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炯眼のリアン  作者: 霧雨
第二章 かつて同志だった者
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10 謎の男


男の声に、その場にいた全員が振り向いた。

さして大きな声ではなかったが、耳元で囁かれていような気味の悪い感覚を受けた。


声の主は一切重みを感じさせない様子で円盤使いの女を脇に抱え、真っ直ぐにリアン達の方へ近付いていた。


灰色の髪を後ろの伸ばした部分だけ縛っている。戦う気が無いのか、薄いシャツにファーの着いたジャンパーを羽織っているだけだ。


今回の対象に無かった人物だが、明らかに敵である。武器も抜かず、薄く笑みを浮かべているにも関わらず、それは確信だった。


全員がすかさず武器を手に取り、戦闘体勢に入る。

男は自分に向けられた多くの剣ををつまらなさそうに横目で眺めた。敵に囲まれている状況だと言うのに堂々としたものだ。


しかし実際、その圧倒的存在感に戦闘隊(ビクティム)達は動くことが出来なかった。それは契約者(エリート)のリアンとウィズ、そして最も多くの経験積んでいるビーラでさえ同様である。


周りの戦闘隊(ビクティム)を無視して男は正面の三人を見渡した。

そしてリアンと目が合うと、細く青い目をさらに歪め、片方の口をつり上げた。


少し離れた場所で足を止め、指で銃の形を作って顔の前で構える。片目を閉じてリアンに標準を合わせると、先程の声が話しかけた。


「お前面白いな。名前は?」


リアンが睨んだまま答えないのを見て、男はわざとらしく肩を竦めた。最初から答えは求めていなかったのか、既に視線を反らしている。


そして吹っ飛ばされた少年を見て、またもゆっくりと近寄るとやれやれとため息をつく。


「おい、ラット。お前はもうちょっとやれるだろ?」

「……」


倒れた少年はその声に反応して一瞬肩を震わせると、ゆっくりと起き上がった。

ウィズの空砲が当たったと思われる横腹を押さえながらも呻き声一つ挙げず、離さなかった短剣を両手で再び構え直す。


男はその様子を満足そうに眺めると、女を抱えたまま少ししゃがんでラットと呼ばれた少年の耳に自らの口を寄せた。


「あの黒い奴だ。殺してこい」

「はい」


即答して小さく頷くと、突如少年は疾風の如く駆け出した。

まっすぐにリアン目掛けて飛び込み、両腕をクロスして短剣を胸あたりに突き刺そうと力を込める。


リアンは二本とも剣の腹で受け止めた。

一度静かになった場に再び嫌な金属音が響く。


今の今まで、男が現れてからろくに動いた奴はいない。動けなかったにしろ、いつまでもそうしている訳にはいかなかった。


最初に動き出したのはウィズとビーラである。


ビーラはリアンの応援に駆け寄り、ウィズは正体不明の男を捕らえるために発砲した。

異様にリアンしか見ず他には見向きもしない少年をビーラの切っ先は一直線に捕らえ、ウィズの空砲は男を後方へ吹っ飛ばす……はずだった。


しかし、コンマ数秒後に飛ばされたのはビーラだった。


ウィズは咄嗟に瞑芭(メルバ)の結界で自身は守ったものの、驚きで男から目が離せない。


男は瞬時に背後に手をやり、横向きに腰に挿された剣を逆手に抜いて持ち替えると前方に突き出した。

言うなればただそれだけだ。

その動作だけでウィズの空砲を弾き、同時にビーラを吹き飛ばした。しかしその時ウィズの空砲のように風の流れは感じられず、何の前触れもなくビーラの体に衝撃が走ったのだった。


「ビーラっ、……くっ」


リアンはビーラの元へ駆け寄ろうとしたが、少年の止めどない攻撃に阻まれる。


「くっそ、いってぇ……勘弁してくれよ。こっちは人生残り僅かの老体だぞ。優しくしろ」


後方でビーラの呻き声が聞こえ、とりあえずは無事だったようだと安堵した。

しかしそれもすぐに少年の動きにかき消されてしまう。



彼はラットと呼ばれた。これはチークスにあった情報とは異なる。

レイ・メニコル。両親を亡くし、食料泥棒に少しエレメントを使用した形跡が見られ捕らえた。その後は武器没収の後、親族に引き取られた。


これが少年の過去で、現在はその親族と共に暮らしているはずなのである。しかしその彼が、何故ラットと名乗って今ここへ?


チークスの少年の顔写真は泣くのを必死に堪えていた。しかし今はどうだ。感情が何も見えない。一体何があったというのか。



戦闘隊(ビクティム)の一部はリアンを助けに向かおうとした。

男はビーラをも吹っ飛ばした奴で太刀打ちできる気がしないが、あの少年は先程まで相手をしていたのだ。


数人がリアンの元へ駆け寄ろうとした時、


「おっと!そこからは立入禁止だぜ」


という声と共に、目の前を線がある走った。

気が付かなかった一人があしを止めずに近寄ると、


バリバリバリバリ


「おい!大丈夫か!?」


その戦闘隊(ビクティム)は感電していた。様態はそこまで酷くはなかったが、すぐに戦える状態ではない。


その間も少年のスピードは加速し、リアンが少し押される形でその場から少しずつ引き離された。



「なっちゃいねぇなぁ、まったくよぉ!」


男は手首を使って刀を振り回しながら叫んだ。


「なぁんも分かっちゃいねぇ!真っ直ぐにしか飛ばないただの空砲。エレメントも持たない奴がここに居るなんて論・外!」

「なんだと?」


答えたのはウィズだ。

仲間を馬鹿にされたことで再び頭に血が上り始めていた。


ビーラが他の戦闘隊(ビクティム)に支えられて立ち上がりながら、冷静に聞いた。


「今回のこと、あんたが主犯か?」

「あー?そうだよ。お前らが素晴らしく俺の思い通りに動いてくれて助かったぜ。ありがとよ」

「こりゃまいったな」


ビーラは笑って答えるも、背筋を冷や汗が伝っていた。


今すぐにでもリアンを助けなければならない。あの少年相手に1対1でいつまでもつか分からない。

そして早くカール達の状況を知りたい。一刻も早く戻ってきてもらわねば。

この男、おそらく恐ろしく強いだろう。自分では太刀打ち出来る気がしない。そしてきっと、ウィズに勝てる相手でもない。


「何様のつもりだよ、お前」


そう、この意外と喧嘩っ早い子を止めなければならない。


それを聞いてウィズの後ろ、つまり戦闘隊(ビクティム)達を顎で指し示しながら男は首を傾げた。


「実際、こいつらが役に立つことなんてあるのかよ?」


あまりに不思議そうに自然体で聞く様子を見てウィズは、猛ダッシュで駆け出した。


「待てウィズ!」


ビーラの呼び声など耳に入らない。


「……理解できねぇな。エレメント持っててそれも鉄砲のくせして接近してくる理由(わけ)が分からん」


男は心底軽蔑したように言うと、ウィズがたどり着く前に動きを封じた。


剣をくりん、くりんと回すと土の中から木の根が現れ、そいつは生きているようにうねるとウィズの足に巻き付いた。

片方の足に巻き付き、動きを止めるともう一方にも巻き付く。下半身を完全に封じられた。


男はウィズに近付く。

目を血走らせたウィズは拳銃を上げて発砲しようとしたが、男がそれを取り上げる。


「没収」

「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せっ!」


まさか武器を取られるだなんて。

決して力を抜いていたわけではなく、むしろ力付くで握りしめていたというのに、男はあっさりと抜き取って見せた。


そして暴れるウィズを一瞥すると、


「ぐはっ」


顔面を一蹴りされ、ウィズは地面に突っ伏した。絡まった木の根がメリメリと音をたてる。


「殺す!ぶっ殺してやるこのしじいが!死ね」


と悪態をつきながら男を睨むウィズの顔を踏みつける。


「……くそ」



今までとは、何もかもが違いすぎる。

ビーラ含め戦闘隊(ビクティム)は黙ってその様子を見ていた。


仲間を助けたいに決まっている。

しかしそれは可能だろうか。

可能、不可能で考えるべきではないのかもしれないが、進んで死ににいくことも出来なかったのだ。


普段戦闘隊(ビクティム)契約者(エリート)のサポーターとして戦う。それはつまり、エレメントの関わった任務に関しては契約者(エリート)が断トツで実力を持っているということだ。


その契約者(エリート)達が今翻弄されている状況で、自分達に何かできようか?

一方的に摩訶不思議な攻撃をされ、それをろうに防ぐ手立ても持っていないというのに。


「とか言ってられねぇか」


ビーラは剣を握りしめる。


今回のことで何人かはすでに死んだ。

しかしそれは、戦闘隊(ビクティム)達はいつでも覚悟の上である。無駄に死ぬ気は無いが、LEAPの為に死ぬ準備はいつでも出来ていた。


ビーラの声を聞いて、他の者たちも一つ頷く。


さぁ、今こそLEAPの為に……



「待て!」


「!……すまねぇ」

「いいや、ありがとう」


ありがとうだなんて言わないでくれ。この通り何も出来なかったんだから。

そう思いながらも、その背中に思いを込めた。


頼むぞ、お前ら。



「何故お前がここに?アロガン・ブルートス」

「久々だなぁ、カール・クレイドル」


男は五人の契約者(エリート)を前に楽しそうに笑た。





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