EP3 『停止』(ていし)
エクストラの体液をエーテルといい、僕たちの生活には欠かせないエネルギー源だ。
エクストラを狩猟するのは「ガーディアン」と呼ばれる人たちで、これがとんでもないエリートの集まりらしい。
エリートという言葉では足りないくらいで、そもそも僕たちのような一般人が目指せるものではないし、何を基準に選ばれるのかすら長らく明かされていない。エーテルを供給する重要な役職だけに世間では様々な憶測が飛び交っている。
優秀なスポーツ選手が極秘の訓練施設に通っているとか、お茶の間を賑わせたあの超能力者が消えたのはガーディアンになったから、だとか。後者は単に業界から干されただけだと思うが、彼らの実態は今でも謎に包まれている。
しかし謎なのは正体だけであって、ガーディアンの役目や職務は広く知られている。テレビでもよく特集をしているし、秘密めいた集団ゆえに彼らの正体を暴こうとする熱心なファンも存在する。
EP3 『停止』
こうして病院で目を覚ますのも、もう何度目になるだろう。
「起きた?」
「スオミ……」
バーで倒れたのは思い出せる。
「じっとして。大丈夫よ、目を瞑ってリラックスして」
目を閉じると、「エリカ先生呼んできて」と指示する声が聞こえる。
「オーカーはもうすぐ着くわ。安心して」
「はい……まだ目を瞑っていなきゃだめですか?」
「もう少しそのままね」
スオミは僕を安心させるように肩を撫でた。子ども扱いに気恥ずかしさを覚えると同時に嫌な予感も脳裏をよぎる。
扉が開きガチャガチャと器具のぶつかる音が近づく。スオミの手が離れると左腕を取られ、それ以外の身体を押さえつけられた。全身を自由に動かせない状態になった。
安心しろというのは無茶だろう。
額に、つう、と冷や汗が流れる。
次の瞬間、今までに体験したことのない壮絶な痛みが腕に走った。暴れようにも強く身体を拘束され叶わない。
長い長い十秒間だった。針が抜かれた後は子どものように涙を流した。
「痛かっただろう」
目を開けると、そこにはエリカ先生が立っている。
「ごめんね。これをしないと君が死んじゃうかもしれなかったんだ」
いやもう、死ぬかと思う痛みだった。死ぬときも同じ痛みを経験するなら、僕は二度死ぬ思いをすることになるのか。フェアじゃない。
激痛の注射のおかげで元気を取り戻し、その日のうちに退院できた。
元気とは体の話であって、心は死んでいるも同然だ。頭痛を耐えるほうがまだマシなほど痛かった。この世にあれほど痛い注射が存在していいわけがない。
倒れたら、またあんなのをぶっ刺されるのか。
もう何をしていても憂鬱だ。
「MeXRの展覧会よ」
オーカーが手にしているのは二枚のチケット。気分転換にと、てっきり映画か何かに誘われるのかと思ったが予想の斜め上をいった。
「僕たちみたいな一般人が行けるの?」
「一日限定でね。知り合いにチケット譲ってもらっちゃった」
MeXRといえば、ガーディアンがエクストラを狩猟するために乗る二足歩行のロボットだ。僕はそんなに興味はないが、オーカーはガーディアンの熱狂的なファンだった。いわゆるオタクだ。
「オタク仲間と行ってくればいいじゃん」
「皆仕事で行けないんだって」
「僕だって……」
「しばらく出勤禁止でしょ。ガリルから聞いてるんだからね」
ガリルとはRizのマスターのこと。実はオーカーの恋人だ。いつかマスターが僕の義理の父になる日がくるかもしれない、というのは今はどうでもよくて……かくして僕はオーカーに連れられ会場のメリディアルパークへと足を運んだ。
久々の外出らしい外出だ。趣味といえば音楽しかなかった僕は、誰かに連れられでもしない限り家の中にいる。最近は特に。オーカーはそんな僕を心配して誘ってくれたのかもしれない。
「リダ、本物のMeXRよ! 近くで見てみましょう」
広場では数機のMeXRが芝生の上を歩いていた。電柱とほぼ同じ高さのロボットが群衆の中を闊歩しているのは圧巻だ。それを大勢の観客が周りで眺めている。
僕は初めてMeXRを見た。というか、オーカーみたいなオタクでない限りここにいるほとんどの人が初めてだろう。
「すごいわね~、人間みたい」
「……そう?」
胴体に腕と足がついているのは、人間らしいといえば人間らしいが……人間みたいに滑らかじゃない。あんなにぎこちない動きで本当にエクストラを捕まえることができるんだろうか。
「MeXRには脱出機能がありません。どうしてでしょう?」
視界の端で、女性スタッフがモニターを指さしていた。周りに集まった子どもたちは好奇心いっぱいで、「作るのを忘れてた」とか「お金がなかったから」と好き勝手に言い合う。
スタッフは、元気に飛び交う声に笑顔で頷いた。
「正解は──」
画面からMeXRの画像が消えて森の景色に移り変わる。
「パイロットは、逃げずに最後まで戦わないといけないからです」
一瞬、場が静まり返る。
「というのは冗談で」
スタッフは空気を切り替えるように手を叩いた。
「脱出しない方が安全だからです。もしエクストラにやられて動けなくなっても、その場でじっとして仲間の助けを待つことが大切なんですよ」
映像には、大破したMeXRの周囲をうろつく数体のエクストラが映し出された。
腕と脚がもげて胴体だけになってしまったその機体は、エクストラがちょんと小突けば派手な音を立てて転がった。親たちは一様に顔をしかめ、一人の子どもがすすり泣きを始めると、他の子どもたちもつられるように泣き出した。スタッフは「あ、えっと、これは作られた映像ですから大丈夫ですよ~」と周囲をなだめるのに必死だ。
もっとこう……イベントなんだから、少しは楽しめる説明をしたらどうか。他人事ながらそう思った。
別の場所では若い男性が、スタッフに誘導されながらコクピットに乗り込んでいた。看板には「このMeXRは試乗用に改造されています」と書いてある。オーカーは年甲斐もなくはしゃぎながらカメラを構え、僕はと言えばすでに飽き気味で、それからは適当に彼女の話に合わせていた記憶しかない。
そして……また倒れた。
もうこりごりだ。
オーカーは慣れた手つきで僕を担いで車に押し込んだ。
このまま死ぬんだろうか。
最近の不調ぶりは異常だ。
体が死にたいと言っているのを、無理やり叩き起こしている気分になる。
◇
「リダもいたんだな、MeXRの試乗会。俺もいたんだぜ」
なぜこいつが僕の病室に。
「お前は最近の子だと思ってたけど、MeXRとかに興味あんのな」
「……なんでいんの?」
先ほどオーカーとマスターが見舞いに来てくれた。僕の落ち着いた様子を見て心底安心したようで、二人とも仕事に戻った。で、今はパラドがいる。僕の大好物、パイ生地に黒コショウをふりかけたお菓子を持って。
「僕の好物なんか誰に聞いた?」
「オーカー。さっきロビーでMeXRの話したら盛り上がってさ。お前のこともいろいろ聞いたぞ」
「パラドもガーディアンのオタク?」
「オタクっていうか、俺はパイロットだし」
「へー、それなら詳しくて当然──」
……つまり、パラドはガーディアン?
ガーディアンといえば超ド級のエリートで、どんな超人がいるのだろうと皆が想像を膨らます。こいつがガーディアン?
「それ、僕に言って大丈夫なやつ?」
「友達だろ?」
「友達程度で軽く口走っちゃうお前に驚いてるんだよ」
気分を落ち着けようと、黒コショウパイの袋を開けて一つ口に放り込んだ。このツンと来る辛さがたまらない。パラドにひとつ勧めると、そんな不味そうなネーミングの食べ物はいらないと失礼なことを言われた。
……本当にガーディアン? こいつが?
「いつも変な寝癖つけてるくせに?」
「寝癖じゃねえし」
「いや何でもいいんだけど……せっかくいい服着るんだったら、髪も直したほうがいいよ」
「そうかな~、服は全然適当だし」
余計に腹が立つ。
そのスニーカー、僕の給料三か月分はするはずだ。
「ガーディアンがこんなとこいていいの?」
「まあ、今月はエーテルの供給も安定してるし電力使うイベントもないし。冬のイルミネーションフェスの時期は死ぬほど忙しいけど」
「そんな内部事情まで聞いたつもりないけど……まさかオーカーには言ってないよな?」
「言うわけないだろ」
どうだか。僕にだって軽々しく暴露するんだから。
強くてクールなガーディアンのイメージ崩壊だし、これが嘘だったらただの虚言癖のヤバい奴だ。
その時、いつもの頭痛に襲われる。
体調が良くなったと思ったらこれだ。
「パラド、そこの青い袋取ってほしい……」
「相変わらずだな」
薬を飲み終えると、彼は帰ると言い出した。きっと長居しすぎて僕の具合が悪くなったと思ったのだろう。別にそんなことはないが、帰っていただくのは賛成なので止めはしない。
「そういや、オーカーってリダのお母さんみたいだよな」
「みたいっていうか、そんな感じだけど……それも彼女から聞いた?」
「いや、何も言ってないけど。なんとなく」
なんとなく、でそんなデリケートな質問ができるこいつの無神経さにもう驚いたりはしない。そんな深い話ができるほどこいつとはまだ仲良くはないので、「いろいろあったんだよ」と適当にはぐらかした。
スオミが持ってきてくれた夕食を食べながら、夕日に染まるオリジン市街を眺めた。
鋼鉄の街がどこまでも続いている。灰色のビル群が隙間なくひしめき合い、その合間を無数の排煙パイプが縦横に走る。高い所から見下ろす街並みはまるで巨大な蜘蛛の巣のようだ。もう少し暗くなれば、メリディアルタワーの近くにあるRizの看板が光るだろう。
ついに、ピアノを弾けなくなる日が来るんだろうか。
考えないようにしている現実が、閉じた瞼を無理やりこじ開け僕の目の前に突き付けられる。
ただ、今はどこか他人事だ。
何があっても前向きに生きると決めたのに、最近何もかもどうでもよくなる時がある。いつ来るかもわからない痛みや苦しみに怯える日々では、何のために生きているのか分からなくなってくる。




