EP4 『羽化計画』(うかけいかく)
燃料不足は深刻だ。
アッシュは「いつものことさ」などと軽々しく言うが……。
「それ、何?」
「管理局から取り寄せたデータだ。エクストラの捕猟ペースと保護区の人口、これは各地区の発電効率、こっちは過去十年分の電力消費量の統計だ」
リダはピアノを弾きながら「ノイアーは頭がいいんだなぁ」と、いつもの柔らかな口調で言う。
「捕猟は順調?」
「簡単だ」
「そんなにすぐに慣れるもん?」
「私は狩られる側だったからな」
MeXRの操縦も問題ない。実戦ではやられて嫌だったことをやり返すだけだ。
しかし、私がどれだけ頑張ろうと時間は有限。MeXR一機が一日に捕猟できる数も限界があり、パイロットを増やさなければそもそもの問題、燃料不足は解消しない。
「で、そんな数字ばっかり見て何してんの?」
「……気になることがあってな」
アッシュは六つ目の保護区を作るかもしれないと言っていた。
何度計算し直しても、今の我々には新たな保護区を作る余裕など残っていない。
どうするつもりなのだろうか。
「リダ。そろそろ行くぞ」
庭園の扉が開いてパラドが姿を現した。私を見てなぜか眉をひそめる。
「もうそんな時間か。ノイアーも乗ってく?」
「私はアッシュと一緒に行く」
「そっか。じゃあまた、向こうでね」
リダは鍵盤を拭き、静かにピアノの蓋を閉じた。
EP4 『羽化計画』
私は、アッシュの車で第1保護区に向かっている。
今日は年に一度の「定例会」とやらがある。第1から第5まで、全保護区のネイヴルが第1保護区の本部に集まるという。今日だけはSQRも最低限の職員だけを残して稼働を停止した。
「定例会では『羽化計画』の話が出るかもしれない」
「なんだ、それは」
「リダの出自に関わる話だ。リダは……元々人間だった」
「どういう意味だ?」
ハンドルを握るアッシュの瞳に、市街の明かりが鈍く反射する。
「リダが人間だった頃の名前は"ルース"。彼は、幼い頃にエーテルを飲んでエクストラに転化した。羽化計画の貴重なサンプルってことで、SQRが保護している状態だ」
唐突すぎる話に、私は理解が追い付かない。「信じられないな」と返すので精いっぱいだ。
「羽化計画は、一旦は中止になったプロジェクトだが……他の保護区の奴らが蒸し返してくるかもしれない。何か聞かれても無視してろ」
「その羽化計画とは何なんだ?」
「……すぐに分かるさ」
車はハイウェイを下り第1保護区へと入った。
街頭のスピーカーから放送が鳴り響く。
『ARW本部、市民生活局よりお知らせします。
本日、保護区運営会議の開催に伴い、会場周辺において交通規制が実施されます。付近を通行予定の方は、係員の指示に従い迂回路をご利用ください』
第1保護区の「ARW」。我々第2保護区の政府がSQRと呼ばれるように、各保護区の政府にはコードネームのような名称がついている。
二時間のドライブを終え、私たちはようやく会場のホテルにたどり着いた。
「これは……」
「凄いだろ。今年は千人ぐらい集まるんじゃないかって言われてる」
ここにいるのは全員ネイヴルだ。
制服などないので誰がどこの保護区所属かは分からない。ただ、老若男女問わず様々な見た目のネイヴルが広大なホールでひしめき合っているのは圧巻だ。
森にいた頃は、このような世界が存在するなど想像もしていなかった。
「アッシュ! 久しぶり」
この寒さの中タンクトップ姿の男が、こちらに近づいてきた。
「エボニー! お前またデカくなった?」
「鍛えたんだよ」
「そのうちコクピットに入らなくなるぞ」
アッシュは「うちの新人のノイアーだ」と私を手で指した。このエボニーという男はARWのパイロットで、アッシュとは長い付き合いのようだった。
「噂は聞いたよ。よくこの歳まで生き残ってたな」
エボニーは私の片方だけの触手を見て「無事に、というわけじゃなさそうだが」と付け加える。
「ノイはレベルが違う。俺たちが模型と訓練している間、こいつは本物の戦場にいたんだ」
「はは。それは一度手合わせを願いたいところだ」
やはり私ほど長年野生にいた高知能種は珍しいらしい。通常であれば、繭は分遣隊と呼ばれる捜索隊によって発見されパイロットが回収する。体の弱い高知能種が森の中で生き延びるなど、想定もされていないだろう。
「エボニー、統括官がお呼びだ」
一人の女がこちらに歩み寄る。
彼女は私を見るなり、「見ない顔だ。神はまだ役者を欲しているのか」と目を細めた。
「……何だ?」
「私はラベンタ。新世界の神は決まっている。私は、その横で拍手をする道化師といったところだ」
なんだこの女は。と口にしたわけではないが、ひとまず差し出された手を握り返す。隣でエボニーが「変な女だが気にしないでくれ」と笑った。
ふとエボニーは表情を曇らせ、声を一段小さくする。
「そういやアッシュ。今年は例の転化体が来ると聞いたぞ。ルースといったか?」
「……ああ」
「悪いが、うちのウィザリア統括官は羽化計画の中止に納得していない。ルースがこの場にいると知られれば追及は避けられないだろう」
早速その言葉を聞くとは。
アッシュは「ご忠告どうも」と、やや冷たい口調で返す。
「さっさと来い、エボニー。舞台は予定通り進行している」
「へいへい」
エボニーは「それじゃ」と背を向け、ラベンタは私を軽く指さしながらニヤリと笑って立ち去った。アッシュは私に「彼女もれっきとしたパイロットだ。しかめっ面をやめろ」と耳打ちした。無茶を言うな。
それから私は、アッシュに連れられて様々なネイヴルに挨拶をして回った。数こそ少ないが子どもの姿もあった。ネイヴルといえど全員が政府に属しているわけでもなく、人間に混ざって地上で生活している者もいる。
定例会は顔合わせの場でもあり、私のように新しく保護区に来た者や保護区で生まれた子どもはここで顔を覚えてもらうらしい。
「保護区で生まれた、とは?」
「俺たちだって子孫を残さないといけない」
「この体でどうするんだ?」
「それは、やり方はちゃんとあるんだけど」
「どうやるんだ? この体で?」
アッシュは「今はどうでもいい話だ」と苛立ちながらその話題を終わらせた。またこれだ。私のような新参者に、重要な情報はまだ話せないということか。
「うおっ、ザンク!?」
アッシュはとあるネイヴルの姿を見つけて声を上げた。
ザンクと呼ばれた男は、「……誰だ?」と目を細める。首のあたりに葉状斑のような黒い模様が浮かんだ珍しい個体だ。後にそれはタトゥーというものだと知った。
「防衛局のアッシュだよ! 何年ぶり? もう十年くらい経つか?」
彼もSQRの関係者かと思い私は手を差し出したが、ザンクは「ああ、いいよ、俺はそういうんじゃない」と顔をそむける。
「どういう風の吹き回し?」
「まぁ……たまにはさ」
「お前、SQRにいる間も一回も定例会行かなかったよな」
「そうだっけ」
「毎年マリセラにキレられてたの忘れたか?」
「あいつはいつも怒ってる」
私はこの男を初めて見たが、多分、怒らせている原因はこいつにあるのではないかと思う。
「巣統に顔見せて帰る。俺が来たってこと、マリセラに言うんじゃねえぞ」
アッシュと私は目を見合わせる。
なぜなら、背後にいるからだ。
「アッシュ。ノイアー。ちょっと来てくれるかい?」
マリセラは私たちに微笑み、そして真顔で「お前もね」とザンクの肩に指を食いこませた。
連れてこられた上階の広間には、すでに全保護区の幹部たちが集まっていた。
席が用意されているのは統括官や監察官といった上級幹部のみだ。私やアッシュは当然そんな立場ではないので、マリセラの後ろで壁にもたれて様子を見守る。先ほど会ったARWパイロットの姿もあった。
「二人とも、お疲れ様」
リダの声だ。隣にはパラドもいる。
アッシュが「リダ、わざわざここに来る必要は……」とうろたえる。私は、周囲の何とも言えない視線を感じ取った。
「諸君ら、よく集まってくれた。本日の会合も我ら種の繁栄を確かなものにする時間となることを願おう」
祭壇に座るのはロックベルト巣統。
五つの保護区すべての上に立つ男だ。
第1保護区のウィザリア統括官が「随分と賑やかな会合になりそうですな」と、こちらを──リダを見据えた。パラドは腕を組んだまま「聞かなくていい」とリダに囁く。
「マリセラ統括官。それが例の転化体、ルースか?」
「ええ」
「連れて来たということは、何かしら有意義な報告があると期待していいのだろうな?」
「どうぞ落ち着かれてください。話は順序立てて進めましょう」
どうやらこの定例会、仲良く食事を楽しむだけの集まりではなかったらしい。刺すような視線が交差し、広間には冷たい閉塞感が漂う。まあ、いつエクストラに襲われるかも分からないあの森と比べれば私にとっては穏やかなものだ。
ともかく。
いつものんびりとピアノを弾いているリダが、この話し合いの核であることは確かだった。
私はその日『羽化計画』の全容を知った。
その前に、ネイヴルの成り立ちについて話しておこう。
共喰いで生きる虫、エクストラ。
ある日その中に知性を持つ種が現れた。その種は体が弱く常に狩られる立場にいたが、互いに意思疎通できる極めて高い知能と、人間に擬態できる特殊な能力を持っていた。
一度人間の姿になれば元には戻れないが、いくつかの器官や性質は受け継がれる。人間の何百倍も優れた動体視力、電柱を飛び越えられる跳躍力、ビルの屋上から飛び降りても平然としていられる身体。そして、空気の振動を読み取り離れた仲間と意思を通わせる感知能力。
人間に擬態したエクストラは、自らを「ネイヴル」という新たな生き物だと位置づけた。つまりは我々のことだ。
しかし、ネイヴルになってもエクストラを食べなければ生きていけない。
ネイヴルは人間社会に溶け込み兵器を生み出した。エクストラを狩る理由を人間に納得させるため、エクストラの体液を燃料とした発電システムを構築した。森よりもはるかに安全な「保護区」という囲いが完成し、数百年のあいだ平和を保っている。
安全の次に求めるのは、安定だ。
エクストラの体液が燃料になるなら、我々ネイヴルの血もまた同じ。
だが、我々が血を流す必要はない。
人間をエクストラへ転化させることができるなら──その役割を担うのは人間でいい。
リダの血は燃料になる。
肉は食料になる。
彼の生還をただの偶然で終わらせず、人間をエクストラ化する手段が確立できれば。
人間が人間を産み続ける限り、燃料と食料が尽きることはない。
それが、羽化計画である。




