第72話 お似合いの明日
結婚式の予行演習が始まり、どれくらい経っただろうか。
とりあえず、一通り確認出来たので、何回か繰り返すことになった。
俺たちも段々と、いちいち指示を受けなくても、手順をなぞれるようになってきた。
「ユーヤ。もうちょっと寄って」
順応早いな。
お兄さんはまだ、ドギマギ残滓ありますけど?
やがて、若い神官も落ち着いてきたようだ。
最後には、作ったような低い声ではなくなっていた。
「ありがとうございました。
恥じらいの残るお二人のおかげで、かえって練習になりました」
そりゃ、新婚より恥ずかしい間柄ですから。
「まさか新婚の方だったとは」
「あー……えとー」
「もーやだー、神官様ったら」
……それ、ちゃんと否定になってる?
教会の扉を開けると、外は西日に包まれていた。
「本日は本当に助かりました。
もしよろしければ、明日の式にもぜひいらしてください」
「さすがに見たいよなぁ。
明日も依頼は休もうか」
「うん、そうだね。
みんなも誘ってみよっ」
エレナが深々とお辞儀をして、教会へ戻っていった。
ある意味で、なかなかヘビーな手伝いだったな。
でも気分は良い。
明日が楽しみだ。
……ん?
「あ」
腕を組んだままだ。
リナがバッと離れる。
「ご、ごめん」
「あ、いや」
通りには、家路を急ぐ大工や買い物帰りの女性。
獲物を背負った冒険者。
俺たちのことを誰も気にしないまま、足跡を交差させている。
こういう時は、年長者が切り替えないと、な。
背筋を伸ばした。
「さ、帰ろう」
リナも微笑みを返す。
「うん。帰ろ」
なかなかのドキドキイベントだったな。
翌日。
俺とリナは、神官の目に入らないように、長椅子の一番端に避けていた。
カイラとミルは最前列で、目を皿にしている。
おいおい。
親族と混ざっちゃってるよ。
ミルのファンで良かった。
ティナとばったり会ったもんで、レックスは二人でその後ろにいる。
どうやら、彼女は新婦の友達らしい。
昨日、最初はぎこちなかった神官だったが——
緊張しながらも、ちゃんと進行していた。
「いいね。落ち着いてる」
あれ?
リナが反応しない。
見てみると、彼女の視線は新郎新婦に向いていた。
「……はぁ……」
「……どした?」
「へ?」
リナは取り繕うように、オレンジ髪にすっと手櫛を通した。
「素敵だなぁって、思って」
「あの夫婦?」
「あの人たちもそうだけど……」
「うん?」
口が止まる。
『そうだけど……』、なんだ?
「好きな人と一緒になる誓いを立てて、みんなに祝ってもらって」
「あぁ……結婚か」
現代日本じゃ晩婚だ熟年離婚だなんて、カオスな状態になってる。
でも、彼女はもっと純粋に憧れているんだろう。
俺も新郎新婦に目をやる。
「確かに、良いもんだな。
リナもきっと、そのうち出来るよ」
「…ーヤだと、いいな」
「ん? なんて?」
振り向くと、リナは主役たちを見ていた。
なぜか目を見開いて。
ん? 今、こっち見てた?
気のせいか?
しかも、返事してくれないし。
なんだよ、もー。
そして、つつがなく結婚式が終わった。
教会の前には式を終えた参列者たちがまだ残り、晴れやかな顔で新郎新婦を囲みながら、あちこちで談笑を続けていた。
石段の周りでは別れの挨拶が交わされ、名残惜しそうに立ち話をする人々の声が、午後の通りへ賑やかにこぼれている。
カイラとミルが新郎新婦の囲みに加わっている。
まだ何を絡もうってんだ。
レックスたちは……どこ行ったかな。
とりあえず、適当に待つか。
っていうか……
この世界って、まだタキシードって感じじゃないんだな。
色が暗いとは言え、俺の燕尾服のほうが派手ってのが、ちょっと。
少しめくって、燕尾を見る俺にリナが気付く。
「どうしたの?」
「ああ。こういう式ならキマるけど……
普段からこれ着てるってのがね」
「それなら」
「え?」
しかし、リナは口ごもってしまう。
なんだ??
そして、ちょっとツンとした顔で「それで?」と続きを促してきた。
なんだよ……もう。
咳払いをひとつ。
「性能は悪くないけど、この服にあるのは、あまり良い思い出じゃないし」
「……うん」
あ、気を使わせちゃったか。
「いや、でもそれはもう割り切ってるからいいんだ。
むしろ、単純にデザインのほうが」
「ふーん……そうなんだ。
見た目だけなら、カッコいいと思うけど」
む。
「俺はもうちょっと、地味なのが好きなんだよ。
新しいの、探そうかな……」
「じゃ……」
「ん?」
「じゃあ、私が作ってみてもいい?」
作る? 服を?
「え? 裁縫師のスキルなんて、持ってたの?」
「実は……けっこう前から、ラナに教わってるの」
あーあー……よく二人でいると思ったら。
「それなら作ってもらおうかな。
素材にお金使えるしね」
「そうそう!
じゃあ、楽しみにしててね」
これで俺も、新しい装備か。
数日後。
市場でエレナとばったり。
「ユーヤさん、リナさん。
先日はありがとうございました」
「いえいえ。お買い物ですか?」
「ええ。お花を買いに」
「お花、いいですね」
二人が露店を見始めた。
と、思ったら、エレナが顔を上げる。
「あ……そういえば、あの時はご夫婦だと勘違いしてしまって」
「いやいや。こっちも訂正するタイミング逃しちゃって」
下げる頭を、慌てて上げさせた。
そして、三人で微笑み合う。
ちょっとした誤解も解けて、良かった良かった。
「でも……お似合いですのに」
え……。
固まる俺とリナを余所目に、彼女は花をまとめる。
「それでは、失礼しますね」
……。
ま、まさか。
8歳も年下なんだぞ。
ぐっ。
リナのほうを見れない。
今日も、良い天気……
いや、曇り、か。
空気も乾いてるな。
まだ春前、だもんな。
ふぅー。
「買い出しの続き、しなくちゃな」
「うん……」
その後、リナがいつもの態度に戻ったのは——
ノエルが現れて、俺がまたベルトムのお使いを安請け合いした時だった。




