EP3 『岩虫』(いわむし)
本部から整備ハンガーへと続く薄暗いトンネルで、レールポッドがきしみながら加速する。座席から伝わる小刻みな震動が全身を揺さぶった。
「二十年も森にいたの!? すごぉい!」
移動中は、内臓がわずかに後ろへ引っ張られる感覚がある。人間化した肉体は、慣性や気圧の些細な変化を余計な雑音として神経へ伝えてくる。不便だが、一生この身体と付き合っていくのだから慣れるほかない。
「それにしては普通に話せてて凄いよ。私なんか言葉は一か月かかったし、最初の一週間は食事も上手にできなくて点滴だったでしょ、それに歩き方も下手くそだって言われて毎日練習してたし──」
今日は初めての捕猟任務だ。
私の隣にはニッキーという騒がしい女が座り、向かい側にはアッシュとディールがいる。捕猟は常に四人で行われ、ここでは十数名しかいないパイロットが交代制で任務についていた。
減速のショックとともに安全バーが開き、冷えた機械油の臭いが鼻をつく。
格納庫には、すでに四機のMeXRが並んでいた。いずれも実戦での擦り傷や泥汚れをまとい、くたびれた光沢を放っていた。
EP3 『岩虫』
「狭いと思ったら遠慮せずに言えよ、ノイ」
タラップを登る直前、アッシュが声をかけてきた。
新人パイロットを迎えるのは数年ぶりらしく、今朝からこちらの装備や体調について過剰なほど確認を繰り返していた。
「調整は済んでいる」
「座席の後ろのボルトを緩めればちょっとは下がるから。ほんとにちょっとだけど」
「了解した」
短く返し、狭苦しいコクピットへと身を滑り込ませた。
分厚い鉄板に囲まれた空間は、パイロット一人が収まる限界の寸法で設計されている。誰がどう見ても「狭い」だろうが屁理屈は言わないでおく。ハッチが閉まると、正面に配置された小型モニターの光がぼんやり浮かび上がるだけの空間になった。
通信回線を開く。手元のスピーカーから微弱なホワイトノイズが漏れた。
《Mediator、出撃準備に入ります》
整備班からだ。この機体がMediatorという名称であり、それがそのまま、私個人の名を知らない者たちにとっての私の呼び名になっていた。
教えられた手順通り右手の混合バルブを開き、コンソール脇のレバーを一段下げる。
「点火準備」
《点火どうぞ》
キックペダルを勢い良く踏み込むと、エンジンが重い音を立てて動き出した。落石のような唸りがシート越しに背中に伝わる。
「クラッチ接続完了」
《はい、回転よし!》
「油圧開通」
《ラインクリア、加圧確認してください》
床面のバルブを押し込むと、配管を通る油の音とともに圧力計の針が上がった。沈み込んでいた脚が伸び、視界が数十センチ持ち上がる。
《Mediator、拘束アーム解除します》
ガコン、とくぐもった衝撃が伝わる。格納庫のシャッターが嫌な金属音を立てながら開き、射し込む朝の光でモニターが一瞬、白く飛んだ。
《全機、搬出路へ。目的地は181番森林区》
小隊長であるアッシュの指示に従い、ペダルをゆっくりと押し込む。鉄の塊はぐらりと重心を移し、都市部では見られない大自然の赤土に私は最初の足跡を刻んだ。
午前六時十五分、181番の森。
晴れてはいたが、頭上を覆う枝や葉に日光が遮られ、森の深部まで届く光はわずかだった。踏み荒らされた草の青い匂いが、吸気フィルターの隙間から漂う。
懐かしい香りだ。森を離れてからそれほど時間は経っていないが、もう遠い昔の記憶のように感じられる。
《ノイアーくん、聞こえてる? 焦らなくていいからね》
今回、エクストラとの戦闘と無力化を担当するのは、先頭を行くニッキーとその斜め後ろにつく私だった。
《撃つときは立ち止まらないでね。あと、スコープを覗きすぎると足元に色々引っかかっちゃうから、照準環だけで合わせるといいよ》
《動きながら撃てってのは早いだろ~》
《そ、そうかな!? でも私が初日でできたくらいだしこんなの誰でも》
ニッキーとディールの言い合いが聞こえてくる。二人もまた、私を気遣うあまりか移動中から細かな注意を途切れさせない。
アッシュとディールの二人は後方に位置していた。
二人の機体は、背中と足腰に巨大な油圧ウインチと太径のワイヤーロープ、巻き取りアームを搭載した「エクストラの運搬専用MeXR」だった。自衛用のカービンを肩口に固定しているだけで、本格的な武装は無い。
《誘引剤、起動します!》
先導するニッキー機が立ち止まり、胸部から数匹の蜂を放った。
これはドローンというもので、音が蜂の羽音にそっくりだ。蜂といえば一度だけ、私の腹の下に巣を作られた時は大変な苦労をしたことを思い出す。寝ている間も巣を潰さないよう体を支えなければならず、しばらく寝不足に悩まされた。
破裂音とともに、エーテルの匂いが風下へ広がっていく。事前に先遣隊によって特定されていた三頭の群れを、障害物の少ない窪地へ誘い出す作戦だった。
やがて、コクピット内の共振ロッドが細かく震え出す。自身の触手をピンと張って振動を拾うと、周囲の木々の隙間や岩壁の位置が、見えずとも感覚としてとらえられた。
外部アンテナが拾った大気の揺れを、その通りコピーして伝える装置だ。我々はあまり視力が良くない。モニターの映像を見るよりも早く、密集した枝葉を裂いて走るエクストラの圧力が伝わってくる。
現れたのは、体長六メートル前後の成体が三頭。
《来た! ノイアーくん、威嚇でいいから右に一発入れてみて。進路をこっちに絞ろう》
「了解」
機体の重心を右脚へ乗せる。照準環を先頭個体の右側、立ち木が密集した方向へ重ね薬指でトリガーを引く。
重く鈍い反動の後、発砲煙がモニターの右上を覆う。30ミリ口径弾が幹をへし折り、飛散した木片に驚いた先頭の個体が中央の窪地へ進路を戻した。
《ナイス! あとは、えっと……》
「あとは?」
《お腹だけは撃たないように!》
ニッキーの機体が轟音を響かせ、両脚のタイヤが土と小石を巻き上げた。
飛び出してきた二頭目の側面に機体を滑り込ませると、彼女はゼロ距離から左腕のニードルガンを撃ち込む。その後すぐに、左肩のカービンを何もいない方向めがけて撃ち、反動を利用してニードルガンを引き抜いた。
エクストラは鳴かない。標的は静かに草木の上に伏した。
ニッキーは後退しながら、すでに主砲の銃身を三頭目の脚の付け根に向けている。発砲音と共に関節部を破砕された個体はバランスを崩し、自重を支えきれずに横倒しとなる。ニッキーは一体目と同じく頭部にとどめの杭を打ち込んだ。
三体目は我関せずと誘引剤に向かっていく。
私の正面を横切る形になったため、シミュレーターの記憶通り移動先に向けて二発撃ち込む。一発は岩に弾かれ、もう一発が後肢の付け根を貫通する。動きの鈍ったところへ、すでに背後へ回り込んでいたニッキーが頭を撃ち抜いて処理を終えた。
接敵から制圧まで一分と四十五秒。
《状況終了。回収どうぞ~》
ニッキーの合図とともに、後ろに控えていた二機が前進した。
絶命した三体のエクストラは、残った肢を動かし続ける。彼らは体内に驚くほど大量のエネルギーを蓄えた生物だ。頭部を失っても各所の神経節は独立して生きており、死を理解できない体は無意味に土をかきむしっていた。
アッシュとディールは、左腕のグラップルを駆使して肢を一本ずつ引き抜いていく。甲殻や筋線維の千切れる音が不快だったので、私は共振装置を切って一息つく。
《ノイアーくん大丈夫?》
「問題ない」
《よかった。ちゃんと肢に当ててたじゃん! きっと私なんかより凄いパイロットになるんだろうなぁ、ちょっと寂しいなぁ》
ニッキーは、回収作業中の二人の周囲を警戒しながら言った。
アッシュが腰部のウインチを展開し、関節の隙間へアンカーを射出した。ズシュ、と粘度のある音が響き、返しのある爪が外殻に食い込む。
《よし、行こう》
モーターの甲高い起動音が鳴り、ワイヤーがピンと張り詰める。ディールも手際よく残る二頭の胴体へワイヤーを繋いだ。泥まみれの巨体をずるずると引き寄せ、私たちはそのまま森を出て次の場所へ向かう。
保護区と森の間に位置する加工施設。
数名の職員が我々を出迎えた。コンクリートで固められた搬入口へ移り、運んできたエクストラをコンベアの上へと滑り落とした。機体から降りたアッシュが職員と一言二言交わす。それで作戦は終了した。
◇
整備班と機体の状況を軽く打ち合わせた後は、再びレールポッドで本部へ戻る。
休憩もそこそこに作戦室に集まった。アッシュは椅子に腰を下ろし、冷めた茶の入ったコップに口をつけた。
「ノイが変に突っ込まない奴で助かったよ」
「何もしていなかったが」
「そりゃ初日だし」
「使えない奴は切り捨てる、とでも言われるかと」
横で聞いていたニッキーが吹き出す。
「あはは、私たちにそんな権限ないよ」
壁のモニターには、今日の成果と保護区全体のエーテル残量グラフが表示されていた。アッシュは「まあ見ての通りだけど」と、下降の一途をたどる線を見つめる。
エクストラ一体から採れるエーテルは400リットル。ここ第2保護区の一日分の電力を賄える、とどこかで聞いた。ディールは「何百年前の話だよ、それ」と笑う。
「今は全然違うよ。第2だけでも一日に2千リットル必要だ」
「毎日、最低でも五体狩らないといけないのか?」
「そういうこと」
「また捕猟に行くのか?」
「冗談言うなよ、今日はもう疲れた」
私のせいでノルマに達しなかったのだとすれば、少しは罪悪感を覚える。アッシュは「そう気落ちするな」と書類を置いて手を叩いた。
「それでも今冬は乗り切れる見込みだ。俺たちは何よりも安全第一で仕事に励もう」
ニッキーが「はい!」と無邪気に答える。次の出撃は三日後、さすがに今日のように三体しか捕まえられない事態は避けたいところだが、時には先遣隊の報告が誤っていたり天候の影響を受けたりし、一体も捕獲できずに帰ってくる日だってあるようだ。




