EP2 『同類』(どうるい)
ニッキーは確かにちょっと変わった子だが、MeXRの操縦技術に関しては可能性を感じている。そんな将来有望な後輩の面倒を見てやるのも先輩の務めだと思い、そして休みの日も常に一人でいる彼女が気の毒だったので地上へ連れ出すことにした。
変な猫耳のついた帽子を被ってきたので、どこに売ってんだそんなもんと思いつつ「可愛いじゃん」と褒めると、「そうだよね、ごめん!」と真っ青になって帽子を脱ぎ捨てる。彼女の奇行にいちいち理由や意図を求めるのは無意味なため、そのまま近くのカフェに行った。
「どうよ調子は」
「あ、あのさぁそれよりも、私みたいな不細工でつまらない女と一緒にいて辛くない? ほら私って面白い話できないし流行りとかも全然知らないし、私なんかよりアッシュ部隊長やビスタさんやディール君と一緒にいるほうが楽しくない?」
「そりゃそうだな」
「ケーキ美味しいね! こんなものを食べさせてもらえるのに私は迷惑かけてばかりだし、早く一人前にならないといけないのにいつまでたっても──」
会話が必要な場所を選んだのは間違いだった。
変な服が好きそうなので古着屋でも巡ろうかと店を出る。賑やかな通りの真ん中で彼女は膝をつき、「ごちそうさまでした」と言って、額を地面に擦り付ける完璧な土下座をしてみせた。
EP2 『同類』
「で、帰ってきたのか」
思いのほか早かった帰りの理由をビスタに聞かれたので、一部始終を包み隠さず話す。
「ニッキーの何が良いんだ?」
「パイロットとしての将来性は感じる」
「それ以外は?」
俺が「ない」と即答すると、格納庫にはビスタの笑い声と、工具が装甲を叩く金属音が響き渡った。
MeXRの整備はパイロットの仕事ではないが、非番の日も気晴らし程度に触ったりはする。整備用スタンドに立ち、装甲板の隙間にペンライトを差し込んで亀裂を入念に見回した。
「ニッキーは年下なんだっけ?」
「そう」
「どっちも?」
「そう、どっちも」
俺たちの年齢には二種類ある。ニッキーは、来齢も生体年齢も俺より若い本物の年下だ。
来齢とは「人間化して何年が経過したか」。歳を聞かれればまずはこっちを答える。
対して生体年齢は「見た目の年齢」のこと。俺たちは赤ん坊として繭から出てくるのではなく、何歳の状態で生まれるかには個人差があった。人間社会に溶け込むためには、人間にとって何歳に見えるかも重要な指標になる。
つまりネイヴル社会には、自分より見た目が年上でも来齢の若い奴が存在するわけだ。今まさに隣にいるビスタもそう。こいつは生まれた時からおっさんだった。
「若いのが羨ましいよ」
「そうか? 生意気なクソガキとしか思われない」
自分でコントロールできないとはいえ、俺は十二歳という異例の若さで生まれてきた。ネイヴルの老化は人間の三倍遅く、十八年たった今の俺の生体年齢は十八歳になる。
そう、今年は俺にとって一生に一度の「来齢と生体年齢が一致する年」だ。
誰も祝っちゃくれないけど。
「あんまりニッキーみたいなのに入れ込み過ぎるなよ?」
「そういう言い方すんな」
「お前は優しいからな~。おじちゃん心配だよ」
だからって彼女を放っておくのはだめだ。まあ、あんな振る舞いを一体どこで覚えたのかは謎だが……。地上で変な映画を見たとか、人間の作る変なドラマに影響されたとかそんなところだろう。
ニッキーの才能はずば抜けている。じゃなきゃあの若さで、それも身体的なハンデのある女でパイロットには抜擢されない。人間化して早々に男の集団に放り込まれたせいで孤立してしまったと考えると、なかなか可哀想に思えてくる。
◇
吐き出す息から温もりが消え、朝はベッドから出るのが億劫になっていく。鉛色の雪に閉ざされる日々がもうすぐそこまで来ているのを感じる。
「パラド、最近よく出かけるな」
非番の日。
地上へのエレベーターを待っているとビスタが声をかけてきた。
「今日もニッキーと一緒?」
「違う。地上に同い年のネイヴルがいたんだよ」
「へえー、来齢がお前と同じなんて珍しいな」
ビスタの言う通りだ。俺たちにとって同い年とは同じタイミングで孵化したということ。親近感は湧く。
「なんて奴?」
「リダ」
ビスタは「聞いたことないな」と肩をすくめる。
あいつとの出会いは中心街にあるジャズバーだった。音に誘われ中へ入ると、偉そうな男に営業時間外だと言われた。
音よりも気になったのは、それを鳴らしていた男のほうだ。
彼は間違いなく"同類"だった。この区域に住むネイヴルの顔は大体把握しているつもりだが、彼の顔を見るのは初めてだった。
リダの働くジャズバーは従業員も客も人間ばかり。
地上で生きるのは不都合も多いだろうに、人間に紛れて人間らしい生活を送っている彼には感心した。
とまぁ、俺とリダの出会いは本当に偶然だったが、運が良かったのか悪かったのか彼こそが俺たちのターゲットだった。
『エーテルを飲んで生還した人間がいる』
そんな噂を聞いたのが半年前のこと。
いつの出来事なのかも分からず、手がかりは「ルースという名の少年」だけ。本人やその両親の行方を知る者はいない。どこの病院にも記録が残っておらず、治療すら受けていない可能性もあった。
俺含めほとんどのネイヴルが半信半疑だったが、ついにマリセラが見つけた。
──そして今に至る。
病院を出た俺はマリセラとすれ違い、リダという一般市民のネイヴルに追跡を頼んだと告げた。あの時の俺の脳内ではリダとルースが別人だったんだからしょうがない。マリセラに「そいつがルースだ」と怒られ、ようやく事態を飲み込んだ。
「お前、ルースと知り合いだったのか?」
マリセラはため息と共に煙草を咥える。
そうだ。
俺、あいつの家も知ってるし合鍵も持ってるじゃん。
かなりファインプレーじゃないか。
合鍵を見せるとマリセラの不機嫌そうな表情が元に戻った。リダを取り逃がした失態はこれでチャラにしてほしいところだ。煙草を一本寄こしてきたのでありがたく頂いた。
「あいつが元人間だったとは。全然分かんなかったや」
「人間がエーテルを飲んでエクストラ化した前例のない事案だ。調べたいことは山ほどある」
「変な実験とかは勘弁ですよ」
「可哀想か?」
そりゃそうだろう。人間は言ってしまえば、エクストラの種内競争に巻き込まれているだけに過ぎない。こう見えて俺は人情深いんだ。人間は保護区という平和な檻の中で、何も知らないまま老衰で死んでほしいと思っている。
もっとも、リダを確保しなければいけないことに変わりはない。
エクストラ化したあいつの体液は、エーテルだ。
俺たちと同じように、唾液や血液には人間を殺す力があるということ。しかも本人に自覚なし。周囲に被害が広がる前に早急に事実を教えてやらないといけない。
「敷地内は禁煙です。お客様」
駐車場にあの医者がやってきた。
リダが足しげくこの病院に通っていたということは、誤飲時の処置もここで行ったに違いない。もちろんこの病院にも過去に問い合わせたがそんな患者の記録は見当たらなかった。内部の誰かが意図的に消した可能性も、ないとは言えない。
「……失礼。吸わないと落ち着かないもので」
「私が診て差し上げましょうか?」
「治す気はありません」
マリセラもこの医者は疑っているに違いない。当たり障りのないやり取りのあと、マリセラが「お騒がせしました」と一方的に会話を切り上げ俺たちは病院を後にした。
あの人間の医者にはこれ以上、俺たちの事情に踏み込んできてほしくはない。リダにとって特別な人間を、こちらの都合で処分しなければならなくなってしまう。




