第59話 初めましてのお姉さん
丸太を積んだ荷車が通りを行き交い、そのたびに車輪が石畳を重たく鳴らす。
開け放たれた工房からは鋸や木槌の音が絶えず、町には乾いた木の香りが染みついていた。
「さすが、森の都と言われるだけあるね」
俺の言葉に、リナが得意げに、でもたまにメモを見ながら。
「グレイヴァは、周辺の森林そのものが町の産業を支えてるからね。
伐採した木を運び込んで、製材して、家具や樽、建材に加工する。
加工せずに木材のまま、ポートリースなんかへ運ばれるものも多いみたい」
すっと、通りを行く荷車へ視線を向ける。
「だから伐採師と木工師が多いし、良い弓材も集まるから、弓作りも盛ん。
それで弓使いまで集まって――今じゃ、その三つの職業の本場ってわけね」
ポンッ。
と、音が鳴る。
ぽんっ??
目をやると、ミルが掌に拳を当てていた。
え、それ、そんな音しなくない?!
カートゥーンかよ!
「そういえば、木工師ギルドがあるんでしたね……★」
とたとたと近付いてきて、瞳を潤ませてきた。
「ユーヤさん。今回のお仕事、お休みは入れますか?」
「え? そんな、何日もかかるの?」
サキュバスクイーンの討伐、ということだったが。
やりたいと言ったカイラに視線を投げる。
「ええ。〈サキュバスの館〉はだいたい、5回か6回くらいと言われているわ」
「そうか……なら、休み休み、じっくりやろう」
ミルはくるりと回って、ぱぁっと手を広げる。
「やったです! じゃあ木工のお勉強できるですねっ♥」
「それにしても……毎回、毎回、潜り直すのか。後半、大変そうだな」
げんなりすると、リナが「あ」と気付いた。
「ユーヤは初めてよね。ダンジョンについて、教えてあげるね」
軽く指を曲げる。
「コホン」
……オノマトペ。
「ダンジョンっていうのはね、魔物が棲みついてる特殊な場所。
洞窟だったり、遺跡だったり、今回みたいに建物だったりするの」
まぁ、それくらいは想像できる。
「入口には結界があって、中の魔物は外には出てこられないの」
あら、なんてシステム的。
「で、一番奥にはボスがいる。倒せば攻略完了。
討伐依頼も、だいたい対象はボスね」
そうだろうね。
「でも、それで終わりじゃなくて。
しばらくすると魔物もボスも復活して、中の造りまで変わるんだって」
はいはい。周回できるコンテンツ、ね。
「大きなダンジョンには転移碑があってね。
見つけて起動しておけば、入口との行き来ができるの。
だから今日はそこまで、って帰れるよ」
こういうとこ、ゲームだよなぁ……。
「そうか。ありがとう。
じゃあ、使いやすそうな宿も探さないと、だね」
リナの説明が進むにつれて、鼻息が荒くなっていったレックス。
差し置き、カイラが覗き込んで、人差し指を唇に当てた。
「同じ部屋に……する?」
「しないよ」
そうこうしているうちに、冒険者ギルドの看板が見えてきた。
扉をくぐると、木の匂いがふっと濃くなった。
広いギルドホールには太い梁が渡され、壁も床も飴色の木材で組まれている。
掲示板の前には冒険者が集まり、奥の受付では、依頼書や冒険者証を挟んで職員と言葉を交わしていた。
壁際には丸太や獣の角、古びた弓なんかが飾られている。
さすが林業と木工の町。
冒険者ギルドまで、なんとなく木工所っぽい。
受付のお姉さんに声をかける。
「サキュバスクイーンの討伐依頼を請けに来たんですが……」
「あーはいはい。確かに、また活動が始まったようね」
ショートカットで目力がある。
ポートリースのお姉さんとは違う印象だ。
気風がいい、っていうのかな。
「じゃあみんな、冒険者証、出してくれるかしら?」
五枚の冒険者証が木のカウンターに並ぶ。
すぐさま、彼女の目が刺さったのは、俺の銀プレートだ。
目の高さに上げて、眺める。
そのまま、目線が俺のほうにスライドした。
分厚い本を取り出し、ペラペラとめくる。
手が止まり、ふん、と鼻を鳴らした。
「駄目よ。Cランクが一人混ざってて、しかもなりたて。
〈サキュバスの館〉はBランク依頼の中でも、難度の高いものなのよ」
あれ……そうなの?
しかも、この、一歩も譲らないというオーラ。
……ここは、諦めるか。
すると、リナが負けじと踏み出した。
「ちょっと待って。他のメンバーはBランクになってからしばらく経ってるの」
その主張に、お姉さんは口をへの字にしながら、分厚い本をめくる。
畳み掛けるリナ。
「Bランクの依頼はあまり請けてないけど……数はこなしてるわ」
「それは、そうみたいだけど……」
キィっとカウンターの横から、小扉が開く音。
唐突に、カイラがカウンターの奥に侵入していた。
慌てるお姉さん。
「ちょ、ちょっと! こっち入っちゃ」
「あなた、名前はなんて言うの?」
「フィエナ、だけど」
カイラは構わず、胸を押し付けた。
「ちょ、なに」
「考える必要はないわ」
吐息を吹きかける。
「ひっ! 待って」
腰に手を回していた。
「依頼票はどれ?」
「だから」
太腿にするりと手を伸ばす。
「……っ、なに触って」
「どれ?」
「それ! それだから!」
カイラは依頼票をぴっと摘まむと、こちらへ戻ってきた。
一部始終を、止めもしない俺もどうかしてる。
——と、半年前なら思ったかもしれない。
今は、一言で言うなら……
「あーぁ」
背中から、フィエナの声が飛んできた。
「絶対に、無理はしないでよ?!」
顔、真っ赤になってる。
かわいそうに。




