第46話 新たな楽器
通い慣れた建物はぱっと見、前のままだった。
ただ——
看板は真新しい木目が、まだ残る水分を感じさせる。
そして、刻まれた文字は〈前進の旗〉ではない。
〈共援団〉。
いかにも自治体っぽい。
玄関をくぐると、ミルが躍り出る。
額の前に、手をひさしのように出した。
じーっと見渡す。
「あれあれ。なんだか、みなさん元気がないですね☆」
「半分以上が40代以上でしょ」
カイラのスン顔は、いつもより鋭い。
「〈前進の旗〉みたいに血気盛んだと、逆に引くわよ」
眼を見開き、興奮を抑えるのはレックスだ。
「落ち着き、余裕ってやつですかね。
引退まで生き残った人たちですもんねぇ」
「若い奴らも、軽いノリが出せないって感じなのかな」
俺は片側に寄ってる、若い冒険者たちのテーブルのいくつかを流し見た。
雑談を弾ませるではなく、時折、ホールの空気を伺っている。
リナが事務カウンターのほうを見やる。
「元ソロ冒険者やクラン無所属パーティもいるからね。
どれくらい、いるんだろう」
登録が終われば、台帳に書き込まれ、判明するのだろう。
などと思いながら、同じくカウンターを見る。
そこへ、後ろから勢いよく扉の開く音と元気な声。
「おはよーっす!」
リオの勢いは相変わらず。
ただし、ホールの空気は変わらなかった。
「あららー。やっぱ〈前進の旗〉とは、雰囲気が違うな」
……それ、もうやったから。
予定時刻になり、〈共援団〉への登録受付が始まった。
しかし、俺たちは登録の途中で、カウンターを離れ……
今はテーブルを囲み、全員で頭を悩ませている。
リナのメモはめくられることもなく、ペンは頭を掻いている。
「これまでも、ギルドからそれとなーく催促はされてたけど」
「パーティ名か……まぁ、管理しやすくなるもんなぁ」
ネーミング……
苦手なんだよなぁ。
すると、レックスが手を叩く。
「やはり、リーダーであるユーヤさんに“ちなむ”のが良いのでは」
「いやいや。俺は形だけの」
俺の言い切りを待たず、ミルが手をきゅっと合わせる。
「賛成なのですっ♪
ユーヤさんのラブに包まれているので……♥」
「なしなしっ! 絶対に恥ずかしい感じになるって!」
追い打ちをかけるのはカイラ。
「むしろ、隷属しているんだから、もっと支配的な……」
「人聞きが悪いっ! そんなことないだろーが!」
提案を連続で、食い気味に却下した。
それが場の勢いを殺す。
「あ、いや……」
とは言え、俺たちがどういうパーティか、と聞かれても……
なんともなぁ。
沈黙の中、リナがみんなの顔を見回す。
「私たちって、ユーヤの演奏にノッてるでしょ。
だから、音符に乗ってる旗に例えるのはどう?」
「旗って……八分音符の。
ふーん、いいんじゃない?」
カイラは機嫌良くダガーを回し始めた。
「素敵ですぅ♪」
「音の旗……〈音旗隊〉ですか?!」
ミルは楽しそうに身体を揺らし、レックスは興奮気味に頷いた。
正直、その文脈だと、俺も気分が良い。
俺を中心にしてる感じは、やっぱりムズ痒いけど。
「〈音旗隊〉。これで決まりね」
リナさん。
最近、笑顔の圧が強い。
「ああ。それでいこう」
お手上げです。
クランへの登録を済ませたあと、俺はみんなと別れた。
会館の武具庫には、空の棚が並んでいた。
俺の抱えるリュートの音が、金属に余韻を残している。
弦を押さえた。
「あなたの音に近付くには、どうすれば……」
「さて、どうしたものか」
ベルトムは髭を撫で、長考に入った。
何か口を開きそうになるも、思い留まるを繰り返す。
「他の楽器はどうじゃ?」
目線の先には、小型のオルガンがある。
鍵盤か。
叩いたこと、あるような気がするなぁ。
椅子を引き、姿勢を取る。
リュートの時と同じだ。
なぜか、指が自然に動く。
「こんなのもあるぞ」
バチを差し出したベルトム。
脇にあるのは……
ティンパニか?
「初めて触るけど……ドラムセットとはさすがに違うよな」
それでも、俺の腕は軽快に動く。
打楽器の動きは、俺の知るものだ。
「駄目か……」
ベルトムのため息。
駄目……?
なにが、ダメなんだろう。
むしろ、なぜか弾けることに驚いてるくらいなのに。
「お前さんは……奏でる時も、潜っておるのぅ」
彼の音を聞いた時にも言ってたな。
“潜ってる”って、どういう意味なんだろう。
「出会いが浮かせてくれるかもしれん。
色んな楽器を弾いてみるのも、面白かろう」
色んな楽器か……
確かに、なぜか弾けちゃうし、持ち運びも困らないしな。
色々試してみても、いいかもしれない。
そこへ、近付いてくる駆け足の音。
扉がバン、と開く。
「ベルトムさん! ギルドから、緊急の依頼です!」
彼はまいったとばかりに、ため息をついた。
そりゃため息も出る。
〈共援団〉はまだ、全然出来上がっていないんだから。




