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炯眼のリアン  作者: 霧雨
第一章 黒の少年
15/40

15 居場所

それでもしつこく食って掛かるジルを連行した後、その場は流れ解散となった。


今夜はもう遅い。昨晩の疲れもあり、皆仕事を引き上げてそれぞれの居場所へと足を向けた。

いつの間にかウィズも消え、リアンは立ち尽くすしかなかった。ぼーっと人の流れを見ていると、そこに声がかかる。振り返ると、手招きするカールの隣に白衣を着た女性がいた。


「入団にあたって、一応君の健康状態や武器の情報を調査してもらう。悪いね、面倒だけど協力してくれ」

「科学班のミレイ・ユリーシェ。よろしく」

「……よろしく」


か細く名乗った彼女の声は透き通ったソプラノで身体の線は細く、きめ細かな肌をしていた。素材は申し分ないはずなのに残念なのは、明るいブラウンの髪は清潔ではあるものの手入れがされておらず、梳かずに下ろしたままだ。肩より長い髪は顔の一部分を隠してしまい、見えるところも黒縁メガネが邪魔をする。

もったいない。自分もそう思われているなど露知らずリアンは思った。


彼女に連れて行かれたのは三階の部屋だった。なんと三階の約八割が科学班の仕事場になっていた。その中のひとつに入ると、真っ白な壁に覆われた小部屋だった。ベッドが一つだけあり、周りにたくさんの機械が置かれている。

契約者(エリート)戦闘隊(ビクティム)の身体検査・治療に使われたり、エレメントの研究を行う場所だ。


リアンは服を脱いでベッドに仰向けになる。しっかりした態度でテキパキと機械を動かし、何やらリアンの体に塗ったりするミレイは変わらないように見えた。

リアンの身体に触れながら、ミレイは自分に言い聞かせていた。LEAPの中では若い方だが、すでに多くの仕事をこなした経験がある。今更同い年くらいの男の子の裸体に緊張することは無い!


一通り作業が終わると、続けて作業を行いながらもマニュアルに従って質問を始める。


「名前は」

「……リアン」

「歳」

「……」

「分からないならそう言って?」

「分からない」

「誕生日」

「分からない」

「出身」

「分からない」

「今、身内は」

「いない」

「親の名前とか……」

「分からない」


分からない。分からない。

素直に答えながら、改めて聞かれると自分のことを何も知らないと思い知らされる。しみじみと感じるものの、知らなくとも困ることはないしどうしても知りたいと思うこともない。


ミレイはそっとリアンの表情を伺ったが、特に感情は読み取れなかった。どちらも口をつぐむと、なんとなく重たい空気が漂った。


しばしの沈黙の後、ミレイが質問を再開する。


「好きな食べ物は?」

「……何でも」

「好きな色は?」

「……黒?」

「私に聞かれても分からないわ」


そう言って彼女は小さく笑った。リアンはそこでようやく気を遣ってくれているのだと理解する。ミレイはまだ笑みを浮かべているものの、若干引きつっているように見えた。


こういうのには慣れていない。自分はちゃんと笑えているのだろうか。

しかしリアンを見て心配は吹き飛んだ。ずっと無表情だった彼が笑っているのだ。髪の間から覗くなんともいえない優しい表情に瞬時に惹き込まれたが、我に返るととっさに顔を背けてしまう。

もしかすると逆に気を遣われてしまったのかもしれない。だが落ち込んだりしているのではないと確認できて一安心した。


「歳と誕生日は?」

「それも分からない」

「なら歳は私と一緒でいいかな」

「うん」


横目でミレイの手元を見ると、名前欄の下にある年齢のところに"17"と書かれていた。どうやらミレイは十七歳らしい。普通に考えて働くにしては若すぎる。が、少なくとも軽く触れてはいけない話だろう。


「寒がり?暑がり?」

「……どっちも?」

「あはっ、じゃあーそうだな、リアン君はどちらかというと秋っぽいし……それに食べること好きだよね。だから10月31日にしよう」


そう言いながら、ミレイは年齢の下にある生年月日の欄に書き加えた。


最初と随分印象が変わった。ミレイはいつの間にか、自然と笑っていた。そして思ったより喋る。見た目からも根暗なのかと思ったが、

なんだ、こんな風に笑うのか。


ミレイはリアンが見つめてくる理由を勘違いしたようだ。


「この日は昔、ハロウィンっていうお祭りみたいなのがあったの。仮装して家を回ってお菓子をもらう、子供にとって嬉しい日。ほら、リアン君にぴったり?」

「……俺子供っぽい?」

「あ、どうだろ?」


疑問に疑問を重ねる会話に可笑しくなり、二人して微笑した。


「そんなの勝手に書いていいものなの?」

「いいの。ここでは勝手につけてる人多いよ」



身体調査が終わったようで機械類を外すと、今度は剣を調べ始めた。

リアンは服を着て後ろから覗き込む。材質、色、長さ、重さ、温度……様々な道具を使って調べ、手際よく記入欄を埋めていく。


「名前は?」

「……こいつの?」

「そう。ないなら今決めて」


そう言ったミレイは元の素っ気無い態度に戻っていた。というのもミレイは今、無意識に笑っている自分に気が付いて相当混乱していたのだ。

何、何なの?私は何が可笑しくて笑っているの?何に対してこんなにドキドキしているの?重症患者の治療をするわけでもないのに……この初めての感じは何?

と心の中はパニックで半泣きだった。


しかし外見では分からず、リアンは少し考えて口を開いた。ウィズの瞑芭(メルバ)やジルの殃牙(オウガ)のようなこの剣にふさわしい名前……


「……くろ」

「……え、それが名前?」

「……」


ミレイは後ろを向いて肩を震わせた。無言でそれを見つめるリアンに、ミレイは笑いをかみ殺して振り返った。


「ごめん。い、いいと思うっ」

「笑っていいけど」

「変じゃないよ。ただなんかぺ、ペットみたい?だなと……」


そう言いながらもミレイは笑いを噛み殺しているようだった。しかし馬鹿にしている様子はなく、笑われて嫌な気はしない。

ミレイが見せた紙には武器の名の欄に『九露:クロ』と書かれていた。


そしてミレイはリアンの顔をじっと見つめた。リアンが知らぬ間に前髪をピンで留めていて、露になった顔が間近に迫る。ほらやっぱり、とリアンもミレイを見つめる。黒縁メガネの向こうで、丸く大きな瞳がパチクリと瞬きをしていた。


「じゃぁ、いきます」

「え……何何!?」


ミレイの手には持ち手が真っ白なハサミが握られていた。上半身を逸らしたリアンに向けてシャキシャキと鳴らす。


「カールさんに頼まれてるの。切っといてって」

「いやでも、ちょ」

「文句は受け付けません。仕事ですから」


そう言われると、抵抗できず、さすがのリアンも諦めたのだった。



数分後、リアンが髪を切るのを嫌がった理由を知っていたミレイは絶妙な長さに髪を切ってみせた。最後に全体をわさわさとして切った髪を払うと


「ほら、こっちの方がずっと似合ってる」


それから少し俯くとリアンに背を向けた。言うか言うまいか迷い、ボソッと


「顔はちゃんと見せてくれた方がう、嬉しい」


これは毎度毎度切ろうとする度に嫌がられては困ると思い、また、この髪型を気に入って欲しくて言ったのだ。ミレイなりの精一杯の賞賛だった。もちろん本心でもある。本当は「かっこいいよ」とも言おうとしたのだが、キャパオーバーだった。


それを聞き、リアンもミレイの背中を見ながらボソッ呟くが、いっぱいいっぱいのミレイの耳には届かない。


「お互い様だと思うけど……」





ミレイはすぐに前髪を下ろし、一階に降りてリアンをある一室に案内した。

ベッドと机と椅子があるだけの質素な部屋。しかしリアンがここに来て初めて目が覚めた部屋よりは広い。


「ここがリアン君の部屋」

「!そう、ここが……最初に寝てた部屋は?」

「あれはカールの部屋」


この地下がLEAPの基地として作られた時は、今の最上階しかなかったらしい。それから人員が増えていく度に一階分掘り、また一段階深く掘って今の形になった。そのため、最上階にはカールとロメストの部屋、連絡室、そして研究室がある。

リアンの部屋は一番最後に作られた階の部屋だ。


「今日は、ゆっくりしてね」


そう言ってミレイは部屋を後にした。

リアンは少し戸惑うも中に入り、ベッドにダイブする。それからボーっとしているうちに現実に引き戻されたような感覚になった。

昨日から今日にかけて本当にいろいろあり、急展開にゆっくり考える暇もなく今にいたったが、これは人生の岐路だった。


成り行きとはいえ、変わったのだ。

あの森の中で、

あの独りの、

暗い生活がなくなった。



これからどうなるのか……まだ今の状況に自覚が持てないまま知らず知らずの内にうとうとし始めた時、ふと意識を覚醒させた。


ベッドから飛び起き、勢いよくドアを開ける。


梯子を登って二階の廊下を歩いていたミレイがその音に驚いて振り替える。駆け寄ってくるリアンを見て手摺に手を掛けた。


「どうし……」

「ありがとう!」


訳がわからないといった様子で、ミレイは呆然とリアンを見下ろす。


「いや、言ってなかったから……健康診断とか案内とか、ありがとう」

「あー、うん」


またも沈黙。お互いがどうしていいか分からないまま呆然とする。それだけを言うためにあんなに走ってきたのか。ミレイは見下ろすことしか出来ずに困惑した。


「あ、あと」


リアンは少し目を逸らして、またミレイをまっすぐに見た。


「歳とか、誕生日とか、剣の名前も……ありがとうございます」


そう言ってリアンは軽く頭を下げた。


「敬語だし……(ボソッ)」

「え?」

「おやすみなさい」


ミレイはすぐに二階にある自分の部屋に入った。




あの人はなんなんだろう。

最初は暗くてちょっと怖かったけど、全然そんなことなかった。真っ黒な髪も、真っ黒な目も、惹き付けるように綺麗に思えた。

最初は気を遣って、柄にもないお喋りを始めた。でもしばらくすると、そのお喋りを楽しむ自分がいた。なんでだろう。

そして、体がほのかに熱く、いつも以上に胸の鼓動を感じる気がする。


ミレイは何かの病気かと無駄に心配して眠りについた。




リアンも新しい自分の部屋に戻ると再びベッドへダイブし、楽しいこれからの生活を期待して瞬時に眠りに落ちた。






「カール」

「どうしたロメスト?」


カールは珍しく連絡室に来たロメストを意外に感じながら視線を向けた。普段は自分が任された任務以外ほとんど興味を持たず、戦いだけを楽しんでいる奴だ。


ロメストはドカッと腰掛け、楽しそうに笑った。


「リアンのことは本部に連絡したのか?」

「……いや」

「やっぱりな!」


こういう妙なところで鋭いのだ。ロメストは優しげな垂れ目をカールに向け、淡々と用件を話した。


「リアンはなかなか強いが、何か隠してるな。エレメントを使わないのも関係あるんじゃないか?」

「……まぁ。しかし珍しいな。お前がこんなこと」

「ははっ、お前と一緒だよ」


ロメストは立ち上がり、部屋を出ながらカールに笑いかける。


「楽しくやっていけそうだな!」






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