第34話 前進する冒険者
一日に、だいたい二件のCランク依頼をこなすようになって、数日。
その日の仕事も終わり、ギルドホールは、今日も酒と肉の匂いで満ちていた。
「あの魔物は面倒だった」
「あの作戦は良かった」
などと、周りでは、フィードバック混じりの労い合いが酒の肴になっている。
そんな中、俺たちの席で話しているのは――
「僕は、シンプルに塩でかぶりつくのが好きです!」
レックスが身を乗り出しながら言う。
味の好みを知っておこうと、ユーヤが尋ねた回答だった。
「肉の味がわかる感じがしますね」
味の誤魔化しが効かないから、焼く側としては厳しい要求だ。
肉そのものへの依存度も高いしなぁ。
「じゃあきっと、驚くわよ。
甘辛いタレ、美味しいんだから」
向かいでリナが、どこか得意げに言った。
最近、俺が色んな調味料を混ぜて試してるせいか、
リナはタレにハマったようだ。
「あたしは、汗をかくくらい辛いのがいいわ」
カイラが、わざとらしく襟元を広げた。
「舌がユーヤに攻め立てられてるみたいで、ピリピリと興奮するの」
M変換がお上手なことで。
レックスが「えっ」と固まってる横で、リナは「やれやれ」といった態度。
そこで、ミルがくるっと体を揺らした。
少し身をよじりながら、人差し指を柔らかく立てる。
「ミルはですねっ、香草と甘いのを合わせたやつが好きなのですよっ☆」
「香草、ですか?」
「はいっ。ふわ〜って良い匂いがして、最後に甘くなるのですっ♪」
両手を頬の前で握りながら、満面の笑み。
「幸せの味ですっ♥」
「そ、そんな色んな食べ方があるんですね……」
レックスが感心したように呟く。
転移者の食文化には触れて来なかったようだな。
ミルが笑みを崩さないでいると、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「お。いたいた、ユーヤ!」
聞き覚えのある声。
振り向くと、リオがこちらに手を振っていた。
「団長が帰ってきてるんだ。会館に集まれってよ」
「呼びに来てくれたのか。ありがとうな」
残りの食事を手早く平らげるのに、協力してもらう。
リオは役得、とばかりにかぶりつく。
そして、ご機嫌なリオと共に、〈前進の旗〉クラン会館に向かった。
会館に着くと、ロビーにはいつもより活気があった。
知らない顔も結構いる。
一軍の連中だろう。
ただ、いかにも歴戦って感じでもないんだよな。
空気が擦れてないというか、ちゃんと若い。
経験と若さの丁度いいとこ取りみたいな冒険者たちが、二軍に土産話をしている。
そこへケイが近付いてきた。
「来たわね。団長に紹介するから、こっち」
彼女にエスコートされ、奥へ。
テーブルに座る男が見えた。
第一印象は――でかい。
筋肉とか装備もそうだけど、場慣れしてる空気が大きい。
脂が乗ってる、って言えばいいのか。
修羅場を何回も抜けてきた人間特有の、余裕みたいなものがある。
「団長、連れてきたわ」
「おお。言ってた、新人か」
席を立つ狂戦士に威圧感はなく、どっしりとした笑みで迎えてくれた。
「〈前進の旗〉団長、アルディンよ。
アルディン、彼がユーヤ」
「吟遊詩人のユーヤと言います。
よろしくお願いします」
あ。
現代日本人っぽい、テンプレを言い切ってしまった。
「はは! 硬ぇな!」
アルディンが豪快に笑う。
「細けぇ説明は要らねぇぞ。
とりあえず、お前がリーダーってことでいいんだな?」
「あぁ…いえ。
ただ、年長なんで、形だけですよ」
嘘ではないけど、謙遜テンプレに、アルディンは呆れ笑いを浮かべる。
「転移者ってやつぁ、まったく」
そのまま、少し真面目な顔になる。
大きな手が、ぽんと肩に置かれた。
「ミルは、あんな感じだろ?
実力はあるのに、あぶれちまってな。
よろしく頼むぜ」
ミルのこと、ちゃんと見てるんだな。
変な子扱いだけで終わってない。
アルディンは椅子に戻ると、ジョッキを掴んだ。
「しかも、噂のカイラに、レックスって侍の話も聞いた。
なかなか、癖のあるメンツをまとめてるみたいだな」
「まぁ、お互いに助け合ってる。というだけで」
正直、まとめてる感覚はない。
“有能リーダー”みたいなラベルを貼られても、正直、困るし。
調子に乗らない俺を見て、アルディンは少し力が抜けたようだ。
「ふん。まぁいい。
しばらくはガルドたちと同じ、二軍で頑張ってくれ」
その言葉に合わせるように、脇に立っていた弓使いが前へ出る。
落ち着いた女だ。
視線が静かで、声も無駄がない。
「じきに、総員で取り組む大規模任務が控えている。
しばらくは即日帰還の依頼だけにしておくように」
事務的だけど、軽視はしてない感じ。
そこへ、アルディンの隣に座る格闘家が口を挟む。
「シア。別にこんな新人、いてもいなくても変わらねぇよ。
好きにさせとけ。
なぁ?」
なぁ? と、言われても……。
反応に困っていると、隣に座っていた精霊術士が、つまみを選びながら口を開く。
「レオル……それ、失礼だって、わかってますー?」
のんびりしてる。
でも、空気の刺さり方を少し和らげてくれた。
さらに、弓使い――シアと、後ろで控えていた戦術士が進み出る。
「ミレアムの言う通り。
士気を下げるようなことは言うべきではない。
そもそも、全員参加だ」
彼は、そのまま真っ直ぐ俺を見る。
「二軍だろうと一軍だろうと、甘えては困る。
指示通りに」
「まーまー!
あんまり、プレッシャーかけんなよ、カルロス」
アルディンの声が割って入る。
でかい声なのに、不思議と圧が散る。
良かった……
ちょっと、息苦しくなりかけてた。
「ユーヤ。俺は人を縛るのは好きじゃねぇ。
お前らのペースで、ついてこい」
おお。
これが若者を集めて一年で、中規模クランまで大きくした男。
さすがに、器が大きい、か。
「ただ、お前らを待ちもしねぇ。
俺たちは前に進む。
それだけは知っといてくれ」
不敵な笑みは、広い許しと、冷たい熱さを感じさせる。
なるほど。
これが〈前進の旗〉。
居心地が良いかどうかは、まだ分からない。
でも――。
誘ってくれたリオたちの顔は立てたい。
問題だけは起こさないようにしないとな。
まぁ、俺に出来ることなんて、せいぜい。
人間関係のクッション役くらいだけど。




