえるのだろうか。
それに――。
ユエが首をかしげる。
「わたしにもわからぬ点がある。なぜ、先代王の墓荒らしなどという大罪を働いておるのに、これ程度で済んでいることの謎だ」
「え?」
「本来なら、首謀者には酷刑をもって当たり、三族悉くを連座させるはず。此度のように、首謀者投獄、三族を公職追放くらいで済むはずがない」
やっぱりこちらでもそうなのか。良平は頷く中、それでもバショクは何も言わない。
さらに――。良平はもう一つ、疑問を口にした。
「それに、あの墓荒らしは、あまりにスマートなんです」
「墓荒らしにスマートなどあるのか?」
「そりゃもう。あんなにきれいな墓荒らしは初めて見ましたよ」
古今東西、墓荒らしというのは不心得な不信心者がやることだというのは相場が決まっている。たいてい墓というのはあの世の存在を認めたうえで作るものだ。これらの墓の内部に分け入って金目の物を奪っていこうという発想をすること自体、あの世なんかあるわけない、という犯人たちの心の声が聞こえてきそうなくらいだ。事実、エジプトの王墓に対してはほとんどが盗掘の憂き目に遭っており、中には遺骸を松明代わりに燃やされてしまったという例すらある。それは極端な例にしても、効率よく盗掘するために墓施設を破壊したり棺を粉々に粉砕したり……などというのはよくある話だ。
しかし、先代王の墓はまるで様相が異なる。
王様の遺骸にはまったく手がついていなかった。また、壁画の類にもほとんど傷がついていない。山ほど副葬品があったであろう中、壁を傷つけずに搬出するというのはかなりの難事のはずだ。ということは、この犯人たちはある種の敬意をもってこの犯行を行なったということになる。
以上の結果から――。
「僕は、この件はなにがしかの裏があると思っています。それに、僕らがこうしてここにいること自体、不思議なことなんですよ」
バショクが首をかしげる中、良平は続ける。
「実は、ここにやってきたのは王様の要請なんです」
バ一族の罰が確定してすぐ、良平は王様の前に召された。事実上のクーデターが成功したこと、これで近衛団はギエン将軍預かりとなり王様直轄の色が濃くなったこと、バ一族が一掃されたことによって少し宮中の勢力地図が変わったこと……。これらのことをつまらなげに口にした王様は、ふとこんなことを切り出した。
『バショクの人品を見極めてほしいのだ』
投獄された人間の人品を見極める? どういうことだ?
そんな疑問が頭にかすめたものの、王様はこれ以上の説明をしてくれなかった。そしてその足で、この牢獄にまでやってきたのだった。
しかし、ことがここに至ってようやく状況が分かってきた。
「もしかして――。この粛清劇には筋書きがあるんですか」
口をつぐんで答えようとしないバショク。それに代わり口を開いたのはユエだった。
「馬鹿な! そんなことがあるわけなかろうが」
「いえ、ありうると僕は思っています。そうでなくば、様々なことが納得いきません。逆に、そう考えないとわからないことばかりになってしまいます」
バショクは腕を組み、こちらを値踏みする表情を見せた。
「では、貴殿の推理をお伺いしたい」
「推理、などというほどのものじゃありませんよ。今回の盗掘事件、これは被害者と加害者――、王室とバ一族がともに納得ずくで起こした狂言だったということなのではないでしょうか」
すると、バショクは不機嫌そうに付け加えた。
「正確には、王室と、それがしとの間の狂言です」
認めた。
バショクは顔をしかめながら続ける。
「ああ、お察しの通り。今回のこの事件はあくまで狂言によるもの。目的は――。バ一族の追い落としと、コウコウへの牽制です」
「それはどういうことです?」
「我らバ一族――正確には我が父は、頭角を現し始めた頃のコウコウを引き上げ、今の地位に至るまで面倒を見てきたという経緯があります。そのためコウコウは我らバ一族を王宮内でも高い地位を与え、コウコウ閥を作り上げていたのですよ」
「そうだったんですか」
「ま、もともと我らバ一族は王室内でも力があった一族なのですがな。我が父はバ一族の中でも微妙に傍系。本来なら大臣にはなれないはずでした。しかし、コウコウのとりなしで嫡流となり、大臣位にまで登った男なのです」
そのバショクの顔はまったく浮かないものだ。父親のしたことを我がことのように恥じているようにも良平には見えた。
「その結果、我が父はコウコウと一緒に知識層を弾圧したという悪名が付きまとったのですがね」
「つまりは、父親のしたことに対する罪滅ぼし?」
「いや、そうは言っておりませぬ。そもそも、罪滅ぼしになど意味はありません。多少善行を積んで溜飲を下げるような小さい男だとは思っていただきたくありませぬ」
この口ぶり。立場は元将軍、すなわち軍人だが、むしろその姿は知識層にかぶる。
「では、どうするつもりなのです」
「目的は、コウコウへの牽制と、コウコウ閥の切り崩し。今回は両方とも成功しました。今回の件でコウコウへはプレッシャーとなったことでしょう。それに、コウコウ閥の大きな一角を為していたバ一族が中央から追い出されたのです。これで、コウコウ閥は相対的に力を失うことでしょう」
「だと、いいですが……」
「不審点はあられますか」
「いえ……」
実際には、腑に落ちない点はたくさんある。しかし、その正体を言い当てることができないのがただただ悔しい。何か重大なことが隠されている気がする。確かにその端緒は見えているのに、それをつかむことができない。
だが――。わかったことがある。この男は決して悪い男ではない。
ならば。合格だ。
良平は半信半疑ながらも、切り出した。
「ところでバショクさん。バショクさんは、考古学に興味はありませんか」
「コウコガク……、面白い学問だとは思いますが、そもそも興味を持ちうるほど、この学問の中身を知らないのです」
「これから、学んでみるおつもりはありませんか」
「え?」
バショクとユエが同時に声を上げる。
いやいやいやいや! 声を張り上げたのはユエだった。
「待ってくれ。狂言とはいえ一応国家への反逆に問われた大罪人にコウコガクだと? ということは、遺跡に連れ出すつもりか!? けれどバショク殿はこうして獄の中に……」
「実は、王様よりこの牢の鍵を預かっているのです」
良平は手の中にあったカギを掲げる。するとユエは唖然とした顔でそれを見やり、はあ、と息をついた。
「もう何が何だかわからん……」
そんなユエを尻目に、良平はバショクに向いた。
「王様より、『もしコウコガクをやりたくないのなら、ほかの学問や芸術の第一人者を遣わしてやろう』と伝言を預かっています」
「なるほど、今回のクーデターの『恩賞』といったところですか」
「はい。そう考えていいと思います」
つくづくあの王様は変な人だ。そう心中で独り言ちた良平だったが、少し考えなおした。王様なんて立場は、民草にはわからない大変さや、民草には到底理解できない行動規範があるのかもしれない、王様は王様なりの思惑があるのかもしれない、と。
バショクは恭しく頭を下げた。
「それはありがたいことですな。ならば――。コウコガクをお教えください」
「いいのですか? 考古学で。どうやらバショクさんは詩がお得意なようですから、詩人たちと一緒に詩三昧の生活も送れるはず……」
「詩は生活とともにあるもの。詩だけ詠んで暮らすのは、餌をむさぼり食って暮らす家禽と何ら変わらない生活です」
そういうものか。僕なんぞは一生考古学をやり続けたいと願っているのだけれど……。まあ、これは物の感じ方、その人のライフスタイルそのものだ。
「では――」
「ええ。このバショク。三十の手習いとして、貴殿にコウコガクを学びたく思う所存です」
かくして、バショクは良平たち発掘チームに加わることになったのであった。




