第3話 初めての戦闘
リナに連れられて辿り着いた町は、ポートリースというらしい。
城壁に囲まれた大都市——
というほどではないが、人の往来は多く、通り沿いの店からは呼び込みの声が飛び交っている。
交易路の要所、という説明にも納得がいく賑わいだ。
「ここが、この町の冒険者ギルドよ」
看板には、剣と盾を組み合わせた紋章。
リナの後について扉を押すと、内側から一気に空気が変わる。
壁際には武器や防具を身につけた連中がたむろしていて、
年季の入った剣、
欠けた盾、
血の跡が落ちきっていない鎧なんかが、当たり前のように視界に入ってくる。
「酒場も併設してるんだね」
「そうね。パーティでミーティングしたり、目当ての依頼を待って、時間を潰している人たちもいるわ」
カウンターの向こうには、書類の山に埋もれかけている受付嬢が一人。
「冒険者登録ですね。お名前は?」
「佐藤悠也です」
そう答えると、彼女はペンを止め、ちらりと顔を上げた。
「あら、転移者の方ですね。
名字はいりませんよ」
そういえば、リナも似たようなことを言っていた気がする。
まぁ、「佐藤さん」と呼ばれて、一斉に振り返っても……あれだしな。
「……じゃあ、ユーヤで」
「はい、ユーヤさん」
帳簿にペンが走る。
「それにしても、支部で登録なんて、珍しいですね」
「そうなんですか?」
「ええ。多くの転移者の方は、始まりの都――
ランフィアスで登録されますので」
ってことは、俺の転移先は、何かバグってたってことか?
……やれやれだ。
「ユーヤ、あっちで各ジョブの基本武器を買えるわよ」
リナに呼ばれて、窓口を移る。
棚には剣、槍、短剣、杖……
見ただけで物騒なものがずらりと並んでいた。
正直、どれもしっくり来ない。
剣を振る自分も、魔法を撃つ自分も、あまり想像できなかった、その時――
棚の端に置かれていた、小綺麗なリュートが目に留まった。
「……お。楽器か」
武器や杖は未知の領域だが、音楽なら多少は覚えがある。
店員に頼んで手に取らせてもらい、恐る恐る弦を弾いてみる。
――音が、出た。
しかも、指が迷わない。
初めて触るはずなのに、簡単な旋律が自然と形になる。
「……え?」
「へぇ……上手ね!」
リナが少し驚いた顔でこちらを見る。
「吟遊詩人、やってみたら?
みんなの力を底上げできるのよ」
敵を前に剣を振り回す自分を想像して、即座に首を振る。
うん、怖い。
普通に怖い。
「……まあ、ジョブは変えられるみたいだし」
リュートを抱え直して、苦笑する。
「とりあえず、やってみるか」
「お。新人冒険者か?」
不意にかけられた声に振り向くと、壮年の男が立っていた。
武装はしていないし、ギルドの人間だろうか。
「ラッキーだな。
今日は年に一度の“スライム祭り”があるぞ」
隣にいるリナは、バツの悪そうに、目を逸らしていた。
指定された集合場所は、街道から少し外れた森の一角だった。
街道と交差する様に、踏み固められてもいない地面が伸びている。
あちこちが抉れたように荒れていて、水害でもあったのかと思うくらいだ。
木々もまばらで、見通しが妙にいい。
「ひとつの依頼で、こんなに集められることもあるんだね」
周囲にはすでにかなりの数の冒険者が集まっていた。
武装も格好もばらばらだが、全体に漂っているのは、緊張というより“イベント前”の空気だ。
「え? あ、うん。そうだね……」
リナの返事は少し遅れて、笑顔もどこか引きつっていた。
気のせい、というには分かりやすい。
「リナ、スライム祭りに参加したこと、あるのか?」
一瞬、彼女の視線が泳ぐ。
それから、小さく息を吐いた。
「……昔ね。あんまり上手に戦えなかったんだ」
……請けないほうが良かっただろうか。
「でも、わたし、あの時より強くなってるから。大丈夫だよ!」
そう言って、今度ははっきり笑ってみせる。
無理をしている感じではない。
「そっか」
リベンジマッチになるなら、それはそれでいい。
そのとき、少し離れた場所にいた四人組の男たちが、こちらを見てヒソヒソ話し始めた。
「おい、あそこ。魔法使いと吟遊詩人だけみたいだぞ」
「男、頼りねぇなー」
「でも、あの子、可愛いしさ。助けてやれば、うちに入るんじゃねぇか?」
……あのー。
普通に聞こえてますけど。
ふいに、リナが一歩前に出た。
ひと筋の炎が飛び――その先で、ぷるりと跳ねていたスライムが溶けた。
それを合図にしたかのように、森のあちこちから同じような反応が起きる。
ざわついていた冒険者たちの空気が、一気に切り替わった。
「あ、ユーヤ。そろそろ始まるみたい」
そう言いながら、リナはすでに次の魔法を放っている。
俺も慌ててリュートを構え、弦を鳴らした。
「吟遊詩人と一緒っていいわね!
なんか、気分が乗ってきたわ♪」
軽口を叩く余裕があるあたり、本当に大丈夫そうだ。
次々に現れるスライムは、近づく前に処理されていく。
「個人参加って言っても、みんなパーティで固まってるみたいだな」
「そうね。役割を分けて、力押しする人たちは多いわ」
同じ色のスライムが集まった場所に、範囲魔法が落ちる。
さらには、硬そうな個体や、やたら素早い個体も出てくるが――
全部、リナの一撃で溶けた。
「で、でも安心して。
メモ帳にちゃんと……」
焦ったようにページをめくりながらも、魔法は放たれている。
判断が遅れない。
迷ってるようなのに動作は早い。
「おい、なんだ、あの子」
「めちゃくちゃやり手じゃねぇか」
「スライムが近寄る前に全部処理してやがるぞ」
「弱点属性と特性、完全に把握してるな……」
「あれ……?あの子、去年もいたような……
テンパり具合が可愛いなーって思ったんだが」
やがて、森は静かになった。
射程距離ギリギリで倒し続けていたせいで、スライム核の回収は少し面倒だったけど、それくらいだ。
ギルドに戻ると、全員が集められた。
さっきの壮年の男――どうやら、この支部のギルド長らしい。
「本年のスライム祭り。一位は……
リナ・ユーヤパーティだ!」
控えめな拍手は、数秒遅れて、自分達に向けられたものだと気付いた。
渡された商品は、小さな水晶のイヤリングだった。
「やったわ! 可愛いデザイン!」
リナは素直に喜んで、しばらく眺めてから――
こちらに差し出してくる。
「これは……冒険者登録の餞別ってことで、ユーヤに……あげるわね」
そう言いながら、名残惜しそうな視線がイヤリングに残っている。
「え、いやいや。活躍したのはリナだし、それに……
このデザインは、リナのほうが似合うよ」
「ほんと?……いいの?……ありがと!」
耳元で水晶が揺れて、きらりと光る。
それ以上に、見せつけるような笑顔のほうが眩しかった。
……まあ、悪くない初仕事だったんじゃないだろうか。




