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炯眼のリアン  作者: 霧雨
第三章 迫り来る魔の手
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7 人と、人


シオには悪いが、こちらもノイルと他多数をこれ以上待たせるわけにはいかない。

ということで帰ろうと歩みを進め始めたのがたった数分前。


「随分ゆっくりと昼食を召し上がられていたようで」

「待たせているとは思っていなかったものだからね」


どうしてこうなった。


「少々お時間頂けますね。お急ぎではないようですし」


考えが甘かった。

シオに遠慮せずすぐに帰るべきだった。


「あれは一体、どういうことですか、ね!」


ほらみろ。

どうやらまだまだ帰れそうにない。ノイルになんて謝ればいいんだ。


「何のことでしょう」

「っ!……ふざけるなよ、拾われた分際で……」


リアンも何のことかくらい分かっているはずなのに、たちが悪い。平然とした態度の彼に、カナート達は苛立ちが隠せないでいた。


本部の建物に囲まれるように存在する中庭の中央にて、リアン(その後ろにカール)とカナート(その後ろに数人)が対峙していた。

周りにはぞろぞろと野次馬が集まり始めている。皆一様に思うことがあるのだろうが、どう考えても"悪役"はこちらだった。


「お前のような者がシオ様と話しているだけでも我慢ならないというのに」

「カナートさん、でしたっけ」


ここに来て始めてリアンから発された言葉に周りの野次馬達も耳を傾けた。


「少々理解しかねますが……失礼ながら、男の嫉妬は見苦しいですよ」

「な!なんっだと!?」


羞恥ではなく怒りで顔を真っ赤にさせた。

周りにもリアンの発言に対して怒りを露にする輩はもちろん多数いたが、中からは微かに吹き出したような笑いも聞こえた。

それによってさらにカナートの怒りが増す。


「シオ様はお前のような汚らわしい奴が簡単に触れていいようなお方ではない。二度とあのようなことするなよ。これ以上立場を悪くしたくなければもう少し言動を慎むことだ」

「あいにく、俺が望んでしていることではないものでして」

「……一度痛い思いをしなければ分からないようだな」


カナートの手がそっと腰の剣に触れた。まだたたの脅しなのか、本気で戦う気なのか分からないが、リアンが黙ってやられるはずがない。


「シオも一人の人間ですよ。どうのこうの喚いているのはあなたの勝手だ」

「私に意見するのか、お前が」

「先程からお前のようなと言われますが、あなたが俺の何を知っているんです?」


"怒り"と同じくらい"興味"の視線がちらほら。


「あなたの方が、人としてどうかと思いますけど」


カールは回れ右をして中庭を離れ、天井のある場所へと移動した。ノイルに遅くなることを伝えるべきかと悩みながら。


「お前に(タクト)を挑む!」

「では、やりましょう」



***



「では両者、互いに賭けるものの宣言を」

「二度とここへ立ち入るな。私の前にも姿を見せるな。シオ様と関わりを持つな」

「カナートさんは欲張りですね。三つも賭けるなんて。それに、その言い方は自分が勝てると確信してらっしゃるようで」


カールは傍らで苦笑いを浮かべた。

申し訳ないが本当に気持ちが悪い、あのあからさまな敬語が。


「私が負けると……」

「では俺の願いは後でよろしいですか?」

「なんだと?」

「カナートさんが勝てば問題ないかと」

「いいだろう!」


ちょろい。

きっとそう思っているのだろうと他者に思わせる笑みを浮かべた。


いつの間にか中庭の周囲には大勢の観客が集まっている状態。カナートにとってもしここで負けるようなことがあればとんだ恥さらしになる。

だが、基より負ける気はなかったし、負けるはずがないと思っていた。実際、知られているようにLEAPではろくな訓練を行っていない。加えてこんなガキに、ついこの間拾われてきた者にこのエリートが負けるものか。

そう思うのは普通であった。



━━━この時までは。


変化は何の前触れもなく突然訪れる。


「始め!」


両者が互いに得物に手を触れ、審判員の掛け声がかかった時。カナートは自らの剣を抜くことが出来なかった。

周囲に居た者もその異様な雰囲気に飲み込まれる。


━━あれ……あれ?


誰もが、何かに対して疑問を持った。だがその対象が分からない。


その虚無感の後に襲ってきたのは一種の恐怖。

一歩先も見えない暗闇を何の手がかりもなしにさ迷い歩いている時のような、そんな恐怖。

得体の知れないものと対峙して向き合わなければならない恐怖。


と同時に感じることもある、かもしれない好奇心。

この先には何がある?

これは一体何?

しかしこの感情を持つものは珍しいかもしれない。


カナートは、それに当てはまらなかった。心を覆い尽くしたのは不安だけだ。

リアンの様子はさして変わっていないはずなのに、何かが違った。何が変なのか分からないのが、また不安だった。


ただ純粋に問うてしまうのだ。

一体こいつは何なんだ、と。




***



(戦うんだろ?なら力を使え)


うるさいな。


どこかで、聞いたことのある声だった。

それはずっとずっと前のことかもしれないし、はたまたつい最近のことかもしれない。


思い出すことは出来なかったが、今この瞬間にこのような声が聞こえることはおかしいはずだ。なんせ自分は目の前のいけすかない男と広い中庭に取り残されているのだから。

だが不思議と、声の主を探して辺りを見渡すようなことはしなかった。必要性を感じなかったからだ。これも、何故かは分からない。


(俺が全力でいけばこんなやつちゃちゃっだ)


だからうるさいって。邪魔するな。俺は、エレメントの力は使わない。


(……え、マジで言ってんの?)


当たり前だろ。


(は!?ふっざけんなよ!今までお前が頑なに使わなかったせいで俺がどんだけ苦労したっつーか現在進行形でしてると思ってんだよ!)


知らねーよ。てかお前誰だよ。


(今さら!はっ、お前がよくよく知ってる……)




「何?」

「……戦い中に考え事とは、嘗めているのか」


感じた違和感は一瞬で消えた。

さっきまでの自分は何だったのかと疑われるほど呆気ないもので、心の中には何も残っていない。


「いえ、」

「なら、こちらから行くぞ!」

「待ちなさいっ!」


不思議とその場に声が響き渡った。

視線の先には真っ白な"神"。数人が彼女に向かってお辞儀をした。カナートもその一人だ。


それらを全て無視し、彼女はつかつかと二人のもとへ歩み寄ると間へ割って入り、カナートへ視線を向けた。


「一体どういうつもりです。ここで(タクト)など」

「シオ様。お見苦しいところ申し訳ありません。馴れ馴れしくシオ様へと接触した汚れを教育しているところでございます。どうかお気になさらず」

「……なんですって?」


少なくともカナートはこの時、シオがこのように眉間に皺を寄せて自分を睨むとは思っていなかった。今の行為は我らが女神を守るための"正義"だと思っていたのだから。


「何が汚れなの?なら私は汚れ一つ無い綺麗な存在だというの?」


周りがざわめく中、カナートは立て膝をついてキッパリと告げる。


「そうです。あなたは美しい。どうかこれからも我々を導いて下さい」

「彼も私も、同じ人間だ」

「『同じ人間』?いいえ!違います」

「何が違うの」

「あなたとこいつが同じなはずが……」

「何が違うというの!?」


シオの初めて見せる姿に、誰も声をかけることが出来なかった。


シオは拳を握りしめた。

そう、ここでは同じであってはいけないのだ。残念なことに、悲しいことに、役割があまりにも違う。

しかし同じだ、違うはずがない。

もう、耐えられない。


リアン達に向けられる嫌悪の視線。

自分に向けられる敬愛の視線。


もちろん一般的に考えれば多数が後者が良いと言うのだろう。しかし後者は度が過ぎると苦痛にしかならない。

前者は少なくとも"人間"に対して向けられるものだ。そして彼らは仲間がいた。

自分はどうだ。もはや人として見られていない。何より、感情を共有し、共に苦しんでくれる仲間がいない。


それが、一番辛い。




━━━

緑の芝生が風に揺れる中庭の上空、まずは一羽の鳥が鳴きながら回旋した。

それから、二羽、三羽、四羽と……


「……行け」




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