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エクストラ  作者: にしちば2000
Chapter2 リダ
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12/25

EP7 『第一歩』(だいいっぽ)

 車は早朝のコライユ市を走る。

 無言の空間が気まずく、何でもいいやとCDの再生ボタンを押した。運転席のザンクが「アンバーガールズじゃん」と反応する。


「知ってるんですか?」

「あいつがよく聴いてる」


 片手に持ったパンは、リビングにあった紙袋から取り出したものだ。僕もひとつ貰った。


「彼女のことが好きならもっと大事にしてあげた方がいいんじゃないですか?」

「好きではない」

「それならなおさら、勘違いさせてもてあそんで可哀想だと思わないんですか」

「……ふむ」


 ちょっと生意気だったかと思ったが、彼は黙々とパンを食べ進める。


「あなたにとって、アビゲイルは何なんですか?」


 ザンクはしばし考えこう答えた。


「捨てても捨てても戻ってくる呪いの人形」


 またも反応に困る言葉に、「ほお……」と空気の抜けるような声しか出せなかった。

 やはり複雑すぎる。

 車内に響く曲は、キャッチーな女性ボーカルが「私は私らしくいよう」的なことを歌っている。人類は皆、このポップソングみたいにもっと単純になるべきだ。そう思わないか。






EP7 『第一歩』






 保護区の中央部は鉄が何層にも積み上がった迷宮だ。

 道もどんどん狭くなり、絶対通れないだろという場所もガリガリザリザリと不吉な音を立てながら、ザンクはお構いなしにハンドルを切る。車の持ち主スオミにはあとで土下座だ。


「局長! お久しぶりです!」


 錆びれた立体駐車場に着くと、管理人が「お元気そうで何よりです。パスをお願いします」とにこやかに歩み寄った。


「実はもうSQRにはいないんだ」

「そうでしたか! 今はどちらに?」

「どこにも。だからパスが無い」

「そうなりますと、私の権限では通すことが……」


 眉を寄せる管理人に、ザンクは「仕事熱心で結構」と柔らかく答えた。


「マリセラに繋がるだろ? "ルースを連れて来た"って伝えてくれ」

「少々お待ちを」


 管理人は掘っ立て小屋に戻る。数分後、「お通りくださーい」という声とともにシャッターが開いた。


「局長、これはマリセラ統括官からの伝言です。言われたことをそのままお伝えします。『三十分後に戻る、逃げるなよ』とのことです」

「……もう局長じゃない」

「はは、大変失礼いたしました」


 シャッターの耳障りな音が止み、目の前には一面の闇が広がる。

 ああ、ついに来てしまったんだな。

 こいつも実はお偉いさんだったみたいだし今さら何が起きても驚かないけど。


 車は闇に吸い込まれ、ガコン、とタイヤが固定された振動が走る。エンジンを切ると音楽が途切れ、車内にふっと静寂が訪れる。

 直後、暗くて何も分からないが急速に落ちるエレベーターに乗っているような浮遊感を味わった。ほんの十数秒だったが内臓が浮くような違和感が気持ち悪い。正面のシャッターが開くと、明々と照らされた無機質な通路が現れた。


 ザンクは再びエンジンをかけ、だだっ広い空間を進む。

 都市の真下にこんな場所があったとは。適当なスペースに車を収め、相変わらず説明もなしにどんどん先に進むので僕も車を降りて後を追った。放水路のような空間には、換気ファンが遠くでゴウゴウとうなる音が響いていた。


 半円状の自動ドアが開くと小綺麗な通路に出る。振り向いたザンクは「ようこそSQRへ」と出会って初めての笑顔を見せ、僕も思わず微笑んでしまったが不安が煽られるばかりだ。

 入り口には看板も何もない。SQRの本部とは、世間一般には保護区の中央にある高層ビルのことを指すが実態は異なるらしい。もう後戻りはできないんだろうなとこの時感じた。


 通路を進むにつれ人々の話し声や足音が大きくなった。やってきたのは病院の待合室のようなスペースで、窓口で立ち止まったザンクが何か言う前に受付の女性が反応した。


「お久しぶりです、ザンク。統括官から聞いています」

「じゃあ用件だけ。駐車場の3番にゼロライン・モーターズの白のブランが停まってる。今から言う場所まで持って行ってくれ」

「かしこまりました」


 ザンクは僕に「ほら」と促す。

 スオミの家なんて知らないので病院の住所を伝えた。てっきりザンクが持って行ってくれるものと思っていた僕は、知らない人間に車を渡すのが不安だったが彼がキーを差し出すのを止めはしない。ここは完全アウェイ、抵抗は無駄だ。


「あとこれ」


 次にザンクは、ポケットから空のパウチを取り出しカウンターに置く。僕が飲まされたやつだ。


「ヴァルミリン150ml、こいつに投与した時間を書いてある」

「お預かりします」


 受付の女性は耳を押さえる。


「こちら管理センターから対策局、管理センターから対策局。転(・)化(・)体(・)がネストAで待機中です。対応をお願いします──」


 僕の理解は後回しに、事はとんとんと進む。

 ザンクは「じゃあ俺はこれで」と軽く片手を上げた。


「ええっ!?」

「礼はいらない」


 違う、それはありがたいがそうじゃない。

 こんなでも唯一頼れる人だし……。


「ほ、ほら、マリセラって人が来るまでいた方がいいんじゃないですか」

「お前に言われる筋合いはないだろ」

「そうですが……でもあなたはどうやって帰るんですか?」

「電車でもバスでも何でもいいだろ。お前があの車で行けって言うから乗ってきてやったんだろうが。それとも歩いて帰れってか」


 お怒りはごもっともだ。結局他人にスオミの車を任せることになるなら、彼の車で来ればよかった。人の言うことは聞いとくもんだ。


「頑張れよ」


 ザンクは僕の肩を雑に叩き、引き留める間もなく行ってしまった。


 ぞろぞろと人が集まり始めた。

 その中でも一際うるさい、聞き覚えのある声で、


「リダ! ついに来たか!」


 と走ってくる奴がいた。


「パラド!」


 こんな状況で知り合いに会うと安心する。相手がこいつだったとしても。


「お前が"ルース"だったんだな! なんで嘘ついた? いや、お前の気持ちも分かる。とにかく無事でよかった」


 嘘をついたのは事実だが正当防衛だ。

 僕はこれまで、加害者にも被害者にもならないようにと心がけて生きてきた。僕だけに限った話じゃない、平穏な人生を送りたいと願う人なら誰でもそうだろう。

 土足で踏み込んできたのはこいつらだ。


「パラド、頼みがあるんだ。オーカーや店の皆が心配してるかもしれない。僕は大丈夫だって伝えてほしいんだ」

「もちろん」

「最近わけの分からない奴らばっかりで、まぁ君もそうなんだけど」

「何だと」

「君にしか頼めない……」


 ここがどこで今から何をされるか、僕自身の心配もあるがそれよりも大事な願いだ。パラドは「大丈夫だ」と僕の肩を掴んだ。


「俺たちが何百年、正体隠してきたと思ってる」


 周囲では、ここの職員であろう人たちが僕とパラドを遠巻きに見ている。


「あれが例の」

「統括官が偶然、駅で見つけたらしい」

「さすが統括官だ」

「処理したほうがいいんじゃないの」


 野次馬の中の一人が「統括官!」と叫ぶとざわめきが静まる。視界に映った時計は、立体駐車場での出来事からちょうど三十分後を指していた。

 マリセラは人波をかき分けてこちらに歩み寄る。昨日、電車の中で具合が悪くなった僕は彼に拉致されかけた。短い逃走劇だったな。


「まあ、そんなに心配すんなよ」


 パラドは僕の肩へ置いた手に力を込めた。お客様は神様だと客側が言うのに違和感があるのと同じだが、唯一の味方(っぽい存在)の機嫌を損ねるのは得策ではなく、喉まで出かかった「お前が言うな」を飲み込んだ。


 白っぽいコンクリートの円形トンネルが、どこまでも続いている。

 僕はマリセラの後ろを歩く。彼はすれ違う職員と挨拶を交わすこともなければ、雑談程度の施設案内をすることもなくただ先を行った。

 暖色の照明がアーチ状の天井をなぞるように照らし、中央を貫く水路に光を滲ませている。水面をのぞき込むと、隣を歩くパラドが「汚いから落ちるなよ」と言った。底のタイルが見えるほど澄んでいるが、強力な消毒剤の含まれた洗浄液だという。地下全体を漂うツンとした臭いの正体はこれだったようだ。


「困難を、乗り越えて、星々へ……」


 ふと目についた看板の文字を呟いた。

 場違いなボロボロのトタン板が立てかけてあれば嫌でも目を奪われる。近づいてよく見るとその文字は錆(さび)を削って書かれていた。これが何かをパラドに聞いても「俺にもよく分からん」と首をかしげられた。


 地下空間は無機質とはいえ、地上とは違いゴミもネオンも絡まり合ったケーブルもない洗練された雰囲気だというのに、錆びたトタン板が放置されている光景は奇妙だった。



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