9 地雷
「リアン君?」
ふと軽くなり、リアンの体が離れたことでカールは振り返った。
またも彼はカールに背を向けている。黒髪がなびき、首から流れる血が服をさらに黒く濡らしているのを見た。
カールは時々感じるのだ。
彼は本当に彼なのだろうかと。
しかしその感覚はあまりにも僅かで、確かめる術もない。
だったのだが今、それは確かなものになった。
さっきまで意識さえ失いかけていた者がこうも急に立ち上がり、さらには剣を抜いている。
そしてその黒い剣は当然のごとく、独特の青白い光を放っていた。
上空で女は嬉しそうに頬を緩める。
そのまま腕を伸ばしてこてんと首を傾けた。
「私 と あなた だ け……」
━━━"それ"は唐突に終わりを迎えた。
近くに居た者は先程の男ら同様に飛ばされることを予想したが、体には全くの痛みを感じず目を開ける。
上空で、女は顔を歪めて足を踏み外したように体を傾けたが、なんとか踏みとどまり、目の前の彼━━━女と同じように滞空するリアンへと腕を伸ばした。
「どうし ど う し て」
攻撃の様子は見せず、すがり付くようにリアンに触れようとした時。
女の心臓付近だろうか、フッと光の筋が掠めたかと思うと、今度は本当に体を倒して真っ逆さまに落下した。
それと共に鳥達も動きを止めると地に伏せた。たちまちその肉体は腐り、半分ほどはそのまま地にかえった。
女の体もよく見ればボロボロだった。
そして確かに、女からも、全ての鳥一羽一羽からもエレメントの光が飛び出し空を漂って消えた。
しかし、そんな終わったことは二の次だ。
「リアン!」
「リアン君!」
その声に反応したように、リアンの体もグラリと傾くと背中から落ちた。
カールが受け止めたが、勢いに負けてふらつき、それを支えようとしたシオも共に倒れた。
シオ様!と何人かが駆け寄るが、全て無視だ。
幸いにもリアンに意識はあり、ぼーっとしてはいたものの口を開いた。
「狼の……」
「……そうか。わかったよ」
リアンの指し示す先には女。狼の……あの日の出来事が思い出された。
それだけ言うと、リアンは目を閉じた。
「リアン?」
シオの呼び掛けにも返事がない。焦ったシオは心臓に耳を当てた。
━━━確かに動いている。
傍らでは黒剣がちかちかと瞬いていた。
****
「……痛い」
当たり前だろ!首噛みつかれたんだぞ!?
マジであいつ狂ってんじゃねーの
「怒ってるのか」
それも当たり前だ。俺の大事な手札に傷付けやがって
「手札?」
あぁ、そこらへんは気にすんな。お前考え出したら止まんねぇんだから
まぁ今回の予期しなかったことでだいぶ良くなったからな。もう一息だぜ
「だから……何が?」
お前は黙ってエレメント使いまくればいいんだよ
「……嫌だ」
もう制御出来ないどころか使わないことも出来ないくせに
「うるせぇよ」
「ん?おぉ、リアン君!すまない、邪魔したかな?」
「え?あ、いえ、全然……」
リアンは本部の一室で目が覚めた。あの日のように、カールが世話をしてくれていたようだ。
部屋は真っ白で、それでいて豪華さがありベッドも寝心地よかったが、何故かLEAPの暗さが、ボロさが恋しく思った。
「さて、一つ聞いてもいいかな。君が女を倒したんだけど、そのことは覚えているかい?」
「……あーうーん、俺なんですけど……そのー、俺、なんですかね」
「……うん?」
「いえ、はい、覚えてます」
「そう……傷の痛みはあるかい?」
「多少感じますけど問題ありません」
首に触れると包帯が巻かれていた。何から何まで本当に世話になっている。
そんな人に中途半端な返事しか出来ないのがもどかしい。
「起きてすぐすまないが、一緒に来てくれるかい。そのことも含めて説明が求められると思う……分からないことははっきり分からないと言ってくれればいいし、言いたくないことは言わなくていいから……」
リアンはただ一つ頷いた。
「では今回のことについて……」
会議を進めているのは受付嬢のイースだ。リアンは彼女の落ち着いた声を聞きながら、ちらちらと視線を感じていた。
せっかく食堂に来たのに食事が出来ないなんて……と不満を抱えながら。
「私から一つ」
「どうぞ、カナートさん」
「今回のことも、その前のことも含めて何か知っている可能性が高いLEAPの彼に、尋問する許可をいただきたい」
「それは出来ません」
答えたのは黙って聞いていたシオだった。
「するなら今、ここで、皆の目がある場所で口頭で行いなさい」
「……承知しました」
どうせ口を開かない。後でこじつければいい。
カナートと周りの視線に促され、リアンはゆっくりと腰をあげた。真っ直ぐにカナートを見ると、彼はまたも不機嫌な表情になる。
「さぁ説明してもらおう。まず、彼女は何者だ」
「分かりません」
「そんなはずはないだろう!女はお前を知っているようだった」
「知りません」
「おまえっ……」
「カナートさん。重複した質問は控えてください」
イースの発言に盛大に舌打ちした後、カナートは続ける。
「彼女の状態は」
「分かりません。予想でもいいなら言えますが」
「お前の予想などっ……」
「言ってみなさい」
「ユネア様!?」
黒服の長の発言に、カナートは盛大に驚いていた。何か言いたげに視線を向けるも彼はクイッと眼鏡を持ち上げただけで、しぶしぶ口をつぐんだ。
「彼女の体に直接エレメントが憑き、そのエレメントの能力が他のエレメントの支配だったのではと」
「そんなこと、誰にでも想像ができる」
「そのことから、エレメントの中に階級が存在すると思われます」
「……なんだと?」
「支配といっても一体一体を操っている様子はありませんでしたし、途中で逃げ出そうとした鳥もいたことから催眠でもありません」
辺りが一度ざわついた。
なぜならこれは道具や現象といった"もの"としてのエレメントの扱いを根本的に変えるものだからである。
つまり……
「エレメントには意思があると思われます。
女は、おそらく彼女の意思ではなくエレメントの意思で動かされていた。だから体も腐敗している状態にあった」
「ばかな!」
その思案はリアンが起きる前から始まっていた会議の中で既に出ていたものだった。しかしあまりにも現実離れした、その時は根拠も示されていなかった単なる予想に過ぎなかったため、ユネア、カナートの班に全否定されたものだったのだ。
部隊のなかでも格差はあり、一番力を持っているのがここだった。そこに一掃されれば押しきろうとする者などいない。
「ありえんな、そんな戯れ言を!」
「どうしてありえないのですか」
「一般的に考えて有り得ない!そのようなファンタジーが語りたいなら他所でやれ!」
「あなたのようにいつまでも"一般論"や何やらに縛られ頑なに他人の考えを否定し、さらには新たな考えも奪ってしまうような方が組織に居るからいつまで経っても何も解決しないんじゃないですか」
そのリアンの発言を機に、その場は静まり返った。カナートでさえ言い返すことを忘れてポカーンとしている。
カールはリアンを見上げていた。
━━━こんなにはっきりと意思を告げる子だっただろうか。
その沈黙も、長くは続かなかった。あちらこちらでクスクスと笑いが聞こえ始めたのだ。
カナートが特に大きい笑いに目を向けると、イワンやトニャー、そしてシュガーさえも肩を震わせていた。
「貴様ぁっ!」
「はい、何でしょう」
リアンの淡々とした返事にまたも笑いが大きくなる。同じ黒い制服を着た味方でさえ、何人かはカナートの後ろで口元を押さえていた。
「~~~~っ、では何故あの女はお前を探していた!お前には手を出さなかった!?噛みついた意味は何だ!結局どうやって女を倒したんだ!何か危険な、我々をも巻き込む力を隠し持っているんじゃないのか貴様はあ!?」
ぜぇせぇと息を切らして言い切り、リアンに向かって指を突きつけているカナートに向かって、リアンはゆっくりと口を開いた。
「ここは会議の場でしょう。言葉遣いと態度にご注意下さい」
「~~~~~っ!お前が隠し事をしていることと、シオ様への過度な態度は死に値する!」
バァンッ!!!
皆が思わず肩を震わせ見やると、シオが机に手をついて立ち上がっていた。
自分の発言が最後となったカナートはあわあわと焦っていたが、シオはそちらを見ることなく
「不愉快です。今日はこれにて」
と言って迷いを見せることなく出ていってしまった。
残されたのはカナートへ向けられた冷ややかな視線と、何故かリアンへ助けを求めるカナートのだった。




