トレンチ26 王宮の陰謀
「そうか、父上……先代王の墓は、もぬけの殻だった、か」
玉座の肘掛にもたれかかりながら、王様はため息をついた。その顔には深い懊悩が刻まれている。
「はい、棺が荒らされた様子がないのが、せめてもの慰めでした」
ユエがそのように取り成すと、王様は首を横に振った。
「棺を開けるということは死者を覚ますこと。おそらく、下手人たちはそれを嫌ったのであろうな。しかし、それにしてもこんなにもむごいことが……」
頭を抱える王様に、ユエが言上する。
「王様、墓荒らしは重罪。下手人は捕まえなくてはなりません」
「ああ。そうであるな」
けれど、良平からすれば違和感でいっぱいだった。
いつもの良平だったなら、ことが終わってからユエにそっと耳打ちしただけかもしれなかった。だが、今は違う。百人余りの兵に追われ、慣れない馬にまたがってひたすら逃げてきた。半ばランナーズハイのように頭がのぼせてしまっている。王様を前にしても、今日ばかりは物怖じしなかった。
「一つ、よろしいですか」
「なんだ」
「おかしくないですか? なぜ、王様は先代王の墓を見てくるように命じたのです?」
「どういうことぞ」
「いえ、あの墓の鍵は魔法の鍵だと聞いてます。複製はほぼ不可能だ、とも。そしてその鍵は、王宮にある王様の錫杖の部品でもあり、厳重に保管されている」
王様の目が光る。さきほどの懊悩に満ちた顔は一瞬で消え去り、怜悧な刃のごとき表情が残る。
「何が、言いたい」
「王様は、先代王の墓が盗掘されていたことをご存じだったのではないですか? あるいは、薄々勘づいておられた。だからこそ、僕にあの墓の調査をお命じになられたのでしょう?」
ユエが怒鳴る。
「君、いくらなんでもそれは不敬……」
「よい」
王様はユエを押しとどめると、すくりと玉座から立ち上がって良平の前に立った。
「その通りだ。予は先代王の墓が盗掘されておると勘づいておったよ。そしてお前には、その確認に行ってもらっただけのことだ」
「なるほど、そういうこと、でしたか……」
これはマジでのっぴきならない状況だ。
状況から察するに、墓荒らしをした連中は王宮の中にいる。そしてその者たちが墓荒らしをしていたのは公然の秘密だったのだろう。しかし、王様がその調査に乗り出したということは、その均衡が崩れるということになる。
「あのう、王様? もちろんこれを行なうに際して仲間は……」
「ああ。ギエン将軍を取り込んである。さらには退役してはおるが、フェイ元大将軍の支持も取り付けてある」
どうやらやることはやっているようだ。
けれど、フェイさんはまだしもギエン将軍? 一緒にギに視察に行ったあのギエンさんだよなあ……?
脳筋を絵に描いたようなギエンの姿が脳裏に浮かぶ。怪訝そうに首をかしげていると、ユエが良平の脇を小突いた。
「安心しろ、あれでもギエン将軍は対ギ戦略の要の一人。フェイ将軍ともつながっている、いわば軍の主流派に当たる人間だ」
つまり、軍は既に抑えているということか。
ならば――。
本題に切り込む。
「墓荒らしは、いったい誰の仕業なのですか」
一瞬、王様は目を伏せた。しかし、本人の身に降りかかっているであろう失望感よりもはるかに強い意志でもって、その名を告げた。
「バショクだ」
「ば、バショク? あのバショクですか? あの、王宮近衛団の団長の?」
ユエも驚きを隠せない。
「何者ですか、その人は」
「何者も何も」
ショク王国建国の功臣・バ一族の末裔で、今では文官・武官の別を問わず国に入り込んでいる。巨大な一族であるがゆえ、傍系は地方の会計官や警吏などに当たっている場合もあるが、本流ともなれば大臣職や将軍職に就いている者も多い。そのバ一族本流中の本流にいるのが、今ここで名前の出てきたバショクなのだという。
「王宮近衛団団長は、武官にとっては将軍に登る前の腰かけ職のようなものだからな。その地位に、三十かそこらでついている。家柄の立派なことを除いても、やり手だと噂になっている」
王宮近衛団。その名前から察するに、王様の身辺を警護するのが役目だろう。王様にとっては股肱の臣であると同時に一番親しく恃みにする家臣団であるともいえる。その長がやがて将軍となるのは想像がつくことだし、王様から厚い信任を得るのもまた当然と言える。
が、その近衛団長が不正を行なっていたとすれば……。
その結果が、王様のこの弱り切った表情なのだろう。
ユエが、恐る恐る、という体で王様に切り出す。
「これから、どうなるのですか」
「これから、か。そう難しいことはない。今、北に待機させているギエン将軍に使いを出した。一時的に王宮はギエン将軍の管轄に入る手筈。それに伴い、バショク一派を捕らえる」
「でもそれ、いわゆる謀反では……」
良平の疑問を当の王様が一笑に付した。
「予からは勅を出しておいてある。勅によりバショク一派を捕らえるべし、とな。ゆえ、本来ならば王宮を接収するなどという行為も予の名のもとに正当化される」
と――。
遠くから、狼の遠吠えのような声が響いてきた。しかし、動物の声にしてはやけに長い。不審に思い、その声に耳を澄ましてみる。すると、さっきまで雑音同然だった声が、良平の頭の中で一つの形を得た。これは動物の鳴き声などではない。これは。
「鬨の声、ですか」
「始まったな」
王様は他人事のように口にした。
「でも、この計画は成功するでしょうか」
「する」王様は宣言した。「近衛団の一部は予の意のままに動く。その者たちは少数だが、ギエン将軍を王宮内に手引するよう命じてある。また、近臣たちには、王宮内に勅を触れ回るようにしてある。これで、事情を知らぬ兵たちは大義名分を失うことだろう」
大した自信ですね、と言いかけてやめた。さすがに王様に対して『そんな張子の虎が通用するはずはないでしょう』と言えるはずもなかった。
けれど、冷静に考えれば、日本でも鳥羽伏見の戦いによって猛威を発揮した錦の御旗の例もある通り、大義名分というのは戦の趨勢すら変えうる。
そうしてしばらく、王宮内は嵐のような騒がしさだった。殺さないでくれ、わしが何をした、謀反であるか、助けてくれ……。窓の外から聞こえてくる悲鳴の数々に、王様は目を閉じ、ユエは顏を伏せ、そして良平は耳を塞いだ。
かび臭い空気が良平の胸を締め付ける。獄吏に頭を下げると、獄吏はこれ以上なく緊張した面持ちで直立不動になった。どうやら、こちらのことを王様の側近だとでも思っているのかもしれない。まあ、誤解されているのならそれはそれで構わない。
後ろに続くユエが、なんとなくじめじめした地下牢の雰囲気に顔をしかめる。
「なぜここに?」
「知りたいことがあるんです」
通路を挟んで牢が続く。鉄格子にすがりながら、俺は何もしていない、コウコウにはめられたんだ、と血の涙を流しながら訴える囚人たちを横目に、良平は目的の牢へと急いだ。奥に進めば進むほど強くなる饐えたようなにおい。むせかえりそうになりながらも、奥へと進む。
そうして、良平はある一角で足を止めた。
さきほどまで見てきた牢とはずいぶん趣が違う。さきほどまでの牢は石組みの床がそのままむき出しになっており、トイレ用の桶が隅っこに置かれているような、とんでもない構造のものだった。しかしここからは違う。牢とはいえ木製の床がしつらえてあり、便座や手洗い用の桶もしっかり用意してある。さすがに据えたにおいや地下牢のじめじめした空気はいかんともしがたいものの、寝具などもそろっているこちらの部屋のほうがはるかに過ごしやすそうではあった。
そして、その部屋の真ん中に文机を立て、何事かを書きつけている男が、良平に気付いたのか顔を上げた。
「おや、お客人ですか」
軍人だと聞いていた。だから粗暴な人とイメージしていたのに、まるでその印象は違った。細面で首も細い。剣を握るというよりは筆を握るほうがしっくりくる手をしている。牢に入って十日余り、けれど眼の光だけは強い。年のころは三十そこそこ。きっと良平とほぼ同世代だ。
良平は頭を下げた。
「僕は、考古学者の良平と言います。初めまして」
「コウコガク……。知らぬ。何かの学問ですか」
「ええ、古い物から歴史を復元するという学問をやってます」
「なるほど。王宮でもギがそのような学問を始めたと話題になっていました。あなたはこのショクでそれを行なうというわけですね」
「はい」
すると、男は手に持っていた筆を置いて、頭を下げた。
「失礼。名乗るのをすっかり忘れておりましたな。私はバショク。バ一族の副総領格です」
そう。この男こそ、あのバショクなのであった。
と、バショクは、一つお聞きしても? と切り出してきた。
「今、牢の外のバ一族はどうなっているのですか」
「はい」
良平は正直に話した。
今回のクーデターにより、バ一族は中央の宮廷から追い出された。しかし、罪を着せられたのはバショクのみ。バ一族は中央から追い出されただけで、地方に勤めているバ一族にはお咎めが全くなかった。こんなことがあったら三族悉く皆殺し、などという現実の歴史と比べれば、この処分は寛大とすら言える。
「よかった」バショクはため息をついた。「さすがは王様。寛大な処置でございます」
首をかしげる。バショクのこの態度は、追い落とされた権力者の姿とは到底思えなかった。この立場ならば王様に何か呪詛の言葉でも吐き散らかしてもよいはずなのに……。
格子越しに対峙する男のことを、良平はすっと見据えた。




