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炯眼のリアン  作者: 霧雨
第一章 黒の少年
12/40

12戦闘隊


「……うっぷ」

「大丈夫?もー、無理するからー」


必死に口を押さえながらゆっくりと歩くリアンの隣で、ウィズは軽快にスキップをしていた。随分と機嫌がいい。


リアンは大量に作られた食事を、最後は飲み込むようにして見事完食した。アイリークもさすがに食べきれるとは思っていなかったらしく、感心しつつも嬉しそうだった。それはウィズにも喜ばしいことなのだが、やはり無理し過ぎたと思う。


再びリアンを見ると、ウィズの数歩後ろで足を止めて口を押さえたままぼーっと一点を見つめていた。もう喉元まで戻ってきているのかもしれない。


「何で全部食べたのー?あれはいくらなんでも無理でしょ」

「だって、う……残したら怒られるだろ」

「ぷっ」


それを聞いて、ウィズは思わず吹き出した。リアンの印象にあまりに似合わなかったからだ。


黒髪、黒目、加えて黒剣黒衣と黒に染まった珍しい容姿は第一印象に畏怖すら感じさせる。戦いの際は目の前の相手だけを意識に爛々としていた奴が、女(?)一人に「だって怒られる」だなんて。


「それに、旨かったから」


ウィズはキョトンとして


「そっか、僕もアイリークの料理は好きだなー」


リアンを置き去りにしてスキップしながら、ウィズはまた笑った。

やっぱりリアンが好きだ。



ようやく消化されてきたのか普通に立っても平気になり、リアンは自分がまだ髪をくくったままだったことを思い出した。少し手こずりながらも解いてウィズに返す。

しかし改めて見て思うが、このゴムはないだろう。


「何でこんなの持ってるんだ?」

「もちろん、こういう時の為に決まってるでしょー」

「あっそ……」


ウィズはそれこそ悪戯っ子のように笑った。


歩きながらふと、食堂を出たのはいいものの次に何をするのか聞いていないことに至った。食堂を出てから上機嫌で進むウィズに着いて来たが。


「どこに行くんだ?」

「さぁ?どこに行こう」


それを聞いてリアンは顔をしかめた。反応があからさまになってしまうのも、リバースしそうな状態にも関わらず無駄に歩かされていたと聞けば無理も無い。


一旦足を止め、廊下の壁にもたれ掛かって座るとウィズも隣に座った。今ようやくゆっくりとくつろげている気がし、余裕が生まれると今まで見えていなかったものが見える。

手摺の間に、とてつもなく広い空間で大勢の人がせわしなく動いているのが見える。年も性別も格好も様々。少ないが女性もいるのは少々意外だ。アイリークやマリーのような特別職は別として。


「ここでは普段何してるんだ?」

「うーん、そうだな……今日は昨日のことがあるから皆忙しそうだけど。本当に暇な時は食堂が溜まり場になってて、いろいろ話したり遊んだり、自分の部屋でくつろいでたり。あとは真面目な人の仕事とか訓練邪魔しに行ったり、仮眠してる人起こしたりとか?」

「いや、最後のはおかしい」


しかし出来ることはたくさんあるようで、リアンが想像していたより自由なものだった。ウィズの説明は大分偏っているものだったが、契約者(エリート)のリアンにとってはさして問題ではない。



そのまましばらく二人揃ってぼーっとしていたが、唐突にリアンが立ち上がった。

廊下の手すりから体を乗り出して下を見下ろす。


「え、吐かないでね?」

「吐かない、うっ」

「いやいや、おもっくそ危ないじゃん」


ウィズも立ち上がってリアンの隣で下を見ると、訓練場で何人かがペアになって試合をしていた。相手の剣を落としたり首もとをとった方はガッツポーズを決め、負けた方は地面を叩いて悔しがる。勝負が決まった後はこのように和やかなものだったが、始まってみればここからでも分かるほど緊迫した空気が流れている。


「剣……」

「皆エレメントを持ってない人だね。アイリークとかマリーみたいな特別職はべつとして……



LEAPの者は全員がここに住んでいるわけではないが、必ずどれかに属している。


エレメントについての調査や分析、管理。そして戦いで負傷した者の治療も兼ねる『科学班』。事実ここで一番忙しく働いている。戦いを左右し、これからの方針を決める役割を担っているので多少のプレッシャーもあるのかもしれないが、休んで下さいと頼みたくなる時もある。


次にここに住んでいない者の代表、いたる所で一般人として生活し情報を集める『潜入者』。会う機会は少なく、会ってもこちらからはLEAPの人間だと気が付かないことがほとんどだ。必要なときでない限り明かさないのがセオリーらしい。


LEAPの本拠地に住んでいる者の中で一番多いのが『路兵隊』だ。一応訓練はしているものの、表立っては戦わない。

膨大に送られてくる情報の中にはエレメントに関わりのなさそうなものもあるが無視するわけにもいかない。事実か疑わしいものは調査しなければならない。LEAPで大勢が生活するにあたって戦っているものは家のことに気を回せない。それら全てを担い、科学班とは違う方面で思う存分戦えるよう支えてくれる重要な役割だ。

それを知らない他所の者にはただの雑用係かと馬鹿にされることもある。それでもこの役割に一種の誇りを持って頑張れるのは、そんな時には必ず前線で戦う者が庇ってくれるからだった。「LEAPになくてはならない存在だ。何も知らない奴が勝手なことを言うな」そんな風に言われて嬉しくないはずがなかった。


そした、主立ってエレメントの関わる事件に対し前線に立って戦うのが先程も説明した通り『契約者(エリート)』だ。

エレメント武器を持っている者は必然的にこう呼ばれるが、戦うことを強制されているわけではない。それでもほとんどの者が個々の理由を持って戦う事を選ぶ。


しかし、戦うとしても契約者(エリート)の数は圧倒的に少ない。よって共に戦うのが『戦闘隊(ビクティム)』だ。やることは契約者(エリート)とさして変わらない。ただエレメント武器を持っていないだけだ。




そんなところかなー。まー徐々に知っていけばいいじゃん」


長く続いたLEAPの説明を聞いてはいたが、リアンの頭にはほとんど入っていなかった。訓練場での様子が気になっていたと言うのもあるし、ウィズがあまりに早口で理解が追いつかなかったと言うのもある。

しかし最後の戦闘隊(ビクティム)についてはいくらか疑問を持った。


「何でエレメントを持たないんだ?」

「持たないんじゃなくて持てないんだよ。……本当に知らないんだね」


首を傾げたリアンを見て、ウィズは軽くため息をついた。普通に生活していてよくここまで何も知らずにいれたものだ。しかも自身がエレメント武器を持っているというのに。

もっと前なら仕方ないかもしれないが、今はエレメントの存在も公認され、確かな情報は対策のためにも公表されている。ますますリアンに興味が湧いたが、あえて聞かなかった。どうせ答えてくれないんだろう。


「エレメントの憑いた武器は持ち主を選ぶんだよー。例えば僕の瞑芭(メルバ)をリアンが持っても、能力が発揮されないただの銃なんだ。それこそどういう仕組みか分からないけどねー」

「……そう、」

「どうしたの?」


視線は訓練場へ向けたままだが、暗い表情をするリアンに不安になって尋ねた。

リアンはしばらく黙っていたが、辛抱強く待っていると静かな声が聞こえた。


「それはやっぱり、エレメントを持っている奴より何倍も危ないよな。戦闘隊(ビクティム)だけで戦うこともあるのか」

「あるね」

「死ぬ確立が高いのに、行くのか?」


つまり、リアンは心配してくれているということでいいのだろうか。ただ表情を見て分かったのは、これを聞いてウィズと同じく苦しんでいるということだ。


契約者(エリート)は少なくて、全部に手が回らないことだってたくさんあるよ。それでも……僕が、頑張らなきゃね」


今までに無く真剣な顔をしたウィズと目が合った。

僕が……リアンはそこに何か言い知れない意思を感じた。あえて僕達が、と言わないのは何故だ。


視線を逸らすと、リアンは何も言わずに梯子を降り始めた。もう慣れた調子で梯子を降りて訓練場に降り立ち、剣を振るっていた人たちに近付いた。

それに気がついた人は「よっ」と手を挙げたり、ひらひらと手を降る。


すぐに特訓を再開したのでその様子を端で見ていたが、年齢、体系様々な人の中に一人だけ女性を見つけた。後頭部で縛られた金髪は腰の辺りにまで伸び、くるくると回る機敏な動きに円を描くようについていく。


リアンの視線に気が付いて、ウィズが彼女をちょいちょいと呼んだ。


「何よ、邪魔しないでくれる?」


第一声がそれだった。気の強いことだ。ウィズが気にしていない様子を見ると、いつもこんな感じなのかもしれない。


「彼女はアリサ・フェラリー。アイリークの実の妹だよ」


驚いてまじまじと顔を見た。言われてみれば似てなくもない。

目と髪の色はアイリークと同じ深緑に金だ。ぱっちりとした大きな目が髪を括っているからか少しつっていて強気に感じる。


そしてピッチリとした服を着ているせいでその大きな胸が目立っていた。その辺りだけ布がぴん、と張っている。マリーさん、あんた目測し損ねたのか?それともこれはわざとか。というのが男性陣の共通の意見だが、彼女の剣術はそれを一瞬で黙らせるには十分すぎた。それをリアンが知るのはもっと後の話だが。


「あぁ!兄さんに会ったんだ!どうだった?うけたでしょ?」

「……まぁ」


アイリークが兄さんと呼ばれていた。違和感はかなりあるがそれより、実の兄を「うけた」と言うのはどうかと思う。かなり明るい性格のようだ。


戦闘隊(ビクティム)のアリサよ。よろしく!」

戦闘隊(ビクティム)……」


一瞬複雑な色を見せたリアンだったが、いろんな思考を振り切り、差し出された手に伸ばそうとした。

が、突然の爆音に遮られた。


ダァァン!!


上方からだった。リアンは咄嗟に剣に手を伸ばすが、皆は落ち着いた様子でただため息をつくだけだった。


天井は鉄で覆われているのだが、その爆音のすぐ後に一部が開いてそこから何かが振ってきた。まっ逆さまに訓練場の真ん中に向かって突き進み、再び大きな音を立てて落ちた。もうもうと辺りを土煙舞う。


「またやってるよ」

「昨日なんかしたんだろ?」

「あいつも懲りねーな」


皆が口々にそう言ってしばらくすると、土煙がおさまって見えた訓練場の真ん中にはほどほどにでかい穴が空いていた。そして中からにゅっと手が伸びる。出てきたのは、片手に抜き身の剣を持った見覚えのある銀髪だった。


「ってぇ、くそっ。……あぁん?てめぇ、昨日の!何でここに」

「いきなり落ちてきてうるさいぞ、綿毛」

「ぶっ殺す」

「はいストーップ!」


願わなかったとんでもない再会だった。何だってこういつもいつも喧嘩腰になるのだろうか。ウィズとしては不思議で不思議で仕方ない。もう少し仲良くしてほしいのだが。


「何?ジルの知り合いなの?」


そう言えばまだちゃんと自己紹介をしていなかったことを思い出し、ジルを完全に視界から消すとアリサに向かって軽く頭を下げた。


「リアンです」

「リアン?あぁ、さっき食堂に来てた子かぁ!さっきはうるさい男共で顔が見えなくて。てことは昨日、ジルが迷惑かけた……」


そこまで言うと、アリサは凄まじいスピードでジルのところに駆け出した。穴から這い出してくるジルの腕を抱え、無理矢理引きずり出すと再び戻ってくる。

ジルの腕に大きな胸が押し付けられているのを数人が羨ましそうに見るのは無視だ。


「先日はどうもこいつがすいませ~ん。短期で喧嘩っ早い奴でして、私も苦労してるんです~」


母親のようなセリフだ。しかし肝心のジルとリアンの耳には入っていない。いきなり現れた目の前の敵に、両者火花を散らす。それもお構いなしに、今度はウィズがリアンの腕を掴んだ。


「いえいえ、こちらこそー。すぐ挑発にのってやり返しちゃうんですよー。もうちょっと冷静になって欲しいんですけどねー」

「ほんとですね~、まったく頭がガキというか、周りの身にもなってほしいですよね~!目付きは悪いし、口悪いし、困るんですぅ~」

「んだと、ごらっ……」

「そうですよねー、うちのも愛想ないくせに前髪長いのでもう暗くてー。もう少し勘違いされない努力をしてほしいというかー」

「それどういう……」

「お互い苦労しますね~」

「頑張りましょうねー」

「「…………」」


隣で繰り広げられた保護者(?)の貶し合いに二人は呆然とするが、周りはクスクスと笑っている。

リアンは多少自覚があったので、文句を言いたかったがただじっとウィズを見るだけに留まった。しかしここで留まらないのがジルという男だ。


「おい、てめぇ何言ってんだ」

「本当のこと言っただけでしょ。文句あるの?」

「あるに決まってんだろうが、このブス!調子にのんなよ!」

「調子にのってんのはあんたの方でしょうが、この脳筋野郎が!周りに迷惑かけんじゃないわよ!」

「うっせえな、なに説教してんだよ、うぜぇ!」

「グダグダ言うな!ぶん殴るわよ」

「やれるもんならやってみ……」


ドゴッ


しーーーーーん。

言い争いの末、それは拳一発で終わりを告げたのだった。


ジルは腹を押さえて前屈みにアリサを睨む。


「くそ、てめぇ……馬鹿力め」

「あんたみたいにやたらめったらじゃないわよ」


アリサは右手の拳を解いてひらひらと降りながら、自分より目線が下になったジルを見下ろす。

唖然としているリアンにじゃあねと手を降ると、ジルを引きずって訓練場の近くの扉から出ていった。入ったという方が正しいのか分からないが、残された者は口々に話し出す。


「いやー、今日も凄かったな」

「あれは一生くらいたくねぇな。ジルでさえあんななるんだぜ?」


どうやらいつものことらしいが、初めて見た者にしては衝撃だった。リアンは認めていないが、ジルはリアンといい勝負をしていた。エレメントを使っていなかったとしてもかなりの実力はあるはずだ。

それが拳一発でやられてそのまま引きずられていったのだ。


「今日も凄いやー。アリサはもちろん力も強いんだけど、殴り方や場所が絶妙なんだよね。丁度『急所にあたった!』ってやつ」

「……怖い」

「今日なんて腹でましな方だよ。一番酷いときなんて……蹴りあげられたからね。大事なとこ」

「~~~~っ!!」


視線を逸らして言うウィズを見て血の気が引いた。

それはいくらなんでも容赦なさすぎる。ほんの少しだけジルに同情したリアンだったが、思い直してみればやはりジルが悪い、ざまぁみろと思った。


しかし言い争い中、ウィズは静かだった。リアンとジルが争っているときは止めに入るというのに。


「なんで止めなかったんだ?」

「いや、前は止めてたんだけどね?止めに入ったら二人に『うるさい!』って怒鳴られるは、どっちが悪いと思うって詰め寄られるは、運が悪ければとばっちりを受けて殴られるは……もう諦めた。あれは愛情表現だしね」

「あぁー、うん。そう」


全く愛情表現には見えなかったが、絶対にアリサには逆らわないでおこうと決めた。


地面にはジルが落ちた穴が残っている。再び見上げると天井は高く、普通に落ちたのなら助かるはずがない高さだ。


「これジルが強靭なだけかと思ってたけど、エレメントの力なのかな」


そういえばウィズはカールとの話を盗み聞きしていたのだったと思い出し、さぁと軽く受け流すと一番重要な点に気がついた。

何故ジルは降ってきたのか。


「おーい?ジルどこ行ったんだ?」


いきなりの声に見上げると、人が覗いていた。天井の開いたところから叫んだと思うと、ぱっと身を投げ出し、落ちてきた。

先程はいきなりすぎて見つめることしか出来なかったが、改めて焦る。まっ逆さまに四階、普通の建物なら六階くらいの高さから人が生身で落ちてくるのだ。


しかしジルのように地面にめり込むことなく、手に持っていた槍の先、刃がついた方を地面に向けると、ふわっと着地してみせた。


【風】だ。風に変わった槍が男を包み込むように広がり、減速させた。見事だが、見ている側としては心臓に悪い。土の舞い方でかろうじて動きが分かる風は、巧妙に集まって再び刃先に変わった。


降りてきたというより落ちてきた男はふぅーと息を吐き、額の汗を拭うと爽やかな笑顔で


「いやぁ、何回やっても怖いなーこれ!」


じゃあ普通に降りて来いよ!!と内心全力で突っ込む一同だった。


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