第61話 初めての宝箱
唯一、鍵のかかっていなかった部屋に入ると、そこには広い宴会場が広がっていた。
長い卓が何列も並び、その上には銀の燭台や空の食器が、今にも宴が始まりそうに整えられている。
壁際には赤い布を垂らした柱が並ぶ。
その合間に置かれた小さな香炉から、細い煙がゆらゆらと立ち上っていた。
漂ってくるのは、花蜜みたいな甘い香り。
……なんというか、妙に落ち着く匂いだ。
レックスが少し安堵したように言う。
「……ひ、広い部屋ですね」
しかし、動きは大胆。
ババっとテーブルに乗った。
その時、急にミルのステッキから、全員に光の筋が繋がった。
お?
なんか、目がすっきりする。
——と思ったら、カイラの声が隣から遠ざかる。
「インプよ。雑魚ね」
その瞬間、部屋中の窓が割れた。
「うおっ?!」
「きゃっ!!」
悲鳴を上げながら、杖を向けてるリナ。
数匹のインプは着地する前に刻まれた。
レックスはテーブルの上で踊るように、残ったインプの攻撃を躱す。
よ、よし。
力強い曲調でいくか!
かき鳴らすようなリュートの音。
リナの杖から、大きな炎がほとばしる。
レックスだけが飛び出し、放射された炎から逃れた。
リナは、何か、ハッとした顔。
「まずいっ。この煙、眠っちゃうかも!」
「お任せくださいですっ♪」
ミルがステッキを両手で握り、胸の前へ引き寄せる。
「怖い気持ちもっ、迷ってる気持ちもっ、誰かに引っ張られちゃった気持ちもっ!」
増援のように窓から跳び入るインプ。
まるでモグラ叩きのように、カイラに処されていく。
ミルはぎゅっと目を閉じ、ステッキを抱くように胸へ押し当てる。
「ぜーんぶ大切な、皆さんの心ですっ。だから――勝手にどこかへ連れていかせたりしませんっ☆」
ぱっと目を開く。
ステッキを頭上へ掲げ、その場で大きな円を描くように一回転。
リナが叫ぶ。
「レックス! 上手く飛んでね!」
ミルは空いた手で胸元に小さなハートを作ってから、それを仲間たちへ届けるように、ぱっと手を広げる。
「迷子になった気持ちは、ミルがまとめて『おかえりなさい』してあげるのですよっ❀」
宴会場からはインプの悲鳴が終わり、俺の最後の音が余韻を残していた。
最後にステッキを高く掲げ、片足を後ろへ跳ね上げる。
「みーんな一緒に、いつもの皆さんへっ! ――オールリカームっ♥」
「パイロジェット!!」
この煙、睡眠の罠だったのか。
ウトウトする間もなく、オールリカームが飛んでたな。
おかげで、ギミックを感じる暇がなくて、少し残念ですらあるよ。
崩れた壁を通った先は、どうやら化粧室らしかった。
壁際には鏡台がいくつも並び、卓上には小瓶や櫛、化粧道具らしきものが、使いかけのように置かれている。
部屋の中央には、大きな姿見、か?
周囲の鏡も合わせて、どこを向いても自分たちの姿が映り込む。
薄暗い館の中だっていうのに、鏡だけは妙に曇りなく、こちらを映していた。
パリィィン——!!
中央の姿見に、カイラのダガーが刺さった。
「な、なに、いきなり!」
「え?」
眉をしかめながらカイラが近付き、ダガーを抜く。
少しの間、見つめた。
「……ああ。この鏡、しばらく見つめてると、魅了の呪いがかかりそうね」
……〈自動戦闘〉の効果だとしたら、すごいな。
さっきの煙と言い、ダンジョンギミックにも反応するとは。
仕切りの陰から、レックスが出てきた。
「ふぅ」と息をつく。
敵はいなかったようだ。
「みなさん、こっち、宝箱ありますね」
「宝箱?!」
おいおい、テンション上がらないのかよ!
男の子だろう!
……彼らからすれば、珍しくもないんだろうな。
開けてみると、そこには化粧道具の数々が入っていた。
ミルが覗き込む。
「……お化粧品ですね★」
珍しいアイテムなのだろうか。
「ちょっと、見てみるか」
UIを開いてみる。
「基礎能力が上がる、魔導化粧品……女性専用らしい。
使う色によって、俊敏性や魔力など、上がる能力に違いがあるみたいだ」
カイラは次の部屋を覗きながら、背中で答える。
「持ち帰りましょう。
丁度、転移碑よ」
小部屋には、淡く輝く碑石が「いったん休め」と言わんばかりに置かれていた。




