8 噛みつき女
声が聞こえた、気がした。
流石、気耐え抜かれた契約者達と言える。異変が起こってからの対応は早かった。
二人取り残されていた中庭はすでに戦闘体勢の契約者で溢れている。
その間も小さな黒い影が本部上空に続々集まり続け、一つの大きな塊と化していた。
数が増えるにつれて奇妙な鳴き声が聞こえてきた。多少の変化は起こっているかもしれないが、鳥類のものであった。
竜巻を起こすかのように旋回している鳥達は、この距離でも分かるくらい巨大だ。影の輪郭がはっきりと見えた。
そしてその数は、少なくとも100は裕に越えていた。対してこちらの契約者の数は10~20人。
だが。
誰一人として逃げ出さなかった。共に、諦めを持った者も居なかった。
僅かながら笑みを浮かべている者さえ居る。
全員の視線の先で、何の前触れもなく鳥達が急降下して契約者達に向かってきた。
あっという間に迫り、その鋭い嘴と爪を突き立てる。
あちらこちらで声、声、声。
一羽一羽大きく、独自の能力を持っている。しかしながらほぼ全てα(アルファ)、つまり変形型のもので強力とは言えない。
実際、契約者達には余裕が見られた。問題はその数だけだ。
「見 つ け た」
二羽程を葬った後、リアンははたと動きを止めた。理由を聞かれても答えようがないのだが、本能のままに上空を見上げる。
戦場であまりに無防備。しかし襲ってくる鳥もいない。
乱闘を繰り広げている遥か上空で一羽、濁った赤色の羽を持った鳥がリアンを見下ろしているように見えた。
そしてそれは気のせいではなく、ゆっくりと高度を落としてリアンの元へ降り立った。
巨大な翼の動きに合わせて巻き起こる風に煽られながら、リアンはその鳥━━━の背に乗った女性へ目を向けた。
ゆらりと地面へ足を着けると、ボサボサの長い白髪を掻き上げる。
充血した目が覗いていた。
「あぁ 会 い た か っ た」
機械のような抑揚のない声。
そしてその女性は体を傾け、距離を詰め、リアンへ身を預けた。
「リアン君!」
その声に、なんとあれだけ居た鳥達の半分ほどは既に片付き、さらに余裕の出た契約者達はカールを見て、その視線を辿った。
彼の声はリアン耳に入りはしたが、頭で理解されることなく木霊した。
頭を支配したのは、痛み。
「えっ……」
情けないことに、そう発するのがやっとだった。
何人かの契約者が駆け寄って来ると同時に、女は名残惜しそうにリアンから離れて飛び上がった。
━━━空中に、滞空していた。
「おいおい、冗談だろ」
誰かしらが呟いた。
女は直立で浮いている。手には武器らしきものも見られない。それどころか、必要最低限のもの以外は身に付けていない状態だった。
契約者達は女をエレメント乱用者だと位置付けたが、驚いた理由は3つある。
一つはエレメント武器が見当たらないこと。
一つは、たとえエレメント武器を持っていたとしてもかなりの腕前だということ。あのように平然と滞空するなど簡単なことではない。
そして一つは、この鳥達が女の支配下にある可能性が高いということ。
「リアン君!しっかりしなさい」
カールは倒れかけたリアンを支え、とりあえずその場に横にした。そして女に 噛まれた 首もとを止血しようと布を当てる。
相当深く食い込んだのか、当てられた白い布は瞬く間に赤く染まった。
「あなたに 入れ物など 必要ない」
「どういうつもりだお前!」
「何者だ」
リアンが大切なわけではない。しかし人のうちの敷地で好き勝手やられて黙っていられるはずがなかった。
女はその様子を苛立たしげに見下ろすと、腕を伸ばして一振りした。
「だ ま れ」
その途端、なんとも軽々と立ちはだかっていた契約者は吹っ飛ばされた。
「リアン!リアン!」
その様子を見ていただろうに、シオは何のためらいも見せずにリアンに駆け寄る。
「ひとまず安全な場所に移動させよう」
「分かった」
ぐったりとした体を二人で持ち上げ、それを何人かの契約者が囲んだ。シオを守るためである。
しかし女はそれが気に入らなかったらしく、再び腕を持ち上げる。
「なんだってんだよ!」
皆、その言葉に賛同した。
今更ながらに先程吹っ飛ばされた男達の様子が目に浮かぶ。
シオは守らなければと咄嗟に剣を手に取ったが、その腕を、誰かに捕まれた。
「えっ……リアン?」
さぁさぁ、暴れてやろうぜ
「……うるさい」




