第70話 お似合いの材料
とある休日。
中央市場は、通りの両側を埋める露店と商店の間を、大勢の買い物客が行き交っていた。
野菜や果物を山積みにした籠、焼き菓子や干し肉、布地に小物。
あちこちから威勢のいい呼び込みと値段を交渉する声が飛び交う。
昼過ぎということもあり、人の熱気でむっとするほど賑わっていた。
食材の買い出しにリナが付き合ってくれている。
しかし、急にピタッと足を止めた。
「あ」
「ん?」
「あのー、ね?」
後ろ手に組んで、落ち着きなく前に傾く。
「うん?」
「ちょっと、見たいものがあるんだけど、いい?」
むん? なんでそんな遠慮がち?
いつもはもっと気軽に……
ま、気にするほどのことじゃない、か。
「もちろん」
「やたっ」
俺の袖をつまんで、引っ張る。
「おおっと」
そんな急がんでも。
露店には、色とりどりの布が巻かれたまま何本も立て掛けられ、その脇には大きさも毛並みもまるで違う獣皮が重ねて置かれていた。
目の粗い厚手の布から、光を受けて滑らかに艶めく薄布。
短い毛の革、ふさふさと毛足の長い毛皮まで、素人目にも素材の違いがわかる品々が所狭しと並んでいる。
リナはこんなところに用事があるのか。
まぁ、最近、オシャレに目覚めてきた兆候があるしな。
生地、かぁ。
どれどれ……。
手に取り、UIを開いてみる。
綿布に絹布に……ベジェ布……アダン布……なにこれ?
ああ。この世界独特の素材か。
魔物の皮とか、こういうののほうが高級品みたいだ。
俺の服も……?
あ、ダメだ。
パラメーターと、『吟遊詩人の服』としか出ない。
気付くと、リナが俺のほうに向けて、布を広げていた。
……なんだ?
何も言わないぞ。
布を見せられて、何を言え、と?
「えと…」
俺の反応を無視し、次の布を広げた。
何やら、小難しい顔をしている。
「リナ?」
「え?」
「なにしてんの?」
ババっと、布を戻した。
「なな、なんでもないっ」
「そう……」
そこに店主から「やれやれ」と漏れてきた。
「あんた、恋人だろ? おねだりだよ。おねだり」
「え」
「太っ腹なとこ、見せてやんなよ」
「いや、別に恋人ってわけじゃ……」
「そそそうだよ! や、やだなーおじさん。えへへ」
最近、たまにドキッとすることがあるから、ちょっと照れるな。
8歳も年下の子に、なんとも大人げないと思うけど。
「なんだ。そうなのかい」
つまんなそうな顔しないでよ。
「あ。でも……欲しいなら、お金出そうか?」
「ううん! 今日は、下見みたいなものだし」
微笑んでくれたかと思えば、肩肘を張る。
「ていうか、自分で買えるもん。んべっ」
舌、出されちゃった。
そこに、ため息が聴こえた。
店主が呆れたような顔してる。
「んじゃ……まぁ……ぜひ、ここで買ってくんな」
「はーい」
まぁ、ウィンドゥショッピングは女子の嗜み、よな。
今度は、よく来る成果露店だ。
軒先には木箱や籠が所狭しと並び、
土のついた根菜、
青々とした葉物、
丸々と実った果実が、それぞれ無造作に山を作っている。
端の浅い籠には大小さまざまな茸。
その隣には木の実や豆が小袋に分けられ、頭上からは束ねた香草が何種類もぶら下がっていた。
畑で採れたものから、森や野原で採集されたものまで。
その日の入荷で顔ぶれがころころ変わるから、特に用がなくても覗いてしまう店だ。
「おぅ。あんちゃんか」
リナが俺の後ろから顔を覗かせる。
「こんにちわー」
「ねぇちゃんも」
俺はざるを取り、常備用の野菜を乗せていく。
主人は主人で、俺がいつも買う豆を揃えてくれる。
「今は何の肉を持ってんだ?」
えーと、確か……
「チャージブル」
「あの牛は味が強いからな……
おぅ、ちょうどいいのが入ってるぞ」
主人が籠から、傘の分厚い茸をひとつ掴む。
「こいつを厚めに切って一緒に焼け。
チャージブルの脂を吸わせるとうまい」
俺の了承を待つことも無く、布袋に詰めてくれる。
「あんたら、折角いつも良いもん食ってんだ。
そろそろ、子宝に恵まれるといいな」
子宝って。
そうか、結構二人で買い出ししてるしなー。
……面倒だ。
「そ、そうだね。はは」
リナがバッと俺のほうを見た。
え、そんな戸惑うことある?
受け流したの、わかる……よね?
「もぅ…」
ため息つかれちゃった。
金を払い、アイテムボックスに詰め込む。
「あんがとよ」
「それじゃ」
そのまま市場を出ようとすると……
横から女性の声。
「あの、少し、よろしいでしょうか」
振り向くと、そこにはシスターが立っている。
「え? あ、はい」
すると彼女は手を揃えて、頭を下げた。
「わたくし、この町の教会に勤めています。
エレナと申します」
見たことはある。
俺より、少し年上かな?
リナと二人で、お辞儀を返す。
「これはご丁寧に。
ユーヤで、彼女がリナです」
さっきのおっちゃんと違い、丁寧な人には丁寧に返す。
これはもう反射だな。
「つかぬことをお伺いしますが、お二人はお急ぎのご予定が?」
「いえ。まぁ、ブラブラと帰ろうかと。ね」
リナも頷く。
すると、エレナは少しためらうように、唇をきゅっと締めた。
「不躾ではございますが、教会で少し手伝って頂きたいことがございまして」
「えーと、二人とも?」
「はい」
リナと顔を見合わす。
「まぁ、いいよね?」
「うん。あたしはいいよ」
安堵したように、初めての笑顔を見せるエレナ。
そして深々と頭を下げた。
「感謝いたします。では、ご案内いたしますね」
教会かー。
初めて入るなぁ。
賑わいから始まった休日は、予想もつかないルート変更をすることに。
安請け合いしちゃったけど、少し襟を正した方がいいのかな。




