1 任務
駆ける。駆ける。
「そこを右だ!」
その声を聞いて、黒髪をなびかせ駆け抜ける。
すると荒れ地に出た。地面は干からび、木は枯れ、辺りは殺伐としている。作物も育たないような土地……だがそれも今は好機。人がいないなら気を遣う必要もない。
一部盛り上がった土の影に何か動いているものが見えた。小動物サイズだが……
リアンはスラリと黒剣を抜き、切っ先を向けて心の中で念じた。
”盛り上がれ、吹き飛ばせ”
剣が青白く光出す。その揺らめきは炎のようにも見えた。
すると、地面が動いたように思えた。それに正体不明の小動物がピクリと反応する。
リアンは手に力を入れ、眉を寄せて目を細めた。
小動物は異変を感じて立ち上がろうとした……が、時すでに遅し。足元の地面が揺れたかと思うとトランポリンのようにその小動物を撥ね飛ばした。そいつは見事にぶっ飛び、最高点に達するとみるみる落下し、地面に叩きつけられる……というのがリアンの計算だったのだが。
「えー」
「あははははっ!!なんだあれ!!!すげーなあいつ!!」
「うるさい。何だあれ」
「リアン。油断してただろ!チャンスだったのになー」
「ティリー。ああいうのは早く言ってくれ。だからいつまでたってもティリーなんだ」
「お前、それはここまで連れてきてやった俺に対して言うセリフか?ん?置いて帰るぞ」
「……」
呑気な会話の目の前では、濃紺の兎が空中を跳び跳ねていた。まるで地面を蹴るように空中を蹴っている。真っ赤な目がリアン達を見つけると、針のような毛を逆立て、牙をむき出しにして威嚇してきた。あれは本当に兎と言っていいのだろうか……
「Γ(ガンマ)と言うよりΒ(ベータ)よりか?空気を台にするというより足から空気的なものを噴射してる。なーんかウィズを思い出すぜ」
「言われなくてもわかってる」
むすっとして後ろに向かいそう言い返すと、リアンはLEAPの真っ赤なコートを脱ぎ捨てて地面に片手を着いた。兎から目を離さずに土の感触を確かめる。左手はそのままに、右手の剣にもう一度念じる。
……えっと、いっぱい柱ができればいい
ドドドドドドドドドド!!
地鳴りと共に盛り上がる土は、柱が地面から生えてくるように見える。逃げ回っている兎を捕らえることが出来ず、直径2メートル程の柱は様々な傾きと高さで停止した。高さ15メートル辺りまでは、土柱でできた森と化した。
リアンは目の前にある一番低い柱に飛び乗り、続いて隣にあるそれより少し高い柱に飛び乗る。身軽に次々と飛び移り、兎の目の前まで来た。
兎はじっと見て小首を傾げると、急に空中で二本足で立ち上がった。いきなりのことにリアンは少し後ずさる。すると兎は「なめてます」と言わんばかりに二、三歩空中で歩み寄り、ガンをつけるように顎を突き出した。
ティリーは呆れて頭を抱えた。背中しか見えないが、明らかにリアンは怒っていた。もちろん挑発されたからだが、それ以前に問題なのは……
確かに、今の態度はジルに似てたかなぁ。俺には分からねぇけど。
そのまま兎は恨めしそうに一瞥すると、大きく跳躍した。すると体を半回転させて逆さまの状態で、次は下に跳ぶ。その連続。
目にもとまらぬ速さでリアンの周りを跳び回る兎。リアンが一瞬見失った隙に、後頭部へ蹴りを炸裂させた。ハンマーで殴られたような重い衝撃によろめく。そして腹、脚、肩、背中、次々と繰り出される蹴りに奥歯を噛み締める。
調子に乗った兎は最後の一発、と勢いをつけてリアンの顔面へ向けて跳んだ。そして……
「血の色は変わらないんだよな」
リアンの足元には首を落とされた兎の遺体があった。しばらくすると一つの光が遺体から浮き出てポンポンと飛び跳ねるように漂い、一気に上昇して消えた。残ったのは血に染まった濃紺兎の遺体。
血の着いた剣に力を込めると、土が兎を包み込むように引きずり込んだ。そして全ての柱が沈んでいく。
辺りは元の平坦な荒れ地に戻ったが、リアンは兎が埋まった場所を見つめたまま微動だにしない。
ボコッ
「いっ!」
「またぼーっとしてるし。それとお前!また無理に一撃で決めようとしただろ!無駄に攻撃受けやがって……今回は運が良かったんだぞ」
後ろにはいつのまにか、金髪の男が拳を握りしめて立っていた。両耳合わせて5つと舌に一つのピアス。かなりチャライが、意外と面倒見の良い奴だ。今もこうして説教中だ。
「今回もだろ」
「問答無用!」
「うっ」
リアンはウィズに殴られた腹を押さえる。ティリーは呆れてリアンを見下ろし、投げ捨てられたコートを手渡した。
『なるべく苦しませないように』というリアンの気持ちは知っている。だがその為に自分が傷ついていては洒落にならない。本当にそれだけのためか疑わしくもあり、
最後は必ず剣で直接殺すことに意味があるのか。
「全くお前は。大丈夫か?」
「さっきお前に殴られたところが大丈夫じゃない……やめろって、あ゛ぁあ」
ティリーはリアンの服を捲ってあちこち点検しだした。リアンは大人しくはしているが不貞腐れている。帰ればまた科学班にあちこち検査されるかもしれないというのに。
普通の人ならリアンの不機嫌さに気を遣ってかやめるのたが、ティリーに関しては一切の遠慮をしない。以前、無理矢理離れようとした時に「じっとしてろ」と逆ギレされてからは諦めている。
「うわっ、アザできてるぞ。こっちも、ここも!」
「あっそう……っていったいな!?」
心配しているのかと思えば、アザをツンツンとつついている。
「自業自得だ。ケケケ。それにしても、今回のはだいぶ自我が残ってたな」
「……あぁ」
「あ、あのぉ」
声に二人が振り替えると、一人の老人がたたずんでいた。ティリーがさっと歩み寄り、柔らかな笑みを浮かべる。
「おじいさん。ご連絡ありがとうございました。問題のものはこちらで始末いたしましたのでご安心下さい。では」
ティリーはリアンに目配せをして老人の横を通り過ぎた。先ほどの笑みはどこえやら。リアンもそれに続く。
すると真横でボソッと呟きが聞こえた。
「ミミ……」
リアンが立ち止まって振り向くと、老人は呆然と空を見つめている。
「ミミ……あ、どうしましたか……」
リアンは老人の手を取るとスタスタと歩き出した。老人は驚いた様子で速足に着いていく。
ある場所でピタッと止まると指差した。
「ここに、います」
「……!」
「一撃でした」
老人はその意味を正確に読み取り、地面を見つめた。しばらくするとリアンに向き直り、深く頭を下げた。
「……どうも、ありがとうございました」
頭を上げた老人の顔には感謝の意が込められていた。しかし同時に、目には確かな憎しみも籠っている。
「行くぞ」
声をかけられ、リアンはティリーの後に続いた。
「だーかーら!あんま思い入れちゃ駄目だって言ってるでしょーが」
「はいはい」
軽く受け流したのが気に入らなかったのか、ティリーはご機嫌ななめだ。
さっきの老人からであろう、変貌した兎をどうにかしてくれと連絡が入って数十分で事は納まった。ティリーも分かっている。あの老人はおそらく兎の飼い主だったのだろう。
エレメントはどのタイミングで何に着くかわからない。そして憑いてしまえば、切り離すことは出来ない。
ティリーがどうしても納得出来ないのは自分達に対するあの眼だ。何故あのような眼で見られなくてはならないのか。こっちは助けてやってるのに。
なのに自分が危機に陥れば態度を一変させて頼ってくる奴らばかりだ。
どうせ良い感情など持たれていないのだから、無意味なとばっちりを受けないためにも深入りするなと言っているのだ。何度も何度も。
「ほんと、世話焼きだねぇ」
「いや、お前程じゃないけど(ボソッ)」
「何か言ったか?」
「何にも」
「そうか?それにしてもお前、何回聞いても可笑しいだろ!何で4属性も使えるんだよ!てかどうせなら全部揃えろよ!」
ティリーはリアンが火、水、風、環、の4属性をバランス良く扱うことを指摘しているのだ。普通の契約者なら1属性。2属性扱えれば賞賛されるが、4属性などLEAPにはいなかった。それもどれも均等にとなるとなおさらだ。
「だから何回も説明してるだろ。皆不可能じゃない。でも得意不得意がどうしてもあるんだよ。俺はたまたま【殊】以外が程ほどに使えるだけだ」
「何回聞いてもわかんねぇよ。俺エレメント持ってねぇもん」
「お前、カールみたいに忙しく働けるか?」
「絶対無理だね。途中で頭爆発して脳味噌ぶっ飛ぶわ」
「それと同じだ」
「だからわかんねぇよ!」
この内容の会話も何度目だろうか。やはりエレメントを持っていない者にとってこの感覚の話は難しいのかもしれない。
人間にとって可能なことが、同じ人間である自分にとっても可能なこととは限らないという話なのだが。
「っ……痛い……」
兎に蹴られた所が今更痛み始め、顔を歪ませる。ティリーの腕を掴むと、嫌そうな顔をされた。
「湿布とか薬とかないのか」
「残念でしたー、それは戦闘隊としての俺の仕事じゃないですー」
「……役立たず」
「言っとくけど、お前の役に立ちたくて来てんじゃねーから!それにお前程じゃねーよ、この方向音痴め」
「方向音痴じゃない」
「ここまで一人で来れない奴が何言ってんだか」
「来れる」
「じゃあ置いて帰るぞ」
「仕方ないな、帰ろう」
他愛も無い話をしながらブラブラと裏通りを歩き、時々すれ違う女性に手を降るティリーを引きずりなから、家……LEAPへと戻った。
二人の前には古ぼけた小さな小屋。ノックもせずに扉を開けると奥へ進む。LEAPの象徴である真っ赤なコートを脱ぎながら、台所であっただろう場所の床にある取手を引っ張ると下に続く階段が現れた。コツコツと音を立てて下りていくと、また扉に当たる。
「たっだいまー!」
「ただいま」
「おー、おかえり!」
「おかえりー」
二人が出てきたのは最上階のある一室だ。この扉は他のように部屋ではなく、階段になっていて地上に繋がっている。誰でもロメストのように直接天井から内部に入る(落ちる)ことが出来るわけではない。
そして二人はそのまま連絡室へと向かった。
「ただいまでーす」
「ただいま」
「お!お帰り、二人とも」
少し大きめの椅子に座るカールは暖かく二人を迎えた。
「では、報告を……」
……
……
……
「うん、わかったよ。お疲れ様。今日はもうゆっくり休んで」
「うぃーっす」
「わかりましたー」
いつもなら雑談でもするところだが、どうやらカールは忙しいらしい。大人しく退出しようとしたところ、ふと呼び止められた。
「あ、リアン君は少し残って」
「んじゃ、お先にー」
ティリーが出ていき、リアンはカールの正面に立った。しばし目が合うと、カールはにっこり笑って一つ息をつくと口を開いた。
「君が来てもう1ヶ月だよ」
「そうですね、言われてみれば」
「本当にいろいろあったねぇ。大食いで食料の減りは異常になったし、初めての仕事では道に迷って現場に到着出来ないし、行く度に怪我をして帰って来るし……」
「すみません、その辺にしてもらっていいですか」
1ヶ月はあっという間だった。なんだかんたで忙しく過ごしていたら、気付けばという感じだ。リアンに実感は無いが、十分打ち解けていた。
「ティリー君ともうまくいってるかい?」
「まぁまぁですかね」
エレメントが関わり必ず戦闘になると分かった任務では、手が空いている契約者一人は必ず向かうことになっている。そして必要に応じて戦闘隊の助けを借りる。
ジルは完全に個人で動いているし、ロメストはかなり大人数で大掛かりなことを担当している。他の解約者もそれぞれの形で戦っているがウィズは例外で、個別で任務を受けるのではなく気になる人の所に勝手に着いていっている。これはウィズの意思で、カールも断らなかった。リアンと出会ったときにもジルに着いていた。
そしてリアンはというと問題は様々あるが、主に方向音痴だけがどうしようもなかった。というより、初任務で契約者と戦闘隊全員に渡す腕時計式の連絡機、チークスを使いこなせていない。
なのでカールは最低一人は着いていかせているのだが、最近はティリーに固定されてきている。
ずっとセットで使うわけにはいかないが、上手くいっているようだし今のところは問題ないだろう。ティリーもなかなかの問題児だし。
「で?」
ばれていたか、とリアンに促されて本題に入る。
「どうしてそこまで苦しませずに、最後は剣にこだわるんだい」
表情を変えないリアンに優しく語りかける。
「駄目ではないんだが、そのせいで君は傷が多い。今までは運が良かったけど、これから敵によっては取り返しのつかないことになるかもしれないんだよ。心配してる者も大勢いる。エレメントを使いたくない理由でもあるのかい?」
リアンはふと視線を落とし、言いずらそうな雰囲気を出す。再び視線が合った時に、退く気はないという意思を込めて笑って見せた。
「可哀想じゃないですか」
「……え?」
「なるべく楽に逝かせる方が、いいじゃないですか」
しかし、とカールはリアンを見た。それはそうかもしれないが、あまりにも対価が大きすぎるという話をしているのだ。それにエレメントを使わない理由とは少しずれている。
じっと見ていると、リアンは眉間にシワを寄せて目を逸らした。
これ以上は、、
「そうだね。でも本当に皆心配してるから」
「それは、すみません」
それからは本当に雑談だった。
ドアにもたれ掛かっていたティリーは自分の部屋へ足を向ける。
「ふーん、やっぱ難しいな。あいつ」




