10食事の前に
男?だと?
いやいやそんなはずは、とウィズを見るが、にーっと笑うだけだった。マジらしい。
しかし信じられなかった。どこからどう見ても女性だったのだ。確かに背後に従えた般若が怖くてあまり直視できなかったが……男?ありえない。いくらなんでもそれはありえない。
「ごめんごめん。性格には元男ね」
「……何言ってるんだ?」
「ちょっと、おかしい人を見るような目で見ないでくれるー?大真面目の話だよ」
そう言いながら、ウィズはまた一つの梯子に手をかけた。今度はスイスイと上っていく。リアンはもう何も言わずにそれに続いた。
リアンが上りきると、ウィズが縁に腰を掛けて足をブラブラと揺らしていた。先程から思っていたが、結構な高さでも全く平気なようだ。
「アイリークの本名はアリク・フェラリー。男だったけど、女の体にしたんだって」
リアンはスタッと廊下に降り立ち、ウィズを見上げながら頭をひねった。それはつまり……
「オカマってことか?」
「ぶふぅっ!」
それを聞いた途端、ウィズが腹を抱えて笑いだした。前へ後ろへとフラフラして危なっかしい。いっそそのまま落ちてしまえ、と思いながらもリアンはウィズを手すりから引きずり下ろした。
そして投げた。見事にごろごろと転がる。
「ぐえっ。痛い……」
「何がおかしいんだ?」
「リアン。声怖いよ」
反動をつけて立ち上がると、リアンを見ながら後ろ向きに歩き出した。両手を頭の後ろで組んで歩きながら、懲りずにまた笑い出す。不機嫌なリアンにごめんごめんと手を顔の前にするが、全く悪いと思っていない。
「いやぁ、リアンの口から『オカマ』って言葉が出てくると思わなくてー。でもさ、あれでオカマだと思う?」
「……あー、ない」
『オカマ』ってのは一般に心が乙女であることで、身体は変えたり変えなかったり様々だ。しかしアイリークの場合は全くの逆。体は女であっても心、正確は男より男らしい。
アイリークの一人称が『俺』であるのがようやく理解できたわけだが、まだ納得がいかない。
「なんで女になったんだ?」
「なんでだろうねー。はい、到着!」
ウィズは足を止めると、すぐそこの扉を開けた。中を覗くと、入ってすぐ脱衣所になり、その奥に膝から胸辺りが隠れるだろう簡単な扉が二つのシャワールームを仕切っていた。床には一段下げて白いタイルが貼られている。
「本当は下におっきい銭湯があるんだけど、ちょっと遠いから今はこっちで我慢して?」
「いや、全然」
「終わったら隣の部屋に来てねー」
そう言うと、ウィズはひらひらと手を降ってシャワールームを出た。
ウィズはそのまま隣の部屋に入ると、目的のおばちゃんを見つけた。相手はウィズに気が付いていないようだが、いつものごとくグッダグダだった。マッサージチェアに座って肩や足を揉まれ、脱力しきっている。
「やっほーマリー」
「んぁ?あぁ、あんたかい」
彼女はうっすらと目を開けて、だるそうに答える。顔にかかったボサボサの茶髪を払おうともしない。もし無職だったら完全にニートだと思われるだろう。
それなのに、あまりにいい仕事をしてくれるものだから突っ込みようがない。
「あのさ、新しい服を……」
コンコン
「失礼します」
「早っ!」
「んんー、なんだい?」
ウィズは長風呂派なものだから、リアンのあまりの早さに驚いた。対してリアンは烏の行水派で、一浴び出来れば十分なのだ。これはどうでもいい話だが。
ウィズは今もマッサージチェアに揺すぶられているおばちゃんにリアンを紹介した。
「昨日家族になった契約者のリアンだよ。エレメントは剣」
「ほぉ、新入りさんかい。こりゃ腕がなるわぁ」
いつの間に家族になったんだと突っ込むことはしなかった。マリーと呼ばれた女性の変わりように言葉を詰まらせたのだ。
マリーはマッサージチェアの振動を止めて立ち上がるとリアンに近づき、先程の態度からは考えられないほど真剣な目つきでリアンを眺め始めた。時折数歩離れ、また近づき、足の先から頭の天辺までなめ回すように観察する。
リアンはすぐに逃げ出したい衝動に刈られたが、先程のアイリークのことからいきなり豹変されるのを恐れてじっと我慢した。
「あんた、好きな色とかあるかい?」
「色?」
「あと欲しい機能とかさ」
色?機能?なんのことか分からず戸惑うリアンに気が付き、マリーは豪快に笑いだした。
「悪い悪い!私が自己紹介してなかったね。マリー・リーダだ。私の役目はあんたらの着る服を作ることだよ。だからあんたの要望を聞いたのさ。どんなのがいいかってね」
「あぁ」
「これもマリーが作ってくれたんだよー」
状況は理解した。しかし困った、とリアンは首を傾ける。いざ自分の好みを聞かれると、どういうものがいいか全く分からなかった。
しばらく考えた後、リアンは困り果てたのがありありの表情でマリーを見た。
「黒……で、剣が腰に挿せればそれで……」
「おや、それだけかい?」
再び俯いて首をかしげるリアンを見て、マリーは再びリアンを見ると納得したように頷き、リアンの肩を力強く叩いた。
「おっけー、任せな。それじゃあ三十分後に」
それだけ言うと二人はポイと外につまみ出し、扉は無造作に閉められた。
いきなりのことに呆然としていたが、リアンはウィズと顔を見合わせふと我に返って訪ねる。
「今、金持ってない」
「そこか!それは大丈夫。いらないからー」
「そう……」
そのまま立ち尽くす二人。
ウィズは何かを待っているようでうずうずしていたが、リアンにはそれが何か分からなかった。じっとただ見つめ続けるリアンを見てとうとうウィズが痺れを切らし、リアンの肩を掴んだ。
「お金とかはいいんだよ!」
「は?あぁ、ありがたいで……」
「そうじゃなくて!凄いでしょ!?」
ウィズの言った言葉の意味が分からずに首をかしげる。確かに勢いは凄かったし、ほとんど意見を出さなかったにも関わらずどんと仕事を任されるところは男らしかった。そう言われれば確かに凄く……
「だーかーら!リアンの外見を一瞬見ただけで服作れるんだよ?サイズ測らなくてもできちゃうんだよ。僕の見て!ぴったり!それも手作りで三十分!!」
「…………おぉぉぉお!」
確かに凄かった。リアンは服の製作について詳しくは知らず、ウィズのものがどの程度フィットしているのかは分からない。しかし目測で作り始め、それも三十分でというのがどれほど賞賛される能力かということは十分伝わった。
しかしウィズはリアンの反応の薄さに納得していないらしく、頬を膨らませてふてくされた。
「まぁいいよ。マリーの凄さは着てみれば分かるよ。あーぁ、作ってるところ見てみたいなー」
マリーの服を作る工程は誰も見たことがないらしかった。ウィズはこの間頼んでみたのだが、企業秘密だと言ってさっさと追い出されてしまった。マリーもアイリークと同じく頑固で、一度言ったことは余程のことが無い限り妥協してくれない。
ウィズが急に静かになったことで、リアンにふと考え事をする時間ができた。
食堂に入った時の匂いでアイリークの料理には期待していいと確信を持っていたし、マリーのことにしてもここには相当腕の立つ人材が揃っているようだ。未だにここの『役割』はさほど理解できていないが、自分が共に住むことによって苦労をかけたりと言う様な事はなさそうだ。あんなに大勢が住んでいるのなら、一人増えた所で今更だろう。
リアンはウィズにじっと見られていることに気が付き、引っかかっていたことを思い出した。
「さっきから言ってる『エリート』ってのは何なんだ?」
「え!知らないの?一般にエレメント武器を使う人を契約者って呼ぶんだよ。知らないって、一体リアンは……」
「そうか」
ウィズは問いかけを遮られて気分を害したりはしなかった。ただリアンの過去が気にはなったし、言いたくない理由にも興味が沸いて表情から何か読み取ろうと伺っていたのだが。リアンは不機嫌と申し訳なさが入り混じったような複雑な顔をして何度かウィズの方を見ただけだった。
話したくはないが、これだけ親切にして貰っておいて今の態度は失礼だっただろうか。そんなところかな、とウィズは解釈すると、安心させるように笑って見せた。
このことで、ウィズは一層リアンが気に入ったのだった。
そしてそのままリアンの髪に手を伸ばす。のれんを上げるように前髪を上げ、むっと口をつぐんだ。
眼のせいで敬遠されがちだろうが、実は感情が分かりやすいのがこのリアンという人間なのである。うまくコミュニケーションを取るためにもこの長い前髪は邪魔になる。それ以前にアイリークに許してもらえない。
「これじゃぁイケメンが見えなくてもったいないな。よーし、ここは僕がバッサリと……」
「断る」
「別に下手じゃないよ?上手くもないけど」
リアンはウィズの手をピシッと払うと、嫌だと言うように首を振った。
このままでは食事にありつけないぞとしばし説得するが、あまりに頑なに断るのでウィズは拗ねるという手を取った。
「そりゃ僕は素人だけどさー、そこまで嫌わなくてもいいんじゃない?」
「それもあるけど、整えるためにどんどん短くしていくだろ?」
「えー、そんなことな……」
「あいつみたいに綿毛頭になるのは絶対に嫌だ」
「……あぁ」
ジルが原因と聞いてすんなりと納得した。
数十分後、食堂の扉の前にはリアンとウィズが真剣そのものの表情でたたずんでいた。
ウィズによるとこれで対策はバッチリらしいが、リアンは不安で仕方がなかった。ここに来る途中、すれ違った人に散々笑われたからだ。しかしここは、ウィズを信じて従う他に方法は無い。
よし、と気合を入れるとウィズが扉を開いた。
「アイリーク!」
「あぁ?」
ウィズが叫ぶと、厨房と思われる所からアイリークが顔を覗かせた。相変わらず眉間にシワを寄せているし、ウィズをウィズだと認識した瞬間、背後に般若が現れた。そう錯覚させるほどの威圧がビシビシと伝わり、再び食堂を満たす。
「アイリーク。ちゃんと言う通りにしたんだけど、髪だけはリアンが譲らなくて……」
くっ、と奥歯を噛み締めて顔を背けるウィズ。その様子はあまりに演技がかっていて、食堂にいる人も興味津々だ。勘のいい何人かは、これでもし怒られてもリアンに押し付けるつもりだなと内心呆れたが、口出しはしない。面白いからだ。
ウィズのの言葉を聴いてアイリークは目をカッと見開き、厨房から出てくるとウィズの方へ詰め寄った。
「お前、わかってんだろうな」
「待って!でも、これでどう!?」
パッと横に避けると、ウィズの後ろからリアンが食堂に入ってきた。皆の視線が一斉に集まる。リアンはただただ早く食事したいが一心でアイリークを見つめた。
新品の真っ黒な服を身に付けている。マリーが仕立ててくれたものだった。真っ黒といっても金属などの光沢があり、他の人が着れば地味だとか感じるかもしれないが、髪も目も黒いリアンにはよく似合っている。
そしてウィズが言った通り、着心地は最高だった。きついところも緩いところもなく、剣も詰まることなく納まった。それに感激したのが数分前。深く感謝を述べるとマリーはあっさりと答え、再びマッサージチェアに深く腰掛けた。
問題は髪型だ。
リアンがどうしても切ることを承知しなかった。もしウィズでなければ説得に負けていたかもしれないが、ウィズならわざとジルのような髪型にするということも十二分にありえた。しかしこのままでは食事できない、どうしようかと考えた結果が、これだった。
「「「~~~~っ……」」」
リアンを見た者は皆、腹を抱え、肩を震わせ、必死に声を圧し殺した。アイリークはそんなのを全て無視してリアンの頭上に魅入る。
リアンはウィズに借りた可愛らしいハートのついたゴムで後ろの髪と前髪を全て束ねていた。このゴムと括り方はウィズの確信犯で間違いない。
髪は重力に逆らってピョンと跳ね上がり、まるで小さな女の子のような髪型はクールな服装とリアンの顔にはあまりに似合わず……
「……ぶっはぁ!!!」
「「「うははははは!!!」」」
アイリークの吹き出しと共に、皆が一斉に笑いだした。ウィズはリアンの隣で四つん這いになり、床を叩きながら肩を震わせている。そんな状況を見ながら、リアンは一人頬をひきつらせた。
とりあえず、これでいいのか?




