第29話 責任の置き場所
翌日。
ギルドの扉をくぐった瞬間、声が張られていた。
「前衛、募集していませんか?!」
……レックスだ。
元気になった、というより――必死な声。
「悪いが、間に合ってる」
「おめぇ、あれだろ? 槍騎士が死んだとこの」
「二番手を先に死なせちまうってのは、ちょっとな」
「ビビリの侍なんかいらねーよ」
矢継ぎ早に返される拒絶。
それでも、レックスは引かない。
「勇敢な侍に、なりたいんです!」
食らいつく。
その声に被せるように、横から野太い怒声。
「いい加減にしやがれ!」
立ち上がったのは、大柄な狂戦士。
ジョッキをテーブルにダン!と叩きつけ、そのままレックスに詰め寄る。
「朝から、ピーピーわめいてんじゃねぇよ!」
距離を詰められた瞬間。
レックスは気圧されて、尻もちをついた。
「ヒィ! す、すすすすいませんんんっ!」
腕で頭を覆う、咄嗟の防御反応。
その姿に、ひとりが吹き出す。
つられて、周りも笑い出した。
荒くれたちの笑いに混じって、冷静そうな連中まで、口元を押さえている。
……空気が、完全にそっちへ流れた。
俺は、すでにカイラの肩を片手で押さえていたが――
慌てて、両手に切り替える。
けっこう力強いなっ。
それにしても……
これはちょっと、ひどい。
笑いはすぐに、酒の肴に変わる。
表面上は、いつもの賑やかさに戻った。
その頃には、
レックスは、隅に縮こまっていた。
……逃げないのか。
偉いな。
軽視を受け入れたような、締まった顔をしている。
そのまま様子を見ていた俺が、ふっと気を抜いた瞬間。
カイラが立ち上がる。
「せいぜい振り回していればいいわ。
その一本しか無い物差しを、
エルダーワイバーンにブチ折られるまでね!」
声が飛ぶ。
荒くれの一部がガタついたが――
カイラの顔を見た途端、舌打ちだけで収まった。
「はいっ☆」
振り返る。
ミルが、ぴーんと手を挙げていた。
「提案があるのですっ!
レックスさんを誘ってみてはいかがでしょうか?」
……うーん。
気持ちはわかるけど。
声をかけてこなかったってことは、俺がDランクって知ってるからじゃないかなぁ。
俺が目を伏せていると、そのまま、ミルが続ける。
「ミルが元気にしてあげたいです❀
魔物さんはミルの可愛さに注目するから大丈夫ですっ☆」
……そのために前に出るのは、やめて欲しいところだけど。
気持ちは、伝わったよ。
隣のカイラが、軽く握るダガーの刃をこちらに向ける。
「いいじゃない。前で逃げ惑う姿はきっと、愛らしいわよ」
……相変わらずだな。
二人の言葉を受けて、リナを見る。
強い眼差しで、微笑んでいた。
――『いってこい』、か。
……妙に小慣れてきたな。
近付いた俺に、レックスが気付く。
「あ、おはようございます。
僕、諦めないことにしました。
ユーヤさんのおかげです」
「俺は話を聞いただけさ」
軽く肩をすくめて、そのまま隣に座る。
逆に、レックスは肩を落とした。
「まぁ、だからと言って、臆病なままでは……」
意志は固まったけど、意気は下げられた。
そんな様子だ。
「笑う奴もいるだろうけど、俺達は笑わないよ。
……約一名を除いて」
「そう、なんですか?」
レックスはゆっくりと顔を上げる。
「うちのパーティは、ちゃんと連携を取る人たちと…
ちょっとリズムの合わなかったメンバーで寄り合ってるんだ」
「……それで、崩れたりしないんですか?」
もっともな質問だ。
「うん。なんでかね、不思議と上手く回っているよ。
とは言っても、Dランクの依頼をゆるゆると、こなしているんだけど」
すると、レックスは止まってしまった。
「ん? レックス?」
「あ、いえ……
僕は、厳しい環境に身を置かないと強くなれない、と思い込んでいました。
でも、その無謀が…」
……その先は、言わせない。
「それでね。丁度、前衛がいないんだ。
メンバーから、『レックスを誘ってはどうか』って」
唖然とするレックスに、苦笑いで続ける。
「あー、別に同情してるとかじゃないよ。
レックスのつらさは、俺たちの比じゃないと思う」
「じゃあ、どうして……」
呟くような問いに、少しだけ笑う。
「俺たちはただ、臆病な侍でも、“アリ”だと思っただけさ」
膝をパンと叩いて、立ち上がる。
「甘い環境で一歩ずつ、なら、俺たちを選ぶのも、“アリ”だ。
考えておいてくれ」
背を向ける。
後ろから、静かに長い息と、
ぎっしぃ……とゆっくり軋む椅子の音が聞こえた。




