第87話 深淵に挑む者たち
後日。
最深部のボス討伐に加わる依頼を、ギルドで正式に請けた。
その夜。
俺の部屋をノックする音が静かに響いた。
扉を開けると、部屋着のリナが立っていた。
いつもの装備に比べて、露出はしていない。
ただ、柔らかな生地が身体のラインを浮かび上がらせて——
ちょっとドキドキする。
何か、後ろ手に持っているようだけど……
「どうしたの?」
「うん……部屋、入ってもいい?」
っ——!
にゃ、にゃにを?!
……いやいや、カイラじゃあるまいし。
リナが夜這いに来るわけがない。
他の部屋でみんな寝てるんだぞ。
「あ、ああ。どうぞ」
彼女を招き入れ、椅子を引いてあげた。
俺はベッドに座り、チラチラ見えている布の塊に目をやる。
「それは?」
リナは“それ”を机に置き、モジモジ。
「うん……出来たんだ」
出来た?
何が?
彼女が広げて見せてくれたのは、薄手なのに頼りなさを感じさせない、仕立てのいい旅装だった。
「ああっ! もしかして、作ってくれるって言ってた……?」
小さく頷く。
「どう……かな」
派手ではない。
でも、ただ地味なだけでもない。
「落ち着いてて、今のより好きだよ。ありがとう」
「そう? やったっ! ふふふっ」
俺より喜んでないか?
立場が逆だろうに。
「ブーツも買ってくれたのか。
こうなってくると、お返ししなきゃだなぁ」
「え? いいよ。これは普段のお礼なんだから」
「普段?」
「料理してくれたり……」
たり…?
「——しょに、いて…たり……」
「ん? なに?」
「な、なんでもないっ」
別に怒らなくたっていいじゃん。
吊られた眉毛がパッと緩む。
「じゃあ……
ハーブティー淹れて。
落ち着くやつ」
まぁ、それでいいなら。
「お安い御用だ」
居間に下り、ハーブティーを淹れる。
向かい合って座り、何を話すでもなく香りに浸る。
時折、微笑むリナに、理由を聞く。
「なんでもない」と彼女は答える。
そんなゆっくりとした時間が、夜の我が家に流れた。
ラウゼ分岐。
人の数に比べて、辺りは妙に落ち着いていた。
天幕の前では何人かの冒険者が腰を下ろし、装備の手入れをしたり、仲間と取り留めのない話をしたりしている。
旧牧道からは、ときおり一組の冒険者が戻ってくる。
入れ替わるように別の一組が立ち上がり、装備を確かめて丘陵へ向かっていった。
暇を持て余したように歩き回る者。
昼間から横になっている者。
何度目か分からない装備の点検を続ける者。
ときおり大きな天幕へ人が呼ばれ、そのたびに周囲の視線が少しだけそちらへ向く。
騒がしさが消えたわけではない。
ただ、これまで絶えず先へ先へと動いていた場所に、今は次の知らせを待つような間ができていた。
ギルド長を見つけたので、天幕へ近付く。
そこには〈夕凪〉と——
やけに存在感のある一団がいた。
ギルド長が俺たちを指す。
「これが〈音旗隊〉だ。彼がリーダーのユーヤ」
「あ、初めまして。
吟遊詩人をやっています。
リーダーと言っても…うっ」
言葉の途中、脇からリナに小突かれる。
「彼らが〈渡り灯〉だ。彼がリーダーのオルフェン」
すると、全身鎧の一番デカい男がフッと笑った。
「見ての通り、重装騎士だ。よろしくな」
そして、ニヤリと顎髭を撫でる。
「……どうやら、担がれているようだなぁ」
「はは…」
横から、黒いボブカットの女性が訳知り顔で微笑む。
「なるほどね。暖簾タイプか」
お、日本人だ。
俺と同世代くらいかな。
「前述通りなら、彼が精神的柱。
そして他が?」
彼女がエミルのほうを伺うと、エミルは肩をすくめた。
「ああ。実績が少ないだけで、かなり積んでる」
オルフェンが小さく頷き、背を向ける。
そして資料の広がる卓へ向かった。
「あのベルトムと、あんたが言った。
なら、次だ!」
手を広げる。
「さぁ、作戦会議だ」
懐が広いのか、自信があるのか。
なんにしても、もう彼は納得済みらしい。
最下層まで来ても、道中は拍子抜けするくらい静かだった。
湧き直す魔物がいるらしいが、何組かの冒険者が各階層に残って処理しているらしい。
攻略済みエリアのリポップ狩りをしながら、ボス前までのルートを維持してくれているのか。
通路には戦った跡があちこちに残っている。
壁際に砕けた石が寄せられ、床には乾きかけた染み。
分かれ道には目印らしい布が結ばれていて、迷いそうな場所には矢印まで描かれていた。
たまに、奥のほうから武器のぶつかる音が聞こえてくる。
けれど、俺たちがそこへ着く頃にはもう終わっていた。
魔法剣士のセリオが苦笑いで語り掛けてくる。
「お前たち、残念だったなぁ。
折角、魔門が出たのに“最後のボス討伐だけ”、とは」
彼の耳を引っ張ったのは、薬師のトーヴァだ。
「こーら!
この町にとっては、楽しめるような状況じゃなかったでしょ!」
呪術師のイゼルが息をつく。
「すまんな。
悪い奴じゃないんだが、深く思慮するタイプじゃなくてな」
前を歩くオルフェンが笑って肩を揺らす。
「カッカッカ!
まぁいーじゃねぇか!
今日、魔門は消える。
苦労も報われる」
絶対的な自信を感じる。
ただ、それは状況に基づいた分析によるものでもあった。
下層の雑魚はだいたいDやCランクの冒険者が処理できるもののようだ。
少し強いものをBランクの冒険者が対処する。
階層のボスや中ボスだけが、Aランクで構成されるパーティの担当だ。
〈渡り灯〉が倒し、休息の日だけ〈夕凪〉が代わる。
大崩れは無かった。
だから最深部のボスも対処できるもの、と想定されている。
すでに観察は終わっている。
ボスの首無し騎士と、角が二本ある馬×2。
あの転移者、マナのUIに表示されたのは——
『無言の闇騎士』と、『デスコールコーン』だそうだ。
馬のうちの一頭が俺たちの相手だ。
〈音旗隊〉に、戦ったことのあるメンバーはいない。
彼らから出る緊張感は今までにない。
でも、不思議と不安そうには見えなかった。
……俺は怖いけどね!!




