13練習試合
槍を肩に担ぐと、落ちてきた男は爽やかな笑顔でこちらに歩み寄った。
「よー、ジル知らないか?」
「ジルならさっきアリサに連行されたとこだよー」
「あちゃー、一足遅かったか」
そう言ってわしゃわしゃと髪を掻き上げた。青い短髪が前髪から全体的に後ろに流れたこの男。タレ目のせいか、優しく、また随分と若く見える。
リアンはふとその男と目があった。男はキョトンとした顔でこちらをじーっと見ると、小首を傾げた。
「あれ、そこの子前から居たっけ?」
「ん?あぁ!あのねー……」
昼時に食堂にいなかったため、リアンのことを知らなかったのだ。ウィズがリアンを紹介し終わったようで、男は顔を輝かせてリアンの手を握った。
「そうかそうか!新人かぁー、嬉しいな!ロメスト・オルソンだ。よろしくな!」
「リアンです。こちらこそ」
そしてまたウィズと何やら話し出した時、訓練していた一人がスススと横歩きでリアンに近寄り、耳元に口を寄せた。
「あの人には気を付けた方がいいぞ」
「え?」
その人は難しい顔でちらりとロメストを見て、静かに囁く。
「ジルは昨日馬鹿やった罰であの人に特訓させれてたんだ。始めれば最後、何十時間も動き回る体力ときた。ジルでも逃げ出すくらいだぜ。恐ろしいったらなんの……」
男は両手を肩に当ててぶるっと震えてみせた。温和な表情からは考えられない鬼畜さらしい。わいわいと話していた中で「今回はたった十一時間だ。短いなー」などと言うロメストの声は聞かなかったことにした。
話が終わったのか、ウィズがリアンの元へ駆け寄ってきて自慢げに言った。
「ロメストがここを作った三人の内の一人なんだよー。あれでもカールと同い年」
現在ロメストが和気藹々と話しているのを見て、カールが指令担当とすればロメストは筋肉担当ということだろうか、と失礼なことを考えた。カールに比べて本当に若く見える。カールが苦労しているからか年配に見られるというのもあるのだが。
ふとロメストが覇気のないため息をついた。
「んー、でも暇になったなぁーどーすっかなぁー」
手を頭の後ろで組んで気の抜けた顔だったロメストが、突然何か思い出したように笑顔を輝かせるとリアンを見た。
目にも止まらぬ小走りで駆け寄ると、リアンの腕をガッチリと掴んで一言、
「リアン、戦闘をしよう」
「へ?」
その途端、その場にいた全員がさーっと退いて訓練場の端へ避けた。見ると、皆が同情の視線を向けている。しかし同時に好奇心が含まれていた。
「試合ということですか?」
「そう!ちょっとだけだ!いいだろ?」
駄々をこねるようにせがまれ、戸惑いながらも了承した。皆の様子からして何やら面倒事を押し付けられた気分だ。
ただロメストがどれ程強いのかというのには純粋に興味を持った。
「おーい、ウィズ!審判!」
「もー、はいはーい」
互いに少し距離をとり、リアンとロメストが対面した間にウィズが割り込む。胸を張って一つ咳払いをすると、声を張った。
「では、ロメスト・オルソンとリアンの戦闘を始めまーす。両者、相手を殺さないことをここに誓ってー」
「おう!わかってる」
「?はい」
ただの練習試合で殺すはずがないだろう、と思うもとりあえず返事をした。それを聞いてにっこり笑うと、今度は両手を広げて首を傾ける。
「エレメントはー?」
「あり!」
「ではそれで。じゃぁー、何を賭けますか?」
「賭ける?」
「えー、リアンったら僕の説明聞いてなかったのー?」
そういえば最初食堂に入ったときにそんな話があったっけ。あの時は目の前の光景にただ呆然として耳に入っていなかったのだ。
「戦闘は何か賭けてやるんだよ。何も賭けないのはただの訓練だからハラハラしないでしょ?」
「そんなこと言われても……」
リアンは賭けられる物を何も持っていなかった。唯一の私物は今腰にさしている剣くらいだが、これはいくらなんでも。どうすればいいかと迷っていると、ロメストが明るく笑った。
「別に物じゃなくてもいいんだぜ。んー、そうだな、俺が勝ったらここに住むってのはどうだ?まだ決めてないんだろ?」
「それはつまり、LEAPに入れということですか?」
「そう!」
「……わかりました」
ロメストはリアンが即答したことに少々驚いたが、同時に嬉しくも思った。入ってもいいと思ってくれるほどには気に入ってくれたようだと。それはもちろん、他の皆も同じ気持ちだ。やはり自分の居場所を好きになってもらえることは嬉しい。
「じゃぁ俺が勝ったら……」
その時、ウィズはリアンの表情に固まった。口の端を吊り上げ、笑ったのだ。それもかなり意地悪く。
「綿毛がパンツ一枚で逆立ちして訓練場一周でどうですか」
「えぇ!?それは……」
「おうわかった!」
「えぇぇぇぇ……」
「ところで綿毛ってなんだ?」
この場にいない人を勝手に賭けの対象にしてしまい、一度は迷ったウィズだったが、まぁいいかと気にしないことにした。リアンの申し出がそんなどうでもいいことだったのは謎だが、それは問題ではない。
何て言ったって、ロメストが負けるはずがない。
「じゃあ始めるよ!レディー、ゴーーー!!」
ウィズは大きく腕を降り下ろした。
しかし二人とも微動だにしない。少々意外に感じながらもウィズは訓練場の端へ下がった。
リアンはじっとロメストを観察していた。
ゆったりと力を抜いて構えているにも関わらず、攻め混むイメージが湧かない。
逆三角形の引き締まった上半身。その腕に支えられた身長程の槍。棒の部分は太めで重たそうだ。刃は突き刺す形状で、先ほど落下してきたときの変化を見ると、Α(アルファ)だ。
「俺の罵連を甘くみるなよー?」
「みてません」
ロメストに動く気配はない。リアンを待ち構えているようで、表情には随分と余裕が見られる。
リアンはぐっと膝を曲げて地面を蹴った。
まっすぐに突っ込んできた黒い影を見て、ロメストは少々驚く。なんとなくだが、リアンはそんな軽率なことはしないと思っていたのだ。あまりに無防備、無体策。慎重派ではなかったか。
しかしそんなこともすぐにどうでもよくなる。
一瞬の踏み切りとしなやかな駆け出し。始めの一歩からぐんっと加速するダッシュ。
心はすでにこの戦いに奪われた。
目の前に来たリアンに全力で槍を突き出す。リアンは大きく跳躍し、逆手で剣先を真下に構えて落ちてくる。すかさず空中に向かって突き出すが、リアンはこれを足で挟んで、そのまま今度は後ろに跳躍。一回転して着地するとまた懐に潜り込もうと詰め寄る。
(ドクン、ドクン、ドクン)
胸が高鳴る。
次々と浴びせる槍の雨。ロメストが繰り出す槍の斬激を剣の腹で滑らせかわす。しかしリアンがさらに一歩踏み出したことによって、槍は使いにくい状況になった。
槍の長所はリーチが長いことだ。だからリアンはその距離を積めてしまえばこちらに分があると踏んだ。
ロメストは刃の部分でなく、持ち手の棒状の部分で応戦する。そこまで近づいてもロメストの身体には剣が届かない。
やはりこの人は強い、そう感じたその時、一瞬の間にロメストが退いて槍を横に振り払った。リアンは身を低くしてこれを避ける。
それに若干の違和感。槍は突くものであって、振り払って攻撃するものではないはずだ。
顔をあげると、ロメストは時間をあげようと言うように武器を肩に担いで待っていた。不本意ではあるが、そのおかげでじっくりと様子を見ることができた。
槍はいわゆる薙刀に形を変えていた。刃の部分が少し反った片刃になっていたのだ。
最初は【風】属性に適したロメストだったがどうもうまくいかず、この異例の形を身に付けたのだった。おそらくΑ(アルファ)だからこそできる変形型の属性無しバージョンである。
こんなのを見るのはさすがに初めてだったリアンだったが、怯むことなく再び走り出した。
現在ロメストの武器は薙刀だ。横降りの斬劇をしゃがみ、跳び、また接近戦へ持ち込む。降り下ろした剣が阻まれ、ギリギリと押し合う。しかし力比べではロメストが有利なようで、余裕たっぷりに受け止められる。
ロメストは戦闘が始まってからずっと笑っている。目を輝かせてリアンの動きを追っていた。
これは余談だが、そもそもロメストにとって戦いとは何なのか。何十時間も戦い続けることが出来る理由は何にあるのか。
ただただ好きなのだ。
互いに思考を読みあう駆け引き。少しでも間違えば命を落としかねない緊迫感。その中でも一番興奮するのは、相手が自分の思ってもみなかったことをしてきたとき。
そして、それら全てを跳ね返したとき。続く倍返し。それこそが戦いの醍醐味だろうと常々思っている。
ロメストにとって戦いとは、一般的に言えばスポーツなのだ。命を賭けて行われるスポーツ。自分が何故そのスポーツに惹かれたのか明確な理由がある人は少ないのではないたろうか。
ロメストも同じだ。ただ好きだから。それ以上の理由など必要が無い。
楽しくて、仕方がない。
「リアン。お前なかなかやるなぁ」
「そりゃ、どうも」
「でもまだ足りない!」
押し退けられるが、すぐにまた詰めより、剣を突き出した。ロメストはこれを横に避け、一回転してその勢いで薙刀を振るう。しっかりと受け止めたリアンだったが次の瞬間、激痛が顔面を襲った。
ふらりと眩暈がするも、二、三度跳躍して大きく距離をとる。
頬を押さえると痛みが走った。血は出ていないが、おそらく痣になっているだろう。
確かにあの薙刀を受け止めたはずだ。なのに何故当たった?
答えは目の前にあった。ロメストが持っているのは槍でも薙刀でもない。
多節棍だ。
剣で受け止めたはずの場所より少し上のところでボッキリ折れているようにも見えるが、ロメストが一振りすると、薙刀に戻った。
あの折れ曲がる場所が自由自在であるならかなり面倒だ。受け止めることも危険になる。それにあの打撃はかなり重たく、あんなのを振り回しているなんて考えられない。
「俺さー、本当は接近戦の方が好きなんだわ。なんとなく槍がスタイルになっちまってるけどな」
ロメストは体の周りで薙刀を回すと、背中に構えて聞いた。
「なぁ、リアン」
「なんでしょう」
「どうしてエレメントを使わないんだ?」
「……」
ロメストは変わらず楽しげに笑っている。
リアンはやれやれと息を吐いた。文句なしに強い。体力だけの問題ではない。それはよーくわかった。でも……
「剣だけでも負けたくないからですよっ」
再び走り出す。負けるつもりは毛頭ない。相手が誰であっても負けることなど想像してはならない。なぜならそれは本当にそうなってしまうから。
エレメントの、特にΓ(ガンマ)を使う者にとって身体の傷より大きなのは心のダメージだ。それは武器の威力にも影響する。リアン。心を強く持てよ。
そんなことを師匠が言っていたっけ。ほんと、どこ行ったんだ。
あと少しでロメストに斬りかかる瞬間。
「はい終わり」
「「!?」」
前にも見たことがあるような光景。リアンの剣の切っ先はカールの腹寸前で止まっていた。
薙刀の状態からどのスピードで槍に変わるかわからないが、それより速く突きで攻めようとしていたところだったのだ。
どうしてここの奴等はいきなり間に割り込んでくるのだろうか。ウィズがカールのこれを真似したのだとしたら父親として問題だぞとリアンは心の中で悪態をつく。そこには戦闘を邪魔された事への苛立ちも含まれていた。
「おー、危ないぞカー……」
「おーじゃない。何してるんだお前」
「いやー、ちょっとな!」
「ちょっとな!じゃない!多節棍まで使って……」
「悪い悪いーもう楽しくって」
全然悪びれずに答えたロメストにため息をつく。口調が若干砕けているカールはリアンに向き直ると頬に触れた。
「大丈夫かい、リアン君?……はぁ、うぃーず?」
「救急箱とってくるねー」
ウィズは止めなかったことで怒られるかもと逃げた。決して戦闘は悪いことではないが、昨晩から此処に来て、少しは安静が必要で「ゆっくりしていって」と言った相手とすることが問題なのだ。いわば客である立場の人に傷をつけるなど言語道断である。
「悪かったね。ロメストはああいう奴なんだ」
「いえ、俺も楽しかったですから」
そう言ったリアンの顔に、少し微笑みが浮かんだのをカールは見た。それを見てカールも笑う。
「ここはどうだい?」
「いいところだと思います。広いし、ご飯は美味しいし、服は着心地がいいし、皆いい人だし。……綿毛以外」
「わ、た……ぶふっ、そう!それはよかったよ。それで……」
何か言いかけたのを制し、リアンはまっすぐにカールを見つめると始めと変わらない無表情ではっきりと告げた。
「改めましてリアンと言います。どうか、LEAPに入れてください」
頭を下げるリアンに驚き何か言おうとした時、
「やったあ!リアン!よろしくね!」
ウィズが駆けてきてリアンの背に飛び付いた。
「戦闘の続きはまた今度な」
「はい、よろしくお願いします」
「あぁー、お前良い動きしてたな!」
「ロメスト相手になかなかやるなぁ」
二階からアイリークが顔を覗かせて
「リアン!お前、夕御飯もちゃんと食えよ!わかってんだろうな!」
マリーがあくびをしながら部屋から出てきて
「リア~ン、新しい部屋着出来たよー。後で取りに来な。ふはぁあ」
そんな様子を見て、カールはにっこりと微笑んだ。
不思議な子だ。言っちゃ悪いが特に愛想のいい子でもないのに、どうしてこんなに人を引き寄せるんだろうね。
やはり本部に昨晩の『あの現象』を報告しなかったのは正解だった。
「さぁ、これから昨晩の事件とリアン君の入団をまとめて臨時集会をするから、皆を集めてくれ!」




