↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
63/90

第63話 初めての“楽”器

 扉の先には、それまでの部屋とは比べものにならないほど、広い大広間が広がっていた。


 高い天井から巨大なシャンデリアが吊られ、壁には深紅の垂れ幕。

 左右には太い柱が並び、その奥まで赤い絨毯がまっすぐ伸びている。


 そして、その突き当たり。


 数段高くなった壇上に、ひときわ大きな椅子が据えられていた。

 館の主人を迎えるためというより——

 最初から、そこに座る何かのために造られたような部屋だった。


 レックスがどっしりと構えた背中を見せている。

「や、やっぱり……帰りませんか?」


「いいの?

振り向いたら、背中から刺されちゃうかもしれないわよ?」


「ひっ……!」


 ミルがとんっ、と自らの胸を叩く。

「その時は、ミルがすぐに治してあげますからっ★」


「もうっ、こんな時まで。


ボス戦よ、集中」


 天井に浮かんだ魔法陣が、紫色の光を放つ。


 その中心から、まず黒い爪の伸びた足先が現れた。

 続いて、長い脚。

 紫黒い肌をした豊満な身体が、ゆっくりと空中から抜け出してくる。


 腰からは先端の尖った長い尻尾。

 背中には、広げれば身体を覆えそうなほど大きな黒い翼。


 最後に現れた顔には、額から左右へ大きく湾曲する角が伸び、赤く光る目が俺たちを見下ろしていた。


 普通のサキュバスより、一回りは大きい。


 そいつは翼を一度だけ大きく広げると、そのまま壇上へ降り——

 長い脚を組んで、椅子へゆったりと腰を下ろした。


『まったく。女ばかりじゃないの。


召使たちは何をやってるのかしら』


 何重にも重なって不明瞭なのに、妙な艶っぽさを持った声が広く響く。


『いえ、違うわね。


……私の虜を取り戻しに来た冒険者か!』


 クイーンは立ち上がると、甲高い雄たけびをあげた。

 館の外にまで届きそうな爆音だ。


 俺たちは反射的に耳を塞ぐ。

 こんなの、動けないぞ?!


 だが、続くことはなく、クイーンは低く構え、敵意をむき出しにした。


「来るわよ!」

 リナの号令が飛ぶ。


 この戦闘は、もしかしたら、これまでのように甘くはないかもしれない。

 彼らのランクでさえギリギリの、エンドコンテンツだ!



 戦闘はすぐに決着が着くことはなかった。

 しかし、音旗隊が大きく崩れることも無かった。


 ミルの能力が高いってことか。


「膝、ついた!


叩き込むよ!」


 これは、DPSチェックか?


 やがて、大きな羽をはためかせ、立ち上がるクイーン。


「うわあああああ!

サキュバスがたくさん出ましたぁ!」


 なんて言いながら、レックスはクイーンをしっかり引き付けている。

 ただ、増援のサキュバスはクイーンに回復魔法を飛ばしたようだ。


 失敗……か?


 でもまぁ、全回復するわけじゃないだろうし。


 そんな感じで、甘く考えていた俺。

 意識を変えたのは、みんなの表情に気が付いたからだ。


 あんな切羽詰まった顔、初めて見た。


 なんでだ?


 そのうち勝てそうに見えるんだけど。


 もしかして……“時間切れ”があるのか?!

 それが、深刻なペナルティを課されるとしたら……


「おいおいおいおい……っ」


 俺、呑気にリュート弾いてる場合じゃないかもしれない。


 出来ることは、なんでもやらなきゃ!

 でも、俺にいったい何が……。


 なぜか脳裏に走ったのは、ベルトムの言葉だった。


『お前さんは……奏でる時も、潜っておるのぅ』


『出会いが浮かせてくれるかもしれん。


色んな楽器を弾いてみるのも、面白かろう』


 ……やってみるか。


 結局、一度も試してないのはフルートだ。

 元々、吹奏系は未経験っぽくて、手を付けなかった。


 でも、この世界なら、吹ける、はずだ。


 俺はアイテムボックスから、買ってあったフルートを取り出した。

 

 致命的なダメージを受けないよう、居場所を変えながら……

 唇を当て、息を吹き込む。


 ——澄んだ音が鳴った。


「…………」


 もう一度。

 今度は少し高い音。


 指が勝手に動いた。

 穴を押さえ、離し、息を流す。


 短い旋律が、するりと繋がった。


「やっぱり、吹けちゃうんだよね……」


 今度は長く息を流した。

 すうっと伸びた音が、途中でわずかに揺れる。


「あ」


 繊細。


 同じ音を出しながら、今度は少しだけ強く吹く。


 音が前へ出た。

 弱めれば、柔らかくなる。


 舌で息を切れば、音も小気味よく跳ねた。


 へえ……。


 ギターとも、鍵盤とも違う。

 ドラムとも、もちろん違う。


 指だけじゃない。

 **息そのものが音になる。**


 大きく吸って、吹く。


 伸ばす。

 切る。

 少し溜めて——一気に駆け上がる。


 思った通りに音がついてくる。


「おお……」


 気付けば、さっきまで適当に吹いていた旋律を崩していた。


 同じところを一音だけ高くする。

 次は逆に落としてみる。


 短く刻んで、最後だけ長く伸ばす。


 なんか違う。

 じゃあ、こっち。


 ……あ、これ好きだ。


 自然と身体で拍子を取る。

 次に出したい音が、頭の中に浮かぶ。

 それを追いかけるように息を吹き込み、指を走らせる。


 気持ちいい。


 知らない楽器なのに。


 いや。

 **知らない楽器だからこそ、面白い。**


 いつの間にか、俺は笑っていた。


 もう、強化がどうとか。

 ボス戦がどうとか。


 そんなことは考えていなかった。


 ただ次の音を出したくて、息を吸う。

 フルートが高く歌う。

 それに合わせて身体が揺れる。


 もう一度。

 もっと軽く。

 もっと速く——。


「……あれ?」

 誰かが声を上げた。


 けれど、俺はそのまま吹き続ける。


 今、いいところなんだ。


 ようやく曲が俺の手を離れて、勝手に走り始めたような——


「ユーヤ!」


 リナの声に、ハッとする。


 フルートが淡く光って、柔らかく、みんなと繋がっていた。


 もしかして、これは——


 真剣なリナの表情。

 その唇に、力強い微笑みが宿る。


 そう、なのか?!


「——来たっ。畳み掛けるよ!」


 決定的だった。


 カイラが今までに見せたことのない、とんでもないスピードでダガーを振るった。

 ハンドスピードが残像を生み、腕の本数が増えたかのよう。


 トドメの上位魔法がリナから放たれ、クイーンは叫びと共に散っていった。


 何が違ったかなんて、一目瞭然だ。


 楽しかった。


 ……俺は忘れていたんだ。

 楽器を弾くことの楽しさを。


 なまじ、元から弦楽器を弾けたもんだから、リュートが弾けたことにあまり感動が無かった。

 そのせい、というのも変な話だけど、演奏をジョブの役目のつもりで、手慣れでこなしてしまった。


 きっと、他の人は、なぜか弾けるだけで感動し、演奏の楽しさを実感しているんだろう。


 ……ベルトム。


 確かに俺、潜ってたよ。

 また、音楽に浮かれる自分に戻れそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。