第38話 違いにぶち当たった並び
段々と、〈前進の旗〉メンバーの顔を覚えてくると、ポートリースを歩いているだけで驚く。
普段から、こんなにもすれ違っていたのか、と。
そして、今では、その度に声を掛け合い、調子を問う。
さらには町人から「おぉ。〈前進の旗〉の」などと、冠言葉まで付くようになった。
さすが、この町の冒険者の半数以上を抱えているだけある。
名を背負ってしまうと、少し肩に力が入ってしまうなぁ。
肩を揉みながら、街の中心へ歩く。
「全員集合って、初めてだなぁ」
ぼやくように呟く。
すると、リナがメモ帳を閉じた。
「全員なの? だから、会館集合じゃないのね」
「百人を超えるので、入りきらないのです★」
ミルが大きく手を広げる。
その後ろで、レックスは肩を丸めている。
「い、一体、なんの話なんでしょうね」
「なんの話だったら、嫌?
その可能性の高さについて、考えてあげるわ」
カイラの提案を全力拒否するレックス。
それを横目に、集合場所が目に入る。
ポートリースの中央広場には、〈前進の旗〉メンバーが集まり始めていた。
世間話をしつつ、幹部の動きを待つ。
冒険者の群れが膨れ上がり、広場を占める頃。
催しごと用の舞台に立ったのはアルディンだ。
「ファットバッタの群れが確認された。
ルフの森を侵食中らしい」
ざわつく一同。
ここはうちの優等生に聞いてみようか。
「リナ。ファットバッタって、どういう魔物なんだ?」
「私も戦ったことはないんだけど……」
メモをぺらり。
「大きな群れで、緑地を移動する魔物ね。
植物を食べ尽くしてしまうから、砂漠化が問題になる…けど」
さらにめくる。
「街のほうに被害が出ないから、優先度は低いそうよ。
でも討伐には、ある程度の人数と平均ランクが求められるから、
クランの登竜門になってるみたい」
アルディンが手を上げ、ざわめきを静める。
「調査任務を請けたのはラッドのパーティだ。
規模は千。
……膨れる前に、討伐もうちで請けるぞ」
その言葉に、戸惑いと熱気の混じったどよめきが広がる。
出征計画が通達され、その日に備えることとなった。
討伐予定日。
〈前進の旗〉の総員で森を進む。
リナが小難しい顔をしているところ、ミルが大きく頭を傾ける。
……もはや脇腹のストレッチに見えなくもない。
「リナさん、何か心配ごとですか?
ミルに、なんでも相談してくださいね♡」
でも、リナは微笑みを返した。
「そういうんじゃないよ。
ただ、魔物が少なかったなぁ、って」
交代制で隊列の露払いをして、俺たちの番が終わったところだった。
「元からルフの森に生息してる魔物がいるはず。
どういうことかしら」
その時、カイラは何かに気付いたのか、一瞬だけ樹上に飛ぶ。
すぐに戻ってきた。
「災害を察知して、避難した——ってところかしら」
顎でくいっと、前方を指す。
森が急に終わり、光に目がくらむ。
木は残ってる。
だが葉は一枚もなく、若木はほとんど食い尽くされていた。
幹にもあちこち噛み跡が残っている。
草も花も消えて、見渡す限り緑がない。
鳥も虫も姿を消し、森は妙に静まり返っていた。
「ち、ちちち地形が変わってますよ?!
ほんとに、この人数でやれるんでしょうか……」
腰の引けてるレックスの肩を叩く。
「だからこそ、少しずつ削るって話だったじゃないか。大丈夫さ」
リナ先生がメモをめくる。
「そう。ファットバッタの群れは先頭のほうに統率個体がいるから、
後背を突く作戦ね。
だからこそ、すでに食べられた地点に回り込んだ」
俺はリナの高説をじっくり待ってから、レックスに向き直る。
「計画通り。想定通り。
なら、心配することなんて、無いさ」
「は、はい!」
自分を納得させるように、レックスは小刻みに頷いた。
食べ跡を追うと、見えてきた大量のファットバッタ。
葉の揺らめきが、虫の蠢きになってるのは、なかなかおぞましい。
今回は“削り”から始まる。
一軍が分散し、二軍と合わせて、横一列に展開。
じわじわと小動物サイズのまるまるとしたバッタをなぎ倒していく。
各所で前衛が壁となり、特に範囲攻撃が得意な魔法使いや爆弾使いが猛威を振るっている。
……んだと、思う。
少なくとも、俺の見えてる範囲では、そんな感じだった。
俺たちのパーティも、マンティス戦同様、効率良く、数を減らしていく。
とにかく数が多いから、時間の感覚が麻痺してくる。
でもそれだけ、戦況に変化がないってことは、順調なんだろう。
リュートを弾き続けるのはなかなかつらい。
グーパーする回数が増えてきた頃……
一軍連中から声が上がる。
「統率個体が見えてきたらしい! 俺たちは中央に行く!」
「お前ら! もうひと踏ん張りだ! 雑魚は任せたぞ!」
「了解です!」
「頼みます!」
状況に展開はあったけど、俺たちの役割は変わらない。
淡々と、削り作業を続けた。
——その淡々さが、変わる事態に迫られる。
一瞬のことだった。
空から現れた大きな影。
ファットバッタの海に飛び込み、舞い上がった。
「おい。今、なんか」
「あ? なにが?」
最初は数人しか気づかなかったが、繰り返されることで異常が共有される。
リナは相変わらず、何をどうしたら、という様子であちこちを見ている。
のに、やはり、振られた杖からは強力な魔法が放たれた。
広角度に飛ぶ風の刃。
木々を倒し、まだ葉の残る樹冠が上方視界から消えていく。
見えてきたのは、大きな鷲——いや。
逞しい馬の後ろ足を備えている。
誰かが叫んだ。
「ヒポグリフだ!!」
虫魔物の天敵が、何匹も制空権を支配していた。
計画通り。
想定通り。
それは、今、終わった。
「テンペストスイープ!」
どうやら、さっきの風魔法の詠唱だ。
相変わらずの遅い発語が、思ってたのと違う空景に響いた。




