EP1 『ネイヴル』
保護区の外に広がる森にはエクストラという巨大な蜘蛛が生息している。
奴らは同種を捕食することで生き延びる生物だ。
ほとんどの虫がそうであるように、家族や友情といった概念はなく、互いに喰らい合って強い個体だけが生き残る。
そんな中、ごく稀に例外が生まれる。
高知能種。またの名称を『ネイヴル』。
仲間を認識し言葉を理解し、因果関係を把握できる知能を持った個体だ。
その代償に、体は小さく力も弱い。
強さがすべての森では常に狩られる立場にある。
しかしネイヴルはある特異的な能力をもってして、森ではない場所で今も生き延びている。
EP1 『ネイヴル』
煙臭い鉄の街を出て、荒涼とした大地を進む。
190番の森で「繭」が見つかったという報告を受け現場へ向かっていた。俺の機体を先頭に、同僚のビスタとディール、最後尾には部隊長のアッシュが続く。
《この辺りのはずだけど》
目的地付近の森でアッシュから通信が入った。
やや困惑しているのは、報告にあった繭がどこにも見当たらないからだ。付近に潜むエクストラを警戒しつつ俺たちは捜索を続ける。
鋼鉄の脚が草を踏み、地面にベース型の足跡が連なった。
ネイヴルが発明した兵器「MeXR」は、対エクストラ用の二足歩行兵器だ。
保護区の外では搭乗必須。生身ではとても野生のエクストラに太刀打ちできない。
《あったぞ》
ビスタから通信が入る。
全員が彼の元に集まった。
木の幹にこびりつくように、白い膜に覆われた綿状の繭があった。ただし中身は無残に食い荒らされている。
《……遅かったか》
スピーカー越しに、ため息が重なった。
繭の回収は失敗に終わった。状態を見るに捕食から数日は経過しており、急いだところで間に合う話でもなかった。
高知能がいつどのようなきっかけで繭になるのかは分からない。俺たち自身もまさにその過程を経て人間になったわけだが、「ふと気づくと繭の中にいた」と言う者が大半だ。意識だけが何者かに乗っ取られたような不可解な感覚……とにかくその繭の中で、ネイヴルは約一か月かけて徐々に人間の姿に変化する。
森で繭が見つかると俺たちパイロットに回収命令が下る。できれば孵化する前に保護したかったが今回は残念な結果に終わった。
《ここら辺にしよう》
森の中、開けた場所で立ち止まった。
任務はこれで終わりではない。ビスタがドローンを射出し、生い茂る木々の間に誘引剤をばらまいた。
エクストラが少ないこのエリアを捕猟で訪れることはあまりないが、手ぶらで帰るわけにはいかない。一体でも捕まえて帰ろうということになった。
しばらく待っても獲物は現れず、場所を変えて再び誘引剤を撒く。
濃縮されたエーテルの匂いが辺りに立ち込めた。
《腹減ったなぁ》
誰に向けてでもなく、ディールが呟く。
エクストラをおびき寄せる匂いなのだから、それは俺たちにとっても同じことだ。確かに食欲はそそられる。その後も移動と索敵を繰り返し、ようやく現れた一体を今回の標的とした。
エーテルが詰まった胴体を傷つけないよう頭や肢を狙って撃つ。前肢二本を粉砕し、ひっくり返ったエクストラの中間肢と後肢も破壊した。生命力が強く、胴体だけになってもしばらくは生き続けるが、肢さえ潰してしまえば運ぶ分には困らない。
《よし。急ごう》
周囲を警戒していたアッシュが言う。
他のエクストラが集まって囲まれる前に、ここから脱出する。
500kgある体を運ぶためにもMeXRは欠かせない。
ディールが搭乗するのはエクストラの運搬用に作られた機体だ。戦闘用の俺とは違い、燃料をたっぷり積んでいて馬力もある。もぞもぞと蠢く巨体にアンカーを打ち込み、引きずりながら森を抜けた。
捕獲したエクストラは体液を抜かれ、残った体は俺たちの食事になる。
いくら人間の姿をしていようと俺たちはエクストラだ。エクストラを食べなければ生きていけないことに変わりはない。人間の食事──動物の肉や野菜でも腹は満たせるが、それが栄養になることはない。
獲物を囲むように位置取りながら、俺たちは来た道を引き返した。
◇
「今日は繭の回収じゃなかった?」
パイロットのニッキーは、帰還した俺たちに水を配りながら言う。
「繭がやられてたんだよ」
「なるほど、それで捕猟に切り替えたのね! 凄すぎ! 私だったらそのまま帰ってきちゃう。やっぱり男の人は気が利いてて余裕があって、私なんかとは違うね」
今日の捕猟のおかげで、明日予定されていた任務が中止になったことをニッキーは喜んでいた。彼女は、俺たちがどれだけ優秀か、それに比べ自分はいかに操縦が下手で使えないパイロットかをひたすら語り始める。
付き合っていると長いので、早々に切り上げて作戦室に向かった。
問題は山積みだ。
増え続ける保護区の人口に対してパイロットの数が足りていない。今後数年分の燃料は確保されているものの、このままでは近いうちに需要と供給のバランスは崩壊するだろう。燃料価格の値上げで消費を抑えるのも単なるその場しのぎだ。パイロットを増やさなければ根本的な解決には至らない。
「第1保護区のARWが、エクストラを"養殖"しようとしてた話あったじゃん?」
書類を手にしたアッシュが言う。
「あれ、やっぱりだめだったみたいだ。水が足りないらしい」
「水が?」
危険だとか手間がかかるとかじゃなくて、水?
「エクストラって、めちゃくちゃ水を飲むんだよ。まともに育てようとしたら俺たちの飲み水がなくなるんだってさ」
「排水を飲ませりゃいいじゃん」
「そんなもん飲んで育ったエクストラは食べたくないだろ」
「俺は別に気にしねえけど……」
ビスタとディールは「俺たちは嫌だ」と口を揃える。
「まあ結局は、素直に捕猟したほうがマシってことだ」
アッシュは書類を放り投げ、椅子にどかりと腰を下ろした。作戦室には諦め混じりのため息が広がる。
「そういや……『羽化計画』ってどうなってんの?」
ディールがさりげなく尋ねる。
「全然進展なし。SQRは不可能だって結論を出してるけど、ARWが納得してくれない」
「やっぱりそうか……」
「"人間をエクストラに変える"なんて、本気で考えること自体馬鹿げてる。それなら養殖のほうがまだ現実味があるよ」
お偉いさん方は次から次へと無茶苦茶なアイデアばかり出す。
養殖だの羽化計画だの……最終的にはどうせ「パイロットが頑張るしかない」に行き着くんだから、素直にパイロットを増やせばいいのに。
「このままいけばあと三、四年で供給限界を迎えそうだ。そうなれば、計画停電や燃料の配給制を実施することになる」
「……明日も捕猟に行った方がいいんじゃねえの?」
働きたくはないが、なんとなく焦る気持ちはある。
アッシュは俺の提案をはねのけた。
「頑張るとそれが普通になるぞ。俺たちが必要以上に身を削ったって、上は"できるなら常にやれ"としか思ってくれない」
「でも、燃料は足りないんだろ?」
「その解決策を"パイロットがもっと働けばいい"にしちゃいけない」
……ま、別にいいんだけどさ。
俺たちパイロットは、狭苦しいコクピットの石みたいに硬い座席で、ケツを痛めながらエクストラを狩り続けるだけだ。
そういうわけでもうお分かりだろうが、ネイヴルの特異的な能力とはつまり「人間に変容」できること。
理屈はいまだに分かっていないが俺たちはそれを受け入れ、人間社会に溶け込んで日々懸命に働いているというわけだ。




