第32話 愛が尽きない女
休日。
俺は住宅区の通路を歩いていた。
「早速、試してみるか」
手には小瓶。
ラベルには『ショウの食器用洗剤』と書かれていた。
「キャンプじゃあ、がっつり洗えないもんなぁ…」
ぼやきながら、アイテムボックスにしまう。
「休みの日の有効活用……ん?」
視線の先。
井戸の近くにミルが立っていた。
周りを見回していたので、すぐに俺に気付く。
「ユーヤさん! おはようございますっ✿」
こんな朝から、全力の笑顔と低頭。
昨日の酒が残って無くて良かった。
眩しい。
「おはよう。……なに、してるの?」
ミルがぱちん、と手を合わせて、そのまま頬に寄せる。
指先を揃えたまま、こてんと首を傾け、目をきゅっと細めて笑顔を作った。
「はいっ。皆さんに、プレゼントをお配りしてるのですよっ♪」
「プレゼント…」
ブロマイドでも配ってるのか?
いやいや、アイドルを重ね過ぎだ。
……まさか、な。
ミルが足元の袋から、札を取り出し、差し出してくる。
「元気のおすそ分けですっ❀」
……ミルの絵が描いてあった。
ブロマイドだったー!!
傍らの箱には、カード台座のようなものが詰まっている。
「これ……製作依頼、いくらかかったの?」
「ミルの手作りですよ?
全部にミルのラブを込めてますっ♡」
まじか……
器用で、地道。
日本の職人界隈が欲しがる、な。
「あ、おはようございますっ♪」
ミルが、井戸に来た女性に声をかけた。
「ごめんなさいね。手が塞がってるから」
しかし、汲み終わった桶を両手に持ち、去っていった。
無理に押し付けない。
ミルのアピールって、
全力だけど、引き際は鮮やかなんだよな。
……しょうがない、付き合ってやるか。
「ミル。せっかくなら、もっと手に取りやすい形のほうがいいだろう」
アイテムボックスから、折り畳みのテーブルを取り出す。
「ユーヤさん、手伝ってくれるのですか?」
ミルが指を組んで、胸の前にぎゅっと寄せる。
体を小さく縮めて、片方の踵がふわっと浮く。
つま先で軽く弾むように、ほんの少し前に寄る。
「嬉しいですっ♥」
「ああ。じゃあ、これ」
並べてもらおうと、次に椅子も取り出したのだけど……
ミルのポーズが崩れない。
……数秒、待つ。
結局、自分で並べた。
減らない。
昼休憩を挟んで、再開したものの……
あれから一つも受け取ってもらえていない。
「ミルのラブで、力が湧きますよっ♡」
水汲みに来る人々、井戸端会議の寄り合い。
人影が近づくたびに、ミルはとてとてと駆け寄って、笑顔を振りまく。
しかし。
「いつものこの子か」という慣れた様子で、スルーされ続けていた。
柔らかい態度であることが、せめてもの救いだ。
「鋼鉄の心臓だな……」
呆れる。
けど、感心のほうが強い。
羽毛でテーブルの埃を払っていると、ミルのほうから声がした。
「ミルちゃん!」
「あ、こんにちわっ❀ サナちゃん!」
顔を上げる。
お。知り合いか。
ミルが『サナ』と呼んだ、小さい女の子が手を見せる。
「こないだは、木の指輪。ありがとね!」
指には、花の彫られた木製の指輪。
あれも“元気のおすそ分け”、か。
「かけっこが早くなった気がする!」
ま、そんなことはないだろうけど……
ないよな?
いや、これも装備品……?
「喜んでくれて嬉しいのですっ♡
今日も、あげたいものがありますよ★」
「やったー!」
なんにしても、現金なタイプなんだな。
差し出された札を見て、サナがパッと笑顔になる。
「ミルちゃんだ! 可愛いね!」
ミルを経由して、台座も渡される。
「お部屋に飾っておくね!」
走っていくサナ。
それを、ミルが笑顔で見送る。
両手をブンブン振る。
その動きは、姿が見えなくなるまで弱まらなかった。
……やっと一枚、か。
結局、その日、受け取ってくれたのはサナだけだった。
片付けながら、ふと空を見上げる。
夕日がじわりと傾いて、ミルの額を煌めかせていた。
「今日も、ちゃんと届きましたっ♥」
その表情は、満足そうだ。
「あ。洗い物、忘れてた……」
ま、いいか。
彼女を知る、いい機会だった気がする。
ミルはこのままでいい。
なんとなく、そう思った。




