第75話 落ち着かない落ち着き
ある朝。
出ようとしていたところを、宿の主人に呼び止められた。
「お前さんら、ずっと使ってくれてんのはありがたいんだが」
う。
その導入、何かお小言だろうか。
「もしかして、なにか迷惑になっちゃってます……?」
「いやいや、そうじゃないがよ。もう何か月だろ」
「??……ええ、そうですね」
「……借りたほうが安いぞ」
……そりゃ、そうだ。
討伐依頼に向かう道中で、みんなに話してみる。
「——って、言われたんだ」
リナが「むむっ」と言いながら、腕を組む。
「確かに。それにユーヤのアイテムボックスに色々と任せちゃってるのも、なんだか悪いしね」
宿の個室に置き切れない分は、俺のほうで預かってる。
もちろん、女性陣の私物はカイラのほうだ。
問題は素材関係だな。
容量的には問題ないけど、不便っちゃ不便。
シャッと抜かれるダガーの音。
首元に突き付けられた。
「あなたはそれでいいの?
バラバラに住んだら、夜這いに来るのが手間になるわよ」
行ってないだろうが。
「バラバラになるの、ミルは寂しいですぅ。
夜這いも来て欲しいですー♡」
夜這いの意味、わかってる?
リナが呆れため息。
「まぁ、集合や連絡は今のほうが都合がいいわよね」
「それなりに近くにある五部屋、かぁ。
そんな都合よく……」
レックスが全然喋らんな。
と、見てみる。
なんか、頭を悩ませてるな。
いや、言うか言うまいかって感じだ。
「レックス」
「は、はい?」
「思いついてることがあるなら、言ってみなよ」
「あ、はは」
首の後ろを撫でる。
「ええと、ですね。
オルドさんに相談してみるっていうのは、どうでしょう」
「ティナの親父さん?」
そこで、リナがパッと顔を上げた。
「そっか。倉庫業の名家だもんね。
借家とか土地とか、詳しいかも」
遠慮してたのか。
レックスらしい。
数日後。
俺たちの前には、周囲の家より一回り大きな、二階建ての家が建っていた。
淡い灰色の漆喰壁に濃い木組みが走り、しばらく空き家だったわりには窓も扉も綺麗で、少し広めの敷地ごときちんと手入れされている。
ミルが右へ左へ動きながら、敷地を覗き込んでいる。
「こんなところに一緒に住めるなんて、素敵ですねっ♪」
そう。
オルドが勧めてきたのは、戸建てだった。
一般家庭が借りるには賃料が高く、長らく借り手が付かなかった。
という事情もあるらしいが……
カイラがレックスの首筋に息を吹きかける。
「ひょわっ?!」
「あなた、こんなに安く貸してもらえるなんて。
相当、気に入られているわね。
娘さんと、そんなに進んだの」
「す、進んだ?
え、いや……まぁ、仲良くはさせて貰ってますが」
「そう。濃密な夜を何度も」
「そそそそそんなことは」
いつものじゃれ合いは置いといて……
そう。
格安なんだ。
五人分の宿代に比べると遥かに。
リナが髪をイジイジしてる。
「と、とりあえず……中、見てみる?」
そ、そうだな。
使い勝手が悪かったら、意味ないしな。
一階には玄関、広めの居間、食堂、台所、浴室、物置。
二階には廊下を挟んで個室が六部屋。
裏庭には井戸や物置小屋まであった。
文句が無い。
なにより、台所の存在が大きい。
自炊が出来る。
「俺は……良いかもなぁ、なんて」
レックスは何かから目を背ける様に、裏庭を見た。
「修練に、良さそうです!」
リナも何かを誤魔化すように指を組む。
「このお家賃で、これだけ立派なら、ね」
残り二人は、そもそも乗り気だ。
こうして、男二人女三人のシェアハウスが始まった。
その夜。
自室の扉を開く。
裸のカイラが部屋着に袖を通していた。
早いって!
ラッキースケベ!
じゃない!
俺、間違ったのか!
「あーごめん!」
目を瞑り、回れ右。
……あれ?
いつものカイラなら、誘惑してきそうなもんだが。
そろーりと、振り向いてみた。
彼女は部屋着で体を隠して、固まっていた。
俯いていた顔を起こす。
怒っても悲しんでもいない。
何か、勇気を出そうとしているような。
そして、強がるような笑みに変わった。
「どうしたの? 襲っても、いいのよ」
セリフだけだけど、いつもの言葉に、俺はハッと我に返った。
「お、襲わないよ。ごめん、間違えた」
「そう。残念ね」
「はいはい。おやすみ」
パタ、と扉を閉めた。
なんか、調子狂っちゃったな。
いつもの反応と違った、よな。
……って、そんな分析してる場合じゃない。
気を付けないと。
これが他の部屋だったら……
俺は身震いして、廊下を引き返す。
ノックしてから、自室の扉を開けた。




