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第84話 先行する禍大化

 夕暮れの通りには仕事を終えた冒険者たちの姿が増え、クラン会館からも、出てくる一団がちらほら見える。

 周囲の店には明かりが灯り始め、昼間の喧騒とは違う、夕飯時を前にしたざわめきが通りに広がっていた。


 音旗隊のみんなも、どこに行っても待たされたらしい。


 リナが苦笑いする。

「しょうがないよ。

外来冒険者を呼び込むなんて、この町はやったことないんだし」


 ミルは両の手を握った。

「みなさん、頑張ってました!


ミルも頑張るですっ☆」


 浮かない顔をしているのはレックスだ。


「レックス。どうした?」


「はい……オルドさんのところにもお届けに行ったのですが」


 ショボーン顔が強まる。


「『誰もが手際よく仕事を出来るものではない』と、厳しくも、苦々しいお言葉を」


 あぁ……確かに、それは……現実だよな。



 そこで俺はある一団に気付く。

 会館の前から、動いていないパーティがあった。


 〈夕凪〉だ。


 リディアが柔らかく手を振ってくれる。

「みんな、お仕事帰り? お疲れ様」


「ああ。そっちは……

こんなところでどうしたんだ?」


 大きくため息をつくアリア。

「それがね? 依頼人がぜんっっっぜん、来ないの」


 バルトが肩を竦ませた。

「この事態だ。それも仕方あるまい」


 仕方あるまい、か。


「今日、たまたまポートリース中を配達で回ったんだけどさ」


 ガレスは少し驚くような顔を見せたが、何も言わない。


「どこ行っても、みんな忙しくやってんのに、ペースが上がらない。

そんな風に見えた」


 リナも不安そうに声を落とす。

「魔門攻略にもっと冒険者を突っ込みたくても、このままじゃ滞在場所が追い付かない」


 ああ……そうなる、よな。

 

 俺は急に不安になって、声を漏らした。

「このままだと、どうなる?」


 誰も答えない。

 答えられないのではない。


 答えたくない顔、に見える。


 そこで、さすがのKYカイラさんがダガーをクルクルする。

「魔門の成長に追いつけなくなるわ」


 なるほど。

 競争関係にあるわけ、か。


 下層から強い魔物が上がってきて、

 中の攻略戦線が維持できなくなって、

 そのまま地表に出てくる。


 その魔物は……活動域を広げて……

 


 あ?


 これ、やばくないか?


「エミル」


「なんだ?」


 さすがと言うか、落ち着いた表情だ。


「魔門を攻略出来なかったことって、あるのか?」


 その質問に、エミルは目を細める。

 そして、ゆっくりと息を漏らしながら、視線を流した。


「無い。


最終的には国軍が投入される。

大損害を出して、な」


「大損害……」


「当然だ。

そんな事態は、魔門が成長してしまってからの話だからな」


 待ってくれ。

 それって……


「成長してから国軍が投入されて、町は無事でいられるのか?」


 エミルは俺のことをひとたび見やる。

 そして、また通りに視線を巡らせた。


「無くなった町も、ある」


 ある、のか。


 アリアがお手上げしてみせる。

「周りが強い魔物で溢れれば、生活できなくなっちゃうでしょ?」


 バルトも腕を組んで唸る。 

「拡大を防ぐため、軍は魔門自体の攻略を優先するからな」


 要するに、暮らしを捨てる羽目になる、と。


 そこから、〈夕凪〉の依頼人が来るまで、誰も喋ることなく、影は長くなっていった。



 その日の夜は、あまり眠れなかった。

 いや、どっと疲れが出て、すぐに眠りには落ちたんだけど、度々、目が覚めて。


 何か、怖い感情と共に、瞼が開いて……

 一日の景色を思い出しては、闇に沈む。


 結局、夜明け前にはもう面倒になり、ベッドを降りた。


 二階からは、まだ薄暗いポートリースの軒並みが見える。

 こんな時間でも、起きてる人は起きてるらしい。


 遠くから鶏の鳴き声が届き、パン屋さんの裏手では、重い物を持ち上げる吐息。

 荷車の軋む音が右から、箒で掃く音が左から。


 この音が……無くなる?


 陽が上れば、教会の鐘が鳴り、エレナが掃除を始めるだろう。

 逆に、マーヤは今頃、寝てるかもしれない。


 いつもの露店のおっちゃんが食材を並べて、ラウゼン家の倉庫が開き始める。

 そして、ギルドではネラさんが依頼票を掲示板に貼っていく。

 

 たくさん増えた、ミルのファンたちの一日もそれぞれのタイミングで始まるはずだ。


 こんなの、捨てたくないよ——!!


 俺は、本当に“いつも通り”でいいのか?!

 俺たちは、もっと本気で魔門を潰しにいかなきゃならないんじゃないのか?!


 〈音旗隊〉なら、もしかしたらっ……


 俺は、大きく深呼吸した。


 やるなら、冷静に、だ。

 朝食をきちんと済ませて、ギルドの様子を見て、それから皆に相談しよう。


 俺は顔をパチンと叩き、寝間着を脱いだ。

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