1章の6 王弟と王の乳兄弟
ラシードは物陰からダレイスの家の出入り口を見張っていた。
「お知り合いとは、奇遇なことです」
「向こうが覚えているとは思わなかった」
「あなたは覚えていたんですね」
アイディの意味ありげな台詞には、あえて答えなかった。
「彼女とタリクがアビアドに数日滞在していて、そのときに会ったきりなんだ」
けれど、忘れたことなどなかった。
あのとき彼女に会わなければ、きっといまの自分は存在しない。
あの家で見た瞬間に、彼女だとわかっていた。
ただ本当に、向こうが覚えているか自信がなかった。
彼女は彼より小さかったし、二日間だけ遊んだ相手のことなど、すぐに別の記憶に重ねられてしまうかもしれないと考えてもいた。
しかし、ファリーヤはラシードのことを覚えていた。
それがたとえこの瞳のせいだとしても――生まれてはじめて、この瞳に感謝したくなったほどだ。
手紙を書こうと何度も筆をとった。
だがまだ彼女は字が読めなかったし、手紙を送ったことで迷惑がかかってはいけないと考えて、実行することはなかった。
都に来てから何度かタリクを呼ぼうとしたものの、過去の記憶を美化しすぎているかもしれないと思い、幻が壊れるのを恐れるあまりそれすらもできなかった。
何もかも杞憂だったようだ。
少しだけ生意気な小さな女の子は、男装ながらも可愛らしい少女になっていた。
だが、気性はそのままに成長したようだ。
はっきりとした自分の意見があり、それを曲げる気はないらしい。
そして変わらず、青い瞳を恐れない。
「随分、女性関係が派手な魔術師のようですよ」
物思いに耽っていたラシードは、はっと我に返る。
「ファリーヤが、ダレイスの恋人のひとりということは?」
口にしながら、胸の奥にほんのかすかな痛みを沈める。
幼い頃の気持ちは、決して恋愛感情ではなかったはずだ。
それでも、ずっと支えにしてきた大切な思い出だった。
「ダレイスは確か三十前後。彼女はその半分ほどでしょう」
「ぼくより一歳下だから、十六歳のはずだ」
「世間的にまったくない年の差ではありませんが、可能性は低いですね」
「でも、商売の相手をしているくらいだからな」
「もしかしたら、ファリーヤ嬢が嘘をついているかもしれません。そうなれば、タリク殿が庇っている等、疑う必要性も出てきます」
「タリクは、兄上の信頼も厚い商人だと思っていたけど」
「疑わしいところはすべて調べるべきです」
生真面目な表情のアイディに、ラシードは皮肉な笑みを浮かべる。
「おまえがぼくを疑ったように?」
「いまでも疑っています」
「だろうね。おまえはぼくが嫌いなようだから」
「嫌ってはいません。信用していないだけです」
いまもし、サヒードに万一のことがあった場合、いまだ立太子されていないハリクは非常に不安定だ。
「となれば、真っ先に疑わしいのは、継承順位の高いあなたとイクレム様ですから」
「ぼくはぼくの無実を知っているから、一番疑わしいのはイクレムに絞られるよ。時間が無駄にならない」
「そう、願いたいものです」
アイディにしてみれば、イクレムの尻尾をつかむべく動きつつ、疑っているラシードと行動をともにしているという、なんとも不思議な状況だ。
しかしラシードは相手を違えようがないので、警戒すべきはひとりだけだった。
「ダレイスがイクレムと関わっているという情報は?」
「調べてみます」
「ああ。侍女のほうには身内がいない。いまのところ手がかりはダレイスだけか」
「はい。陛下やワクト様は、王宮内のほうを調査しているとこのことです」
できれば手をつけたくないが、自分の思い出を守るより、王家の壺を見つけだすことのほうが大切だ。
「しばらく、ファリーヤを見張ろう。ダレイスの行き先を知っているかもしれない」
ラシードの決定に、アイディは小さく頷いた。
基本的に水曜日と土曜日に投稿しています。
よろしくお願いします。




