4 夜の戦士
リアンはエレメントを存分に使って戦闘隊達を追い越していく。それを見たものがどれだけ勇気付けられるのかなど知る由も無い。
いくらか行けば、先頭を走る契約者三人に追い付いた。
「遅くなりました」
「てめぇは来なくてよかったんだよ」
「お前に言ってない」
「あぁ!?ちっ」
相変わらずジルとは相性が悪い。1ヶ月空いて久々、というより二度目の同じ任務だった。一度目はあの狼の群れの時だ。
つまりLEAPへ正式に入団してからは初めてということになる。カールの気遣いだろう。
さすがに今はくだらない言い合いをしている場合ではないと二人とも分かっているので自重しているが、空気はぴりぴりしていた。それを払うように女の声が掛かる。
「問題ないさ。よく来た、リアン」
女としては低めのよく響く声に目を向けると、ショートに揃えられた髪を靡かせて走る女性が微笑んでいた。
彼女の名はセシル・ハーネス。細身の体型で男口調だが、静かな美を思わせるLEAP唯一の女性の契約者だ。
「今回は厳しい戦いになるだろう。お互い、また無事で家に帰ろう。皆一緒に」
「はい」
強気だが妖艶な笑みを浮かべ、かなり格好いいことを言ってくれるのがこのセシルという女だ。だがこれもセシルの素顔を知っていれば台無しになる……。
「心配しなくても、カールももうちょっとで来ますよ」
ドターン!!!!
びっくりして走りながら振り替えると、セシルが豪快にスッ転んでいた。特に大きな石など転がっていないはずだが……
後ろから追い付いてきた戦闘隊の一人が近づいたが、声をかける前に瞬時に立ち上がり、猛スピードでリアンに追い付いてきた。
「べべべべ別に心配などしていない!そそそうか、もう少しで来るのか、うん、来てもらわなくては困る。いや、別に来なくてもいい!私がどうにかする。決して一緒に居たいとかそういうのじゃ……」
「はいはい、わかりました」
そう、カールにベタ惚れなのだ。
本人は隠しているつもりらしく今も必死で誤魔化しているが、LEAPで知らない者はいない。あまりにも分かりやすすぎる。リアンも初めて出会ったときに気付かされた。
さっきは台無しだと言ったが、この普段とのギャップはなかなか人気があるようでセシルはモテる。だがセシル自身にはカール以外への興味は全くない。
だが一番重要なカールがその気持ちに気が付いていなかった。それもセシルの態度を見れば仕方がないことなのだが、周りにしてみれば呆れものだ。
「すまない、遅くなった」
「遅い!!」
この叱責はセシルだ。後から追いついてきたカールはいつものように申し訳なさそうに頭を下げた。対し、セシルは笑顔ひとつ見せず眉間に皺を寄せている。
「お前が遅れてどうする!指揮官ともあろう者が、先頭に立たずに何をするのだ!」
「あぁ、本当にすまない」
カールは走りながら、まっすぐにセシルを見つめた。
「ここまでありがとう。あとは任せてくれ」
「……しっかり頼むぞ」
「あぁ」
安心させるために笑ったカールを見て、セシルはプイッとそっぽを向いた。その度にカールは「嫌われているんだろうなぁ」と感じるのである。
しかし実際は……
「~~~~っ」
「……」
セシルに対し、カールと反対側を走るリアンは冷めた目でセシルを見ていた。
彼女はカールの笑顔に悶絶し、自分の言葉遣いに腹が立ち、カールのどんと構えた感じに心臓を捕まれ、自分のこんな態度に哀しんでいた。
後悔するくらいならリアンに対してしたように笑いかければいいものを、と皆もセシル自身でさえそう思うのだが、それが出来れば苦労しない。
そんなセシルを放って、リアンはもう一人、数歩後ろを走る契約者に目を向けた。物静かそうな細い優男。常に微笑んでいるように見え、優しげなのが第一印象だ。
リアンがこの男に会うのは初めてだ。それに気付いたカールはセシル越しに声をかける。
「彼はマーグス・ジャスト。夜専門の契約者だから、君は普段会わないね」
「夜専門?」
マーグスを見るが、目を合わせてくれない。ただ前を見つめて一定のリズムで走っている。
リアンを走る速度を少しだけ緩め、マーグスの隣に身を寄せた。
「初めまして、リアンです。よろしくお願いします」
「はい、存じてますよ。よろしくお願いしますね」
マーグスはほんのり笑顔を浮かべるも前を向いたまま、リアンに視線を向けることなくそう言った。ここで会話は終了。
”緊張ほぐし”は、終了だ。
そのまま一行は、まっすぐに目的地へと向かった。
籠城していると連絡のあった建物近くは森だった。住んでいた森とは違う場所である。
「こちらです」
一人の戦闘隊に案内された森のなかには、予想以上に酷い光景があった。
思わず息を飲む。リアンだけではなく、セシルも、マーグスも、カールも、ジルでさえ言葉を失った。次々と到着する戦闘隊も目を見張る。
しかしそんな時間もつかの間だった。科学班に治療道具を受け取った戦闘隊を手伝う。今回科学班はあまりにも危ないからと残らされていた。契約者も言われるがままに道具を手に取り、治療に当たった。
ある人は半身に火傷を負い、ある人は立てなくなり、ある人は胸が切り裂かれていた。
ただの訓練もしていない乱用者だと油断していたわけではない。しかし完全な不意討ちに対処しきれなかったのも事実だ。こんなに酷い状況でも、戦闘隊達は自分の弱さを悔やんでいた。
一人はリアンが近付いたとき、とても申し訳なさそうな表情をした。自分達で対処しきれず、本来は戦うべき契約者や戦闘隊に手当てをしてもらう始末。それにリアンはまだまだ子供だ。こんな傷は見たくないはず……
しかしリアンは嫌な顔ひとつせずに淡々と手当てをした。丁寧に丁寧に、なるべく優しく。その様子に、手当てを受けた者は少なからず驚いた。手際が良いとは言えないが、何より精神的な強さにだ。
リアンはそんな思いを知らない。痛みがどれほどのものか分からないため、なるべく痛みの無いよう気を配るのに精一杯だった。
カールは到着してすぐさまロメストの元へ向かった。皆と少し離れたところに胡座をかいているのを見つけた。
あのロメストが傷だらけである。カールに気付くといつものように笑ったが、すぐに申し訳なさそうになった。
「よ!意外と早かったな。……悪い」
「いや、これは俺のせいだ」
「違う」
「違わない。で?」
乱用者三人が十人ほどの戦闘隊達を相手にしている間に一人はウィズと、そして三人は自分に襲いかかってきた。エレメントをかなり使いこなしているようで、どうにか被害は最小に留めた。相手はまだ余裕があったはずだが何故か途中で手を引き、すぐそこの建物に立て籠ったと。
街中の戦闘で戦闘隊三人は殺された。他にも多くの者が重症である。敵は今までとは違い、確実にLEAPの者を狙って殺しにきている。住人に被害が出なかったのがその証拠だ。
重傷を負った戦闘隊で命に関わる者や、五体不満足になる者がいなかったのが不幸中の幸いだろう。なにより戦えなくなることを、うちの奴等は悲しむから。
カールとロメストは今夜中にけりをつけることを決めた。
一通り手当てが終わり、リアンは辺りを見渡すとティリーを見つけた。
ティリーは、死んでいなかった。
よかった。
その途端、リアンはとてつもない恐怖心を感じた。
「よかった」だと?仲間の戦闘隊が三人も死んでいるのに。自分は関わりの深かったティリーを見つけて死んでいないとわかった途端、ティリーじゃなくて「よかった」と。死んだのが他の人で「よかった」と思ったのか?
自分の本心に、恐怖した。なんてことを思ってしまったのかと。自分の気持ちを受け止められず、どうすればいいか分からず座り込んだ。さっきまで手当てしていたときの冷静さが、カールに言い切った威勢はもうどこにもない。
あるのはただ混乱だけだ。
自覚できていないが、まず他人のことをこんなに大切に思ったことが無いリアンにとって、今ある感情は未知の物だ。戸惑うのも無理は無い。
「リアンさん」
「!」
声をかけてきたのはマーグスだった。相変わらずリアンを見ていない。しかし変わらず優しげな笑顔で一点を見つめている。
「あなたはティリーさんとウィズさんと仲がいいんですよね?」
「……」
「無事で良かったですね」
「っ!!!」
心を読まれたのかと警戒したが、そんなことはない。エレメントにもそんな能力は無い。マーグスはリアンの身を案じて思ったことをそのまま口にしただけだ。
リアンからの返事は無いが、マーグスは側に腰を下ろした。
「私ね、目が見えないんですよ」
「え?」
「だから、夜専門。光の無い暗闇なら、皆条件は同じですから。むしろ普段から光に頼らない私が有利と言ってもいい」
マーグスはリアンが居るであろう方を向いてニッコリ笑った。
「戦いに入る前に、知ってもらっておいた方がいいと思いまして。交流はまず相手を知ることから、でしょ」
「……はい」
「君のことは少し聞いていますよ。無表情が怖いとか。馬鹿の大食いとか」
誰だ、そんなことを言った奴は。
「でもね、私は目が見えないから、あなたの表情がわからない。この状況がわからない。だからあなたを知るには、触れさせてもらわなければならないのです」
そう言うと、マーグスはふらふらと腕を伸ばしてリアンの腕に触れた。それから「結構カッチリしていますねぇ」などと言いながら掴み、頬に触れ、顔全体を指でなぞる。それから髪に触れ、よしよしと撫でた。
「すみません。嫌な思いをしたでしょう」
「いえ、そんなことはないです」
「どうもありがとう」
マーグスはニコニコと笑って焦点の合わない目をリアンへ向けた。
「そして私は目が見えないから、あなたの考えていることを知るには会話をしてもらわなければならないのです。表情から読み取ることが出来ませんから。リアンさん。ウィズさんやティリーさん、ロメストさんも、生きていて嬉しいと思わなかったのですか?」
リアンは俯いて静かに答える。
「……嬉しかったです。死んだのがそいつらじゃなくて良かったと。そう思った自分が、憎かったです」
なるほど、とマーグスは納得した。やはりまだまだ幼い。
マーグスはまた笑って手を伸ばし、そっとリアンの頭に触れて語りかける。
「仲のいい人が無事で喜ぶのは当たり前です。誰だってそうです。しかしその思いは、断じて他の人で良かったと思っているわけではありません。あなたはそんなことを思ったんじゃない。素直に、大いに喜んで下さい」
ゆっくりと手を動かしながら、リアンの表情を想像して語りかける。
「ただ大事なのは、悲しんでいる人に配慮することです。喜びは時と場合により、秘めて下さい。それがあなたはちゃんと出来ている。何も自分を否定することはない」
リアンが頭を上げたのを感じて、手を引いた。
君のことはよく知らないけど、俯いてはいけない。自分に正直になれる君はきっと、優しい人なのでしょう。俯かないで前を見て、心を確かに持ってください。
きっと、皆を支えてくれるでしょう?特に今は……
「ウィズさんを頼みます。あの人は放っとくと危ない」
そのマーグスの頼みにひとつ頷いて立ち上がり、ウィズの元へ向かおうとしたが、目が見えないのを思いだして振り返る。
「ありがとうございます」
「いいえ」
もしかしたら無表情のリアンより感情が読み辛いかもしれない。
相変わらず笑って、マーグスはぽつりと付け加えた。
「今の私にできるのは、これくらいの極僅かなことです」
リアンはようやく、マーグスが何故自分に話しかけてくれたのか理解した。LEAPの人の役に立ちたいと、誰もが思っていることを当たり前に思ったからだ。マーグスは傷ついた人に治療が出来ない。それは酷く苦しいことだが、だからと言って出来ることが無いわけではない。
契約者が乱用者の人数に対してぎりぎりであるこの状況で、リアンが悩んでいる場合ではない。
「あなたが僅かだと思っていても、」
「!」
もう行ってしまったと思っていたマーグスは驚いて耳を済ました。考え事をしていて気付かなかったが、そこにまだリアンがいる。
「今のあなたの話は、これからも、俺を助けてくれると思います。ありがとうございました」
そして微かに足音が聞こえた。今度は本当に行ってしまったようだ。その足音に迷いは感じられず、堂々と力強かった。
「……ふふは。まさか私が励まされることになるとは。まだまだですねぇ」
そして、心からリアンに頼んだ。
ウィズさんを頼みます。




