3誰かのために
バターンッ
「!?」
「リアン君。さっきから呼んでいるのだが?」
勢いよく扉が開いた音で目が覚めた。飛び跳ね、重たい瞼を無理矢理開いてそちらを見るとカールが仁王立ちしている。顔は笑っているが、怒っているのは明らかだった。
腕のチークスが虚しく鳴っていた。
以前、もう少しチークスを使いこなす努力をしなさいと注意されたことがあるが、リアンはどうも乗り気でないらしい。一応最低限の基本操作は覚えたらしく、伝達と通話は出来るようになったのだ。
しかし問題は、リアンがその伝達・通話にほとんど注意を払わない点だった。気付いていないことはないと思うのだが、リアンが返答するかどうかはその時次第になる。
それでよくリアンは怒られているのだった。今回もそのパターンらしい。
しかし、今回はカールの様子が少しおかしかった。
LEAPへ来て、カールの怒鳴り声など聞いたことはない。それどころかあからさまに怒ったところを見たことがないのだが、それはイコール怒らないと言う意味ではない。
カールが怒っている時は周囲に漂っている雰囲気で読み取ることが出来た。本当に優しく笑っている時と、怒っているときの笑いは、言葉にしにくいが明確な違いがある。
今回は後者なようだが、それでもおかしい。
カールは怒りの笑みの中に微かな疲れといったような表情を含ませていた。カールのこんな表情を、リアンは見たことが無い。
ここで、リアンは初めて違和感に気が付いた。チークスは既に六時をまわっていることを伝えている。いつもならそろそろ夕飯の時間だが、ウィズもティリーも起こしに来ない。もちろん必ず来ると約束しているわけではないが、最近は日課になっていることだった。
リアンは嫌な予感がして、眉間に皺を寄せる。
「リアン君。出てもらわなければならない。すぐに準備をして訓練場へ」
準備と言われても何も無い。リアンは扉の隣に掛かった赤いコートを羽織りながら外へ出た。もちろん腰には九露がいる。
訓練場には契約者と戦闘隊が集まっていた。ここに残っているほとんどが集まっているのかと思われる。
リアンが来たのを確認して、カールはすぐに本題へ入った。
「今日、街の広場で派手に暴れるエレメント乱用者を止めにロメストとウィズが率いる部隊が向かったところ、返り討ちに会った」
「「!?」」
「返り討ち」と言う言葉を聞いて、リアンは目を見開いた。
そんな馬鹿な。しかもロメストが居て?
初めてのことに戸惑いを隠せないリアンは静まり返った辺りを見回した。皆各々驚いてはいるが、誰ひとりとして騒ぎだす者はいない。
その様子を見て、カールも話を続ける。
「敵は確認できたので七人。契約者二人では対処仕切れなかったらしい。こちらには死亡者も出ている。」
……死亡者?
死んでしまった?殺された?……一体誰が?ウィズはエレメントを持っている。大丈夫だ。まさか、ティリーは?
一体、誰に?
「それでも追い込み、現在ある建物に籠城中とのことだ。彼らの目的はわからない。が、様子を見る限りエレメントを使いたいだけだとロメストは推測している。彼らの意識は問題なく正常で、エレメントに中てられてはいないだろう」
リアンはエレメント乱用者というものに会ったことはない。カールがリアンをその種の任務に充てないからだ。相手が人間になるだけで、えらく勝手が変わるからだ。
とは言ってもまだここに来て一ヶ月であるから避けるのであって、これからもそういうわけにはいかない。
だからこれがリアンにとって初めてエレメント乱用者に対する任務になる。それが、こんな苛酷のものになるのは不本意だったが、人数が足りないので仕方あるまい。
カールはリアンを見た。仕方ないとは言え、心配であるのは変わりない。それなくとも彼のエレメントはγ(ガンマ)で、もっとも強く心の影響を受ける。使い物にならないのであれば、厳しくはなるが置いて行くしかない。
リアンはいつもと変わらない無表情でカールの方を見ていた。いつもより感情が読み取り辛く感じる。
「この七人の情報は後でチークスに送るから目を通しておいてくれ。ここにいる契約者は現場に向かってくれ。戦闘隊は、各自に判断を任せる。ここの警備も厳重に頼む。では……向かってくれ」
そして、その場にいる者全員が一斉に動き出した。さっきまでの静かさが嘘のように慌しくなり、契約者はエレメントを上手く使い、戦闘隊はあらゆる方向から外へ向かう。
そしてすぐに静寂が訪れる。リアンだけが、その場に立ち尽くしていた。相変わらずの無表情だが、内心は穏やかではない。
誰が、誰を、何故、どうして、どうやって、何で、誰が、何故、どうして……
「……君」
何故だ。どうして殺されるようなことに、何故助けられなかった、俺は何も、できなかったのか。どうして、誰が殺されて
「リアン君!!!」
はっとして見上げると、カールに肩をガッチリと捕まれていた。大声で叱責されるも、まだ意識は違う方へ向いている。
「リアン君。君が今しなければいけないことは何だい」
「……」
「君は街の人を守るためにここにいるのかな」
「……は」
「違うね」
リアンの返事を遮り、カールはまっすぐにリアンの目を覗き込む。
「乱用者を止めたくて?違う。ここの人を守りたい?これも違う」
「なっ」
リアンにとって、既にLEAPの人達は大切な存在になっている。それは疑うことの無い本心だ。それさえもきっぱりと否定されてさすがに抗議しようとしたところ、カールはにっこりと笑って遮った。
「君はね、仕方なくここにいるんだよ」
「……」
「僕がそう頼んだから、仕方なくここにいるんだ」
「違っ……」
「他の人もみんなそう。僕が頼んだり、他に行くところがないから仕方なく、ここにいる」
皆のことは、詳しくはわからない。ここにいる理由は知らない。実際知らないことだらけだ。
そして同様に、誰もリアンの過去を聞き出そうとする人はいない。だからリアンもあまり聞こうと思わないのだ。
でも、ここにはまだたかが1ヶ月しか居ないが、誰も「仕方ないからここに居てやる」というような気持ちではないと言える。
自らが選んで居る。ここが、ここの人が、好きで居るのだ。
「だからね、君が行く必要はないんだよ」
リアンは怒ったような、困ったような、そんな顔だ。カールは本当に優しくリアンの頭を撫でた。
まだ子供なのだ。もちろんウィズもだが、リアンはこれといってLEAPに執着する理由もない。なら、無理に強制したくはない。
詳しくはまだ分かっていないが、この戦いが今までのものとは全く違う、最悪もっと死人も出る大きな任務になるだろうという確信をカールは感じていた。
「じゃあ、僕も行くから……」
「……ですか。」
「え?」
ここに無事戻って来れたら、リアンは居なくなっているのかもしれない。でもそれが本人の意思なら仕方ない。
そう思いながらリアンに背を向けた時、ぼそっと何かが聞こえ聞き返した。リアンの感情はやはり読めない。しかし声の調子は心なしか怒っているように聞こえた。
「だから、俺は皆が命賭けで戦っている間に呑気にぐーすか寝ててもいいよってことですか」
「……」
「俺の力は必要ないってことですか」
「リアン君」
そんなことは、ないのだ。
カールは断じてそういうつもりで言ったのではない。一ヶ月前ここに居て欲しいと言ったのは、力を貸して欲しいからだ。リアンは戸惑い、悩み、苦しむ。他の人と同じように。
ただそれがまだ子供で、命を賭けなければならない理由がない。何を選択するかは自由だと言うことが言いたかったのだ。
しかしカールに話す隙を与えず、リアンはカールに向かって話し続ける。
「俺は自分で選んででここに居るんです。あんたに頼まれたからじゃない。ここが嫌なところだったらすぐにでも出ていってる。街の人のために?たぶん俺は、そんなおおそれた事を背負って戦えない。でもすぐそこで困ってる人がいて見放すほど残酷にもなれない」
カールは黙って聞いていた。それは自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「LEAPのために?」
カールは密かに肩を強ばらせた。それに気付かず、リアンはきっぱりと言い切った。
「戦うに決まってる。放っとけない。誰も彼も無茶苦茶で世話焼きな奴ばっかだ」
目を見開いてリアンを見つめるカールに、リアンは指を突きつけた。
「あんたもだ、カール。何でもかんでも一人で背負って、一人で守ろうとしてる。そんな事出来るわけないだろ。エレメントの数も、人の数も、動物の数も多いんだから。自分が一番よくわかってるはずだ。だから俺にここに居て欲しいと言った」
カールは、罪悪感を覚えた。リアンの言った通りなのだ。それは何も間違ってなどおらず……そう、自分はずるい。リアンに言った事は本心だが、おそらく心のどこかではリアンにそう言って欲しかったのだ。
カールの視線の先にはいつも通りのリアンがいる。何も変わらない。無表情の、眼に力が籠った少年。
「カールは、俺を助けてくれた」
「それは違っ!!」
「だから俺も、カールを助けてやる」
「……」
助けるなんて、そんな善人じゃない。そんな「良い人」じゃないんだよ。そんな「良いこと」じゃないんだよ。そうは思っても、「助けてやる」という言葉に口をつぐんだ。決して上からではなく、友達に言うようにリアンは続ける。
「カールも、皆も、助けてくれるから助ける。好きだから助ける。それでいい。難しいことは、いい。そうだ行こう。今できることをしよう」
そう言うリアンの目にカールは映っていなかった。自分自身に言い聞かせ、腰の剣にそっと触れた。九露は何の反応も示さない。
今彼は赤いコートを着ているはずだった。しかしカールの目には、リアンが真っ黒の戦士に見えた。一体過去に何を抱え、今何を思って……そんなに悲しそうな表情を浮かべるのだろう。
それから何か思い出したようにカールを振り返り、少し。ほんの少し笑って言った。
「俺はここに居ても居なくても、戦うことに変わりありません。独りで戦うよりいいです。ここは、あたたかい。……仕方なくここにいる人なんていないと思う」
そして黒剣の柄が青白く光ったかと思うと足元の土が舞い始め、リアンがぐっと膝を曲げると出口まで一直線に……跳んだ。おそらく【風】系統のものだろう。
報告された兎の技の応用だろうか?わからないが、それも今はどうでもいい。
意識か無意識か、見たこともない技を瞬時に作り上げて出ていったリアンが居た場所を見つめながら、カールはさっきの言葉を頭で繰り返していた。
リアンはさっきの会話がどれほどカールを助けたかなど知らないだろう。リアンの言ったこと全てに間違いはなく、カール自身でもわかっていたことだ。しかしそれを自分の中だけで理解するのと、他人の口から直接聞くことは全く意味が違う。
ため息をついて、カールは目を閉じた。素直に嬉しかった。
そして、唇を噛み締める。だからこそ、うちの者を傷つけた奴等を許すわけにはいかない。もう、傷つけさせない。守らなくては。
それなくても今回は……俺の失態だ。
俺の甘さが、弱さが、皆を傷付けた。もうこんなことがあってはならない。たとえLEAPの評判がこれ以上落ちることになったとしても、守らなければならない。
しかし、まぁ、
「リアン君敬語じゃなくなってたなぁ。僕そんなに怒らせること言ったかな。あとで謝った方が……それはそれでまた怒らせそうだなぁ。これが全部無事に終わったら謝ろうかな。結局何を謝ればいいんだ」
少し重荷が軽くなったように感じて微笑むと、すぐに顔を引き締めて腰の剣に触れた。刀身60センチ程、幅広の片刃剣だ。
「刺籠。頼むぞ」
そう言って出口を目指した。守るために。




