第36話 微惑する冒険者
マンティスの産卵場を、鋒矢の陣で進む九つのパーティ。
じわりじわりと攻め上げていく。
木々の隙間を埋めるように、人の列が前へ進む。
踏み荒らされた草地。
割れた卵鞘。
散った虫の脚。
左翼は相変わらず余裕があった。
だからか、一部で妙な声が上がる。
「おい。なんか……右翼、近付いてきてないか?」
まぁ、陣形が乱れることもあるだろう。
指示がない限りは、左翼に集中していれば良いはずだ。
それでも微妙な空気は続いていた。
「随分、寄ってきたな」
「押されてるのかしら」
「崩れてるってほどでもなさそうだし、ほっとけ」
そんな声に、さすがに気になって見てみる。
確かに、右翼との距離が、かなり詰まっていた。
木の間から見える人影が近い。
そこで、動きが出たのは一軍だ。
前進が止まる。
ざわ、と、列全体の速度が落ちた。
一軍たちが足を止める。
後ろも合わせて止まる。
リナが振り向いた。
「ねぇユーヤ。止まっちゃったけど…」
言いながら、目標を見もせずに魔法を飛ばしている。
姿を見せた数匹のレッサーマンティスが、地表から飛び出た氷の棘に弾け飛ぶ。
「わからない。右翼がこっちに寄ってきてて、それと関係あるのか」
俺は首を傾げるしかない。
一瞬、戻ってきたカイラが、顎で前を指した。
「見なさい」
その先。
先頭集団で動きがある。
数人が、右翼方向へ抜けていくのが見えた。
目の前を、すすっとミルが横切る。
「一軍から一組。支えに加わるのですよっ☆」
前を指差しながら、くびをこてん、と倒した。
そのまま、ぱちりとウィンク。
なるほど。
押され気味だったところへ、一軍から回したのか。
しばらくすると、右翼が少しずつ戻り始める。
詰まっていた距離が、また開いていく。
「前進!」
カルロスの声が飛ぶ。
止まっていた陣形が、再び動き始めた。
鎧が鳴る。
枝を踏む。
列が、また森を押していく。
ただ――
心なしか、歩幅は緩くなっていた。
枝からぶら下がる卵鞘の残骸が増えてきた。
踏み荒らされた地面には、割れた殻と虫の脚が散らばっている。
「数が増えてきたな」
「巣の中心が近いぞ」
左翼の中から、そんな声が聴こえてくる。
緊張感のあるやり取り。
でも——
「えーと、えーと、左から並んで来てるから…
あ、でも、こっちも…っ。
あ、どうしよ、どうしよ」
「兄弟たちが千切れていくのは、どんな気持ちなんでしょうね。
虫心の想像って難しいわ」
「みなさんの歩み、ミルが止めさせませんっ♥」
「わっ、わっ! く、来るなって! 来るなってば!」
うちはいつも通りだ。
迫るマンティスたちに、後衛が脅かされることはない。
戦場は安定していた。
その時だった。
「デスサイズだ!」
先頭から、シアの鋭い声が響く。
空気が変わった。
「マジかよ!」
「ちっ。生まれてたか」
左翼側にも緊張が走る。
急に前進が止まった。
「どうするよ?! 一軍は本来、デッドリーたちが相手だろ?」
「食欲旺盛な個体がいたってことだ」
「脇が崩れたら終わりよ。こっちに集中!」
なるほど。
どちらにしろ、一軍たちが対処するってことなんだな。
そう思った時。
こっちの動きも変わった。
「えと、えと、数が増えてきたから……」
メモをめくりながら、リナが下がってきていた。
あたふたしている。
でも、その杖には魔力が集まり始めていた。
一方、レックスは群れの間を駆けていた。
いくつもの群れを横切るように走り抜ける。
マンティスの鎌を、最小の動きで躱していく。
そのまま大量に引き付け始めた。
「た、助けてくださいーーーーー!!」
言ってることと、やってることのギャップよ。
その周囲を、今度は黒い影が回転する。
マンティスの鎌がレックスに届きそうになると——
そいつらが優先されて千切れていく。
あんな技、持ってたのか。すご。
「レックス? 助けて欲しいの?
もっと、必死に命乞いしてくれなきゃ」
カイラの声が、ドップラー効果を伴って飛んでくる。
いや、もう助けてるじゃん。
ミルが、くるりと半歩回った。
ステッキを胸の前へ抱えるように持つ。
ぎゅっと指先に力を込め、目を閉じた。
「痛いのも、苦しいのも……
ちゃんと、ここまで頑張ってきた証ですっ♡」
ふわり、と片足の踵が浮く。
次の瞬間。
陣形全体へ、光の輪が広がった。
「お! 早ぇ!」
先頭から、レオルの声。
「ミルか?! いいタイミングじゃねぇか!」
アルディンの声も重なる。
ミルは祈るみたいにステッキを抱え込んだまま、胸元で手を組み直した。
「だから、優しい気持ちも、安心できる場所も――
ちゃんと、みんなに届きますっ♥」
一拍。
今度は、ぱっと両腕を広げる。
その一方で。
レックスは、大量に集めた群れの中心で重心を落としていた。
次の瞬間――
流水みたいな動きで、群れから抜け出た。
「も、もうだめだあああああ!!」
いや、抜け出たじゃん。
それと同時に、群れの真上から、大量のつららが降り注いだ。
マンティスたちを、まとめて貫く。
氷塊に挟まれるだけで、その冷気に凍り付いた。
緑と赤の混じる地面へ、突き刺さった氷が、ガラスの絨毯みたいに埋め尽くす。
杖を掲げていたリナは、目をぐるぐる回していた。
「どうしよ、どうしよ。
いったん、一掃したほうがいいのかな……?!」
ミルはステッキをくるりと回す。
光の軌跡を描きながら、横へ払った。
「ミルが、ここを“だいじょうぶ”の場所にしますっ★」
最後に、つま先を揃えてぴたりと止まる。
掲げたステッキの先を、空へ向けた。
「だったら、これで一気に…!」
杖を下ろしたリナは、先頭集団のほうへ体を向けた。
「アブソリュートゼロアイシクル!」
「――リペアゾーンっ!❀」
二人の声が重なる。
そして、それと同時に、四人は一軍の戦闘エリアに駆け出して行った。
「え? ちょ…っ」
一気に殲滅された目の前の戦場。
呆気に取られる左翼陣。
駆けていく四人の背。
三点に目が泳いでしまう。
「い、行かないわけにも…!」
俺も慌てて後を追った。
追い付いた頃には、
リナたちは、すでにデッドリーマンティスを数体、討ち果たしていた。
アルディンたちともう一つのパーティが、デスサイズマンティスに集中。
みんなが俺のところへ戻ってきた。
デスサイズ戦に目をやりながら、リナが声を飛ばす。
「雑魚をこっちで引き受けるわよ!」
『引き受けた』、でしょ。
……なんだ?
なんか……。
「オラァっ!!」
アルディンの気迫。
デスサイズマンティスの悲鳴が、森に響き渡る。
重傷者を出すことなく、依頼は達成された。




