13 露になった
相変わらず、リアンと少年の火花散る金属音だけが響き渡っていた。
あの二人は疲れと言うものを知らないのだろうか。一向にその音の間隔は狭まらず、むしろ加速しているような錯覚さえする。
などとカールはアロガンを前に他の事を考えていた。
それは自分の気を落ち着かせる為だ。
マーグスに向けられた言葉であの日の事や様々な苦悩を思いだし、我を失いかけた。実に、多くの者を引っ張る者として情けない話だ。
自分の心は最初から決まっていると言うのに。
「あぁ、そうだよ」
その返事にアロガンはピクリと眉を動かす。
「俺はお前のような手段は取らずに守ってみせる。どんなに時間がかかったってエレメントのことも解明する。やっぱり、お前は間違ってる」
「……そりゃ残念だな。まぁそう言うと思ったけどよ」
苦そうな表情で答えたのは何もカールの発言に対してだけではない。
カールの背後では契約者と戦闘隊が一斉に武器に手をかけた。カールのその言葉を待ってましたと言わんばかりに嬉々とした表情を浮かべている。
……何が、この男にあるというのか。
何の利益にもならない信念を掲げ、結果としてもこちらの方が上手だというのに。
何故誰もがそちらに着いていく?
アロガンはゆるゆると首を振ってそれらの"雑念"を振り払った。
誰が何を言おうと自分のやり方は変わらない。そしてそれはカールとて同じこと。ならば、
「勝った方が、正しいってことだ」
「お前の武力行使なところ、俺は嫌いじゃないぞ」
ロメストがそう答えてカールに並ぶ。
「ビーラ」
「おう」
振り向かないままのカールの呼び掛けに、ビーラは素早く答えたものの、何を言われるかは大方見当がついていた。
「皆を連れてなるべく遠くへ。出来るだけ早く」
ビーラは何も答えずに戦闘隊達を一瞥すると、先頭を切って走り出した。皆もそれに素直に従う。
ここに自分が居ても何の役にも立たず、むしろ足手まといになることが分かっていたからだ。各々思うことはあるものの、共通して言えるのは、誰一人としてこの場から立ち去ることを喜んではいないということだ。
だが、今は仕方がない。
そして不本意ではあるが、アロガンから新しい可能性を得たのである。
自分達にもエレメントが使えるのか?
様々な思いを抱きながらも、今はただひたすら走ることを選んだ。
一気に静かになった場で睨み合う両者。
アロガンは余裕を見せつけるかのようにラットという少年とリアンの方へと目を向けた。
それに釣られて、カール一行も横目でそれを見やる。
いつから始めたのか知らないが、カールが知るには裕に二十分は越えている。とてつもない集中力と体力だ。
あの少年がそれほどの実力を持っているのは脅威に思えたが、リアンがそこまで戦えるのもカールにとっては良い誤算だった。
だが、若干リアンが押されているようにも見える。
「ありゃ良い拾いもんだな」
どちらを見てか、おぼろげにアロガンは呟いた。
「カあぁぁぁあル!」
突然の叫び声に思わず肩を震わせてアロガンに向き直ると、その足の下でウィズが暴れていた。
「僕の事忘れてるっ!?」
「……いや、忘れてないよ」
「今ちょっと間があった!」
「すぐに助けるから待ってなさい」
すっかり忘れていた。
しかしこれでは人質をとられているも同然だ。早く取り戻さなければならない。
「よし、皆頼むよ」
「おう!」
「協力すれば問題ない」
「落ち着いていきましょう」
「待ちくたびれたぜ」
その反応にアロガンは白い歯をむき出しにして笑った。
「いいねぇ!それじゃあいっちょ全面戦争といこうか!なぁ!?」
全員が武器を手に取り、その能力を存分に発揮させようと集中仕掛けた時だった。
━━━━……
それは音とは言えない。しかし何かが耳に、もしくは頭に直接届くような感覚。
動きを止めたのはカールだけでなく、ロメストもセシルもマーグスもジルも暴れていたウィズも、そしてアロガンも同じ感覚を受けた。
互いに視線を合わせたままだが、動こうとはしなかった。
この異様な気配に背筋が震える。
━━━━……
今度は一斉に、同じ方向へ振り向いた。
感じるのは音ではないため、方向など分からないはずなのだが、確かにそちらから感じた。
この不思議な感覚の元。それはすぐに明らかとなった。
少年ラットはピクリとも動けずにいた。
その短剣は確かにリアンの首を捕らえる直前まで来ているのだが、目を見開いて動かなかった。
殺すことを躊躇うような奴ではないとアロガンがよく分かっている。
当のリアンはだらりと腕を下ろし、直立していた。全く戦うような体勢ではない。
ただその黒剣は異様な輝きを放っている。
その直後、一瞬の目映い光と共に衝撃波がその場にいた者を襲った。
まるで時が止まったかのように、少し浮かした足でさえ動かすことができないラットはどうすることもできずに吹っ飛ばされる。
少し離れて見ていた者達は自身のエレメントを使って耐えるが、余裕があったのは唯一アロガンだけだった。
円盤使いの女と、アロガンの集中が逸れたことにより自由になったウィズはろくな抵抗が出来ずにゴロゴロと転がった。
「おいおい、何だよ」
目を輝かせながら、アロガンはリアンに近付いた。
リアンは側までアロガンが寄ると、焦点の合わない目で見上げた。
そのとたんにアロガンへの衝撃が大きくなる。
「何だこいつ……」
と、さすがに呆然と立っていられなくなり、アロガンは少し腰を落とした。
この俺が圧されるとは。
「っ!」
痛みに頬に触れると、指に赤い血がついた。
「俺が!圧されてる!!」
ほら、知らないことがまだまだあるじゃねぇか。
アロガンはウィズの銃を落とし、その後も数ヶ所から圧力に負けてか血が出た。
その状態でもアロガンは笑っていた。何とも楽しそうに、まるであの日のように。
「こいつがやってんのか?」
「やめろ!」
リアンの剣に手を伸ばしたアロガンを引き止めるが、耳に入っていない。
カールは再び叫ぶ。
先程、自身のエレメント武器でなくとも扱えるというものを見せつけられたばかりだ。確かな方法や条件は明らかではないが、アロガンにはそれが可能だということは否定しようがない。
もしこの状況でアロガンにリアンの剣を使われでもしたら、どうなるか分からない。あの剣に秘められた異常な力は未知数だ。
「やめろ!」
その声を無視して、アロガンはリアンの手から剣を奪った。
とたんに衝撃波が収まったものの、黒剣はアロガンの手の中で青白く輝いていた。
「さぁ、俺の意思に従え……」
そうアロガンが"波長"を合わせようと集中し始めたと同時に、
「何だよ?」
輝きがフッと消え、その隣でリアンが倒れた。
急いで駆けつけていたカール達も、これには足を止める。
「……波長が合わない。いや、合わせたはずだ。でも……避けられた……合わない」
アロガンがぶつぶつと呟いている隙に、カール達はリアンの側に駆け寄った。ジルもエレメントの現象には興味があり、遅れてウィズも走ってくる。
少年ラットとの戦いでできたであろう傷は少し見られたが、それ以外の外傷はない。
むしろ健やかに眠っているようにも見えた。
その間もアロガンは黒剣と対峙するが、一向に"波長"が合う気配はなかった。
それでも無言で接触を試みるアロガンの目は真剣そのものだ。
それはあの日よりもっと前の瞳。その剣に触れることで、アロガンは徐々に時間を遡っているように見えた。
「あぁ、気になるな」
そう言ったアロガンは"今"の彼だった。
「そいつ、貰うぜ」
反射的にウィズが取り戻した暝芭を発砲する。
それだけでは防ぎきれないと分かっているため、セシルがウィズの防護壁を【水】で支え、それをマーグスが【蔓】で支えた。
メシメシメシッ
「お前ら頑張れ!」
「負けんなよこの野郎!」
三人は同時に「役に立たない奴が喚くな」と内心、ロメストとジルに毒づいた。
半円の防護壁は音をたてながら軋み、最後までは持たないだろう。
カールは確信していた。
今この状況で、たとえロメストが戦ったとしても勝てないということに。
もちろんエレメントの使用に限界がないはずはなく、必ず太刀打ちする方法はあるのだろう。
だが、自分達は使いこなせていなさすぎる。これは、悔しいが、アロガンの言った通りだ。
自分達には今、膨大な時間が必要だ。それは簡単に手に入るだろう。
この戦いが終わりさえすれば!
「うわっ!?」
その声と共に、 辺りが静かになる。
そして再び轟音。
先程とは比にならない圧にウィズの防護壁がバリン、という音と共に割れ、それを支えていたセシルの水も基準を失って唸る。自身の叫び声でさえろくに聞き取ることができない。
しかしその衝撃は実に短いものだった。
カール達はそっと顔を上げて辺りを見渡す。
さぞかし嵐が過ぎ去ったあとのような有り様なのだろうと覚悟したが、そのような景色はまったくなかった。
側にリアンの黒剣が落ちている。
カールは恐る恐る近寄って、触れてみた。何も変化はない。
一先ずは眠りこけているリアンの腰にさしておいた。
「一体、何があったのだ?」
セシルの声は珍しく弱々しい。
誰もが同じことを思っている中、ガサガサと音が聞こえて、アロガンが現れた。
どうやら先程の衝撃で飛ばされたらしく、服が破け、所々血が滲んでいた。
「そりゃ、こっちのセリフだぜ。何なんだその剣と、そのガキは」
口の回りに着いた血を舐め、リアンに目をやる。
「カール。どこで拾ったんだよ、そいつ」
「……さぁ、僕にもよく分からなくてね」
「僕ね。はっ!そうかよ!じゃあ俺に譲ってくれ!」
「それは無理な相談だな」
「だろうな。なら奪うまでだ」
そう言いながらもアロガンは両脇に少年と女を抱えると、口に刀をくわえて背を向けた。
「また会おうぜ」
「待て。お前、何でわざわざ情報を寄越した?」
「安心しろよ、嘘は言ってねぇ」
「別にそこは疑ってない」
少々驚いた表情をして、またニッと笑うと
「ただの気まぐれだよ」
それだけ残してアロガンは闇に消えた。




