11シェフ
散々笑い転げたところで、ようやくアイリークが落ち着きを取り戻した。リアンを見て吹き出した後、アイリークは誰よりもしつこく笑ってい、その後でも肩を震わせながらよろよろと歩き出しリアンを振り返ってはまた吹き出す。そんなアイリークを見て、つられてリアンを見た奴もまた笑う。その笑い声を聞いて、また誰かが思い出し笑いをする。どうやら大勢のツボに入ってしまったらしく、笑いがその場でループしていた。
リアンがいい加減にイライラしてきた時、アイリークは余韻がありつつも笑いを堪えることができた。しかし誰かが吹き出した途端、またアイリークも吹き出してしまう。
再び散々笑い飛ばした後、先程吹き出した男は
「お前が笑ったからまた笑っちまっただろうが!」
と拳骨をくらっていた。なんて理不尽。
「お前最高だなぁ。リアンだっけ?」
「はい。さっきは、何かすいません」
「あぁ、いいよ。どうせウィズから何も聞いてなかったんだろ?」
そう言ってちらっとウィズを見ると、まだ腹を抱えてしゃがみこみ、肩を震わせていた。アイリークは自分のことを棚にあげて呆れたように息を吐く。
「いいか。ここのルールは二つ。ちゃんとした格好で来い。でないと飯は作らねぇ」
アイリークはリアンの顔の前で人指し指をたてる。しっかりと頷いたリアンを見て、今度は中指を立てた。
「そして二つ目。何があっても俺の飯を残すな。残したら一生、飯は作らねぇ」
はっきりと言い切ってから、今度はニカッと景気よく笑った。普段しかめっ面をしているせいもあってか、とても魅力的な笑顔だった。
「アイリークだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「あぁ。まぁとりあえず脱げ」
「……は?」
理由など聞きたいことは山ほど出てきたが、有無を言わさない視線を向けられ、言われるがままに服を脱いだ。
アイリークはリアンより身長が高いため、少し膝を曲げながらリアンの体をガン見し始めた。マリーの時と共通するものがある。そして至るところを触ったり、撫でたり、押したりした。
ようやく何やら終わったようで、リアンはほっとして服を着る。
「筋肉は付いてる……が、ろくなもん食べてなかっただろ」
「……まぁ」
はぁー、と深いため息をつき、アイリークは厨房に立った。リアンとウィズは厨房の正面にある席につく。
それを機にぞろぞろと人が立ち上がって食堂を出ていった。リアンの近くを通る者は何やら声をかけたり前髪をぺいっとはたいて出て行く。決して嫌ではなかった。が、なんだろう。愛のある苛立ちとでも言うのだろうか。
食堂には誰もいなくなり、ただいい匂いだけが立ち込める。
「おいウィズ。手伝え」
「えー、僕も食べた……」
「早くしろ」
ぶー、と文句をいいつつもウィズが厨房の前に行く。しばらくすると中から次々と食事が出てきて、ウィズが素早く机に並べてる。リアンはどうしていいか分からず、その様子を見つめていた。
ようやく食事の流れが止まり、ウィズがリアンの隣に、そしてアイリークもリアンの正面に座った。机には、オムライス、親子丼、ステーキ、肉炒め……みたらし団子、シュークリーム、パフェにおしるこ……
「……凄いですね」
「ありがとよ」
スピード、量、そしててんでばらばらのジャンルのメニュー。一瞬で六人がけのテーブル一つが料理で埋め尽くされてしまった。アイリークは素っ気なく答えてリアンを見る。
「お前には栄養が足りてねぇ。吐くまでたらふく食え」
「アイリーク吐いたら怒るけどねー」
「当たり前だろ。食材を無駄にすんじゃねぇよ」
「えー」
やっぱり理不尽。
「大丈夫だよ。俺も食うから」
「え、僕は?」
「リアンの邪魔しないように食え」
「なんか扱い酷くない!?」
ごたごたと言い合っている二人を放置して、リアンは静かに手を合わせた。実はこんなにたくさんの美味しそうな料理を目の前に、食欲が限界に達していたのだ。アイリークの言う通り、ここのところろくなものを食べていなかった気がする。
目の前の料理にかぶりつき、豪快に腹に押し込んでいく。
「…………うま」
「あぁ?」
ボソッと何か聞こえ、アイリークはウィズとの言い合いを止めていつの間にか一品目を食べ終わったリアンを見た。そして静かに置かれた皿に釘付けになる。米粒一つ残っておらず、綺麗に平らげられていた。
「旨いです。すごく」
リアンはしっかりとアイリークの目を見てそう言い、すぐさま二品目に突入した。相変わらず無表情だが、本当に幸せそうに食べるのだ。他ことは一切頭に無いように、一心不乱に料理を口へ運び続ける。
二品目を食べ終わったところで、アイリークの視線に気が付いた。どうやらずっと見られていたらしい。途端に居心地悪く感じて手を止めた。
「あの、食べないんですか?」
「あぁ、気にしなくていい」
「食べずらいんですけど……」
「気にするな」
アイリークは頬杖をついて笑っていた。表情は柔らかく、改めてその美しさを感じる。気にするなと言われてもかなり気になるのだが、言っても仕方が無いので食事を再開した。
するとたちまち目の前の料理意外は目に入らなくなる。その様子を、アイリークはずっと見ていた。
五品目を食べ終わったとき、リアンはふと手を止めた。
「どうして女になったんですか?」
「はぁ?なんだ藪から棒に……」
「どうしてですか?」
アイリークは不機嫌になりかけたが、リアンを見て思い止まった。リアンが茶化しているのではないと分かったからだ。アイリークを見つめる目は純粋に質問していた。
やれやれと椅子にもたれ掛かり、視線を外してなげやりな調子で答えた。
「女だと客が飯食うんだよ」
端的にそれだけ言うと、あとは何も語る気がないと言うように押し黙った。珍しくウィズが静かで、その場は静まりかえった。
リアンはいろんな思考が混ざり合った中、一言だけ言った。
「美味しいです。とっても」
アイリークは横目でちらっとリアンを見ると、また少し笑った。
「あぁ。ありがとう」
リアンとウィズが食べ終わって出て行き、食堂にはアイリーク一人になった。今日はあの二人のせいで随分と時間が遅い。
やっと静かになったと思うと同時に、まだまだやることがあるのに疲れも感じる。シェフに休みはない。何故なら人間に限らず、生き物は必ず腹が減るからだ。そしてアイリークの仕事はその空腹を満たすことであり、ここに人がいなくならない限りアイリークは動き続けなければならない。もちろんこれを苦とは思わない。自分が望んだことで、むしろこの環境を手に入れられて幸せに感じていた。
しかしそれでも、疲れるものは疲れる。
いつもならすぐ片付けに入って夕食の準備を始めるのだが、なぜかその気になれなかった。
美人な容姿には似合わない動作でどっしりと椅子に腰掛けると、つい先ほどまでここに居た新入りを思い出した。ふっと笑みがこぼれる自分に驚く。こんな気持ちはいつぶりだろうか。
ここの奴らは皆、アイリークが元は男だと知っている。元より隠す気などなく、来たときに正面から言ったし、後から入ってきた奴にも確かに耳に入っているはずだ。
しかし面と向かって女になった経緯を聞かれたのは久々だった。そして一言でもそれに答えたのは初めてだ。いつもなら軽くあしらうか、茶化してくる輩なら一発ぶん殴って終わるのである。話したくないわけではないが、どうしても少し暗い話になるし、食卓には合わない。
それがきっかけになり、ふと数年前のことを思い出した。
・・・・・・・・・・
アリク・フェラリーは自分の店をもっていた。もちろん食事処だ。若い頃から死に物狂いで修行を積み、かなりの実力を持っていた。
願いはただ、働く男たちに旨い飯食わせてやりたいだけだった。
そのために大都市ではなく、働く泥まみれの男が多い町に店をだす。たちまちその旨さが男たちの間で有名になり、繁盛した。
しかししばらくして、正面にも他の料理店ができた。すぐに歴然とした差が出た。アリクは正直な所悔しくてしかたなかったがそれよりも、何が男たちの腹を掴んだのか知りたかった。
そんなこんなである日、客として向かいの店に行き、その店の一番人気を頼んだ。アリクは非常に興奮していた。純粋に、旨い料理が食べられると期待したのだ。
一体どんな味なのか。俺には何が足りないのか。
……が、出てきたのはただのハンバーグだった。明らかにコストを押さえている質素なハンバーグ。味は家でもできるような、なんの変哲も無いハンバーグ。
衝撃だった。意味がわからなかった。混乱もした。しかしそれは大きな疑問を生んだ。なら何故男たちはこの店に入るのか。
混乱した頭のまま、アリクは一人の客に尋ねた。
ここの店にはよく来られるんですか。どうして?答えは簡単だった。
『皆、ここの娘さん目当てだよ』
作るのはなよっとしたおっさんだったが、料理を運んでくるのはその娘だった。親子だとは思えないほど可愛かったのは今でも覚えている。
しかし信じられるか?汗水流して体力削って働かなければならない男達が、たかが女一人のために、栄養があって旨い店より、質素で不味い店を選んでいる。
そしてこの時アリクは悟った。
結局、味や中身なんてどうでもいい。ただなんとなく楽しめればいいのだ。
そのときのアリクは知らなかったが、アリクの店は旨いと同時に態度が悪いことでも有名だった。決して態度が悪いわけではなかったのだが、もともとがあの性格で話し方は偉そうだし、昔から食事を残す輩にはうるさかったのだ。接客には向いていないし、それだけでなく美形だ。同じ男としては嫉妬もする。可愛い女の子や威圧のある漢ならまだしも、その性格と容姿の組み合わせは男たちにとって最悪の印象を与えていた。
しかし、悟ってからのアリクの行動は早かった。数年間店を閉め、帰ってきた時には誰もが心奪われる美女になっていた。
もちろん店は大繁盛。元が男だと知っていても嫌悪する者などほとんど居ない。もともと料理には文句のつけようがなく、作るのが美女とあれば何を不満に思えばいいのか。
加えてその外見と性格はベストマッチし、秘かに叩かれたいと思う輩も居た。
しかし当のアリク、アイリークは虚しかった。自分の夢が叶っているというのに、なんの喜びも感じなかった。
そんな中、カールと数人が店を訪れた。誰も進んで関わりたがらない『LEAP』の一員として。しかしアイリークはそんなことを全く気にせず食事を出した。
最初は他の客と同様気にとめていなかったが、カールだけは他の者と違ってアイリークに目もくれず無我夢中で飯を食っていた。そう、リアンのように、ただ食事を楽しんでくれていた。腹が減って死にそうだったというのは後で知った。
その時に『LEAP』で料理を作ってくれないかと頼まれたのだ。戦わなければならない時、倒さなければならない時、守らなければならない時、アイリークの飯で皆の体を活気づけて欲しいと言われた。
俺は、それを求めていた。
興奮し、胸が高鳴り、危うく涙も出そうになった。
カールはアイリークの外見でなく、料理を率直に噛み締め、アイリークを選んだ。だからアイリークはそれに応えようと思った。全力で、誰にも文句言わせないような料理を作ってやろうと決心し、今ここにいる。
・・・・・・・・・・
アイリークは我に返った。少し寝ていたらしい。
ただリアンの一言だけが耳に染みついている。
『美味しいです。とっても』
「……っし、やるか」
アイリークは自身の口元の笑みに気付かなかった。




