第71話 雲のような男
昼の光が細長い窓から差し込む礼拝堂には、整然と並んだ長椅子と、その奥に簡素な祭壇が見える。
脇ではシスターが長椅子を拭き、別の神官が祭壇まわりを整えている。
その向こうで、祭壇の前に立つ若い神官だけが妙に背筋を伸ばし、手元の式次第を何度も確かめていた。
長椅子には一般の信徒も何人か残っていたが、何か始まるのを察したのか、話し声を潜めて祭壇のほうを眺めている。
「それで、俺たちは何をすれば……」
エレナは困ったように微笑んだ。
「ええ。実は明日、お若いお二人の結婚式を執り行うのですが……」
「えー素敵!」
「おお。それはめでたいですね」
「今回、若い神官が初めてひとりで進行役を務めます」
あー……緊張してそうだわ。
「もちろん、神父様のなさりようを学んでいるので、手順に間違いはないと思いますが……」
「練習したい、と」
「お察しの通りです」
ま、想定客がいないと、空気がわからんよな。
あの座ってる人らも、そういうことか。
「わかりました。どこに……」
「ですので、お二人には新郎新婦役をお願いいたします」
「え……」
ゆっくりとリナのほうに目をやる。
すんごい、瞬き。
「実際のご夫婦にお願いできれば、彼の緊張も和らぐと思いまして」
……もしや。
露店で夫婦って言われた時、この人見てたのか?
「あの、俺たち——」
「はい、なんでしょう」
今は、その柔らかな笑みが眩しいですよ。
「いえ、ちょっと失礼」
リナにちょいちょい、と手招き。
「ど、どうしよう。断りづらい……」
「安請け合いしたのは、わたしも同罪だから」
お腹の前で、指をいじいじしてる。
「まぁ……練習台ってだけだし」
「……う、うん」
そんなに顔真っ赤にして怒らんでも。
エレナに向き直る。
咳払いをひとつ。
「わかりました。
どうすればいいか教えてください」
リナは俯いたままだった。
指示された通り、神官の前に並んで立った。
横から、エレナが小さく囁く。
「もう少し、近くに」
リナと顔を、距離を見合わせる。
じり…じり…
「もう少しです」
じり……じり……
え、肩、触れちゃうよ?
エレナの顔を見ると、付けろといわんばかりに、手を合わせている。
まじか。
じり…
あ。
袖が触れたのが伝わる。
すると、エレナが顎を引いた。
ここかっ。
……近いな。
リナは何かを我慢してるかのように、耳が赤い。
なんか、ごめん。
と思いながらも、彼女の髪から漂う香油の香りに胸が高鳴る。
くっ。
魔導化粧品……なんて攻撃力だ!
神官が小さく息を吐き、低い声を出した。
「新郎は、新婦の手を取ってください」
手を差し出す。
リナが乗せた。
奥にいるエレナの表情が目に入る。
そんな不思議そうな顔しないでくださいよ……
ぎこちないのはしょうがないでしょ。
若い神官に、俺たちの緊張が伝わってしまったのか。
誓約の文言が飛んだり、
指示が出て来なかったり、
覚書を何度も見たり。
「ええと……次は、お二人で見つめ合ってください」
この距離でかっ。
「ふぅっ」と息を吐く。
おずおずと、見つめ合った。
こんな、まじまじと見るのは初めてだ。
日本人の俺からすると、明るい髪って、キシキシしてるイメージがある。
でも、この子のオレンジは艶があるな。
スライム祭りの時の、水晶のイヤリングもよく見える。
そういえば、ずっと付けてるな。
キリリとした眉毛だ。
少し困ったような表情のせいか、妙な安心がある。
鼓動はこんなに早いのに。
……目が大きいな。
異世界人は、だいたいこんなもんなのか?
わ、わからん。
瞳孔が左右に動いて、俺も見られているのがわかる。
でも、なんでだ。
恥ずかしいはずなのに、目が離せない。
そこへ——
エレナの咳払い。
慌てて顔を上げた。
リナも俯く。
一方で、若い神官が覚書とにらめっこしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! えーと……」
なんてことだ。
異世界に来て、一番、難易度が高い依頼かもしれない。
俺も……ちょっと、呼吸を整えよう。




