1章の5 実は再会
「ただ目が青いだけじゃない。そんなもので呪えるもんですか」
そんな予想外の反応に驚いたのか、少年がかすかに目を見張る。
確かに、この国では黒髪黒眼以外の色を探すほうが難しい。
加えて、青い瞳には魔力があると言われる――眼差しだけでひとを殺せる、と。
迷信深い遊牧民や、定住民でもまだそんな考えを持っている者も多いが、ファリーヤはまったく怖くない。
少しだけ異国の血が入っているような風貌は、きっともう少し幼ければ少女と見紛うほど綺麗なものだ。そこに、空のような青い瞳は違和感なくはまっている。
昔、同じような瞳を見たことがある。
彼は、去年の今頃、帰ってきていたはずだ――。
「て、ええと……? ラシード、て言った? もしかして、アビアドにいたことある?」
「――あるよ」
「じゃあ、あたしのこと、覚えてない? ファリーヤよ。タリクの孫。二日遊んだだけだから無理かもしれないけど」
身を引いた少年は、男装の少女を眺めやる。
「『どうして?』ばかり言っていた、ファリーヤ?」
「覚えてるのはそこなの……。まぁでも、そのファリーヤよ」
子供の頃の話題に複雑な表情を浮かべる少女に、ラシードの口元に堪えきれないような笑みが広がる。
「きみのことは覚えている、けど。その格好は何?」
魔術師の関係者と思えばこそ、常識と異なる姿も放っておいたが、知人ともなれば気になるのだろう。
「男装のこと? いつもこんな感じよ。動きやすいから」
そんな言葉が終わるや否や、控えていた青年が限界だとばかりに口を挟んだ。
「無礼は承知で失礼します。お知り合いですか、ラシード様? タリク殿というと、あの大商人の? 間違いなく、タリク殿の孫娘殿?」
「ああ、保証する」
そうして青年はファリーヤに向き直った。
「わたしは、アイディと申します。こちらはご存知のようですが、王弟殿下ラシード様」
はっきりと身分を告げられ、自分の礼儀が適っていないことに、ファリーヤもさすがに気まずくなる――子供の頃とは違うのだ。
「……えっと。殿下?」
「ラシードで構わないよ」
少年はそう応じ、少女は内心で胸をなでおろす。
敬称を使えと言われればそうするしかないが、きっと寂しく感じたことだろう。
「ところで。タリク殿が、ダレイス殿と懇意ということでよろしいのですか?」
身元が判明したからか、アイディの物言いが若干和らいでいる。
「よろしくないわ。お祖父様はダレイスが嫌いなの。あたしにも、ここへの出入りをやめて欲しがってるもの」
「祖父君の言いつけなら、守ったほうがいいんじゃないかな」
そんな意見にファリーヤは軽く肩をすくめる。説明すると長くなるのだ。
「こちらの店主は、魔術師だという話ですが、ご承知で?」
「ええ」
平然と頷くファリーヤに、アイディは問いを重ねた。
「では、あなたと魔術師とのご関係は?」
「しいて言えば、押し掛け弟子よ。なんなの、この訊問?」
「あなたが弟子? 魔術師の?」
アイディは問うだけで、答える気はないらしい。
「あのね。魔術師って言ったって、みんながみんな呪いとかするわけじゃないのよ?」
確かに、呪いをかけるだの、魔神を使役するだの、一般的には善良とは言い難い職業かもしれない。しかし、魔術の知識の中には他にも様々なものがある。
「ダレイスが得意なのは占いよ。悩めるひとにとって、占いは結構大事なの。それに薬は言うまでもないわね。最近は薬草茶を研究してるの。いまは珈琲が流行ってるけど、薬草をお茶にすれば、手軽に日常的に飲めるでしょ。仕入れはあたしがすることにすれば、あたしは商売の練習にもなるから」
ファリーヤは用意していた理由をすらすらと口にして、ふたりを見据えた。
「今度はあたしの番よ。あなたたちはここに何しに来たの? 客じゃないんでしょ? 女性を探してるってどういうこと?」
「その依頼はどこから?」
羊皮紙を目で示すラシードに、ファリーヤは吐息を漏らす。
「本当に知らないのよ。でも一ヶ月くらい前から、この羊皮紙はここにあるわ」
別件か、とのアイディの呟きを耳にして、ファリーヤはラシードに詰め寄った。
「女性を探してるって、王宮関係者の女性が行方不明なの? それがどうしてダレイスと関係してるってことになるの?」
しかし、ふたりは黙ったままだ。
「――もしかして、ダレイスが王女様でもさらったとか思われてる?」
「違うよ。女性は侍女だし」
「ラシード様」
制止するようなアイディに、ラシードは手を振った。
「手がかりは他にない。彼女の身元は、兄上も保証してくださるはずだよ」
アイディは、仕方ないとでも言いたげに大きく肩を上下する。
「このことは他言無用。念押しの必要もありませんでしょうが」
もちろん、とファリーヤが請け負うと、アイディは口を開いた。
「とある品が、紛失したんです。それが紛失したとなると、陛下の責任問題にもなりかねません。事は公にできず、ラシード様と陛下の側仕えのわたしだけで、内々に探している最中なんですよ」
「侍女を探してるんじゃないの? とある品って何?」
場に再び沈黙が落ちる。
ややあって口を開いたのは、沈黙の原因となったファリーヤだった。
「ひょっとしたら、この家にあるかもしれないでしょう? 物が分からなければ、探しようがないんだけど?」
「――壺です」
青年の短い言葉に、少女が探るようにゆっくりと問う。
「その壺って、もしかして、都の守護をしているっていう、魔法の壺?」
「ご容赦を」
ファリーヤはそれを、肯定ととった。
王家の壺といえば、都の魔物を一掃したという『魔法の壺』が真っ先に思い浮かぶ。
それは五年に一度の祭にはどうしても必要なものだ。
そしてその祭まで、あと一ヶ月もない。
「壺がないとか侍女がいないとかに、魔術師が関係しているっていうの? でも、都にいる魔術師はダレイスだけじゃないわ」
ファリーヤはそう訴えるが、アイディは首を横に振った。
「壺の紛失直後に姿を消した侍女がいるんです。おそらく何らかの事情を知っているでしょう。そして、その侍女らしき人影が三日前にこちらの店に入って行くのを、見ている人物がいたんですよ。その後、ダレイス殿の姿を見かけないとか」
「あたしが五日前に来たときには、別に変わった感じはなかったわ」
薬屋への客もいたし、占い希望の客もいた。
ダレイスはいつものように女性に対してだけやる気を出していて、ファリーヤはその都度小言を言っていたのだ。
「最近、侍女たちのあいだで、魔神の子だという魔術師の話も出たそうなんですよ。占いやお守りなんかを扱うと」
「まあ、そういうのもあるわね、もちろん」
「それに侍女には恋人がいたらしく」
「ダレイスがそうだっていうの? 最近恋人らしい恋人はいなかったと思うけど」
女性全般に優しいため勘違いされやすいが、特定のひとりと深い仲になったことはないはずだ。
ただ、厄介に巻き込まれることは多い。
特に女性が絡んでいるとなれば、状況証拠から見てもこの一件に関与している確率は限りなく高い。
「あ、そうだ。もしかして、これに見覚えってある?」
不利になるかもしれないと思いつつ、先程見つけた耳飾りを示せば、アイディが頷いた。
「ありますね。その侍女が同じ物を付けていました。これをどこで?」
「ここで、さっき」
件の侍女が恋人だったかどうかはともかく、この家に来たことは間違いないらしい。
「でもね? 壺を奪ってどうしたの? 王様を強請でもした? あの壺って、確か青銅製じゃなかったっけ? そんなに高く売れるとは思えないわ」
骨董価値があったとしても、国内で売りさばくことはできないだろう。
有名すぎる壺だ。
「いまのところ何の要求もありません。城壁門の門番に確認しましたが、それらしい人物の出入りはないようなので、まだ城壁内にいると思われます。隠れそうな場所をご存知ありませんか?」
「ダレイスの行き先? いるとしたら、どこかの居酒屋か娼館じゃないかしらね」
ファリーヤの口からさらりと出た言葉に、男性ふたりが目を剥いた。
「何? 娼館? ああ。はしたないってこと? あたしは酔いつぶれたダレイスを迎えに行ったこともあるし、知り合いもいるわ。そんなことでいちいち驚かないで」
男装している時点で普通と違う、くらいの認識を持ってもらいたいところだ。
アイディが気を取り直すように、咳払いをひとつする。
「しかし、一口に居酒屋か娼館と言われましても」
ある程度まとまって建っているとはいえ、都にも相当の店数がある――つまり、その情報はそれほど有益ではない。
「申し訳ないけど、どこの店にいるかまではわからないわ。内側のときもあるし、外側のときもあるから」
地道に探すしかないか、と呟くラシードに、アイディが小さく頷く。
「ファリーヤ嬢。門番には話は通しておきますので、もし何かありましたら、王宮にご連絡をお願いします。速やかに壺が戻れば、決して悪いようにはいたしません」
その口振りに、ファリーヤはかちんとして声を固くする。
「あなたたちは、その侍女がダレイスと一緒に逃げたって、思ってるのね?」
「可能性は高いと思っています」
「なくなったのは壺で間違いなのね? 壺だけ?」
「そうです。――こちらの魔術師は、不思議な道具の買い取りもしているとか」
どきりとして、ファリーヤはアイディを見やる。
しらを切っても無駄だろう。
「……どこから聞いたの?」
「秘密です。事実なんですね」
どうやら、口の軽い客がいたらしい。
「確かに、売りに来るひとはいるわね。でも大半が偽物よ」
「中には本物もあると?」
「そうね。たまにね」
「それは、どこへ?」
「ダレイスが、他へ渡すのよ」
「他とはどこです?」
ファリーヤはアイディを真っ直ぐに見やった。
「――秘密」
アイディはすっと目を細める。
「その先に、壺がある可能性もあるんですよ、ファリーヤ嬢」
「あら。残念ながら、その可能性は零よ」
もっとも、あの壺のことは、確かにダレイスも気にしてはいた。
しかし、こんな乱暴な手段に訴えるわけがないと、ファリーヤは確信している。
軽く睨み合うふたりに、それまで傍観に徹していたラシードが割り込んだ。
「零でも、確かめたいね。教えてくれないかな?」
「悪いけど、教えられないわ」
そしてファリーヤはラシードに視線を向けた。
「ねえ? ダレイスを探し出せば、全部すっきりするのよね?」
「……もしかして、首をつっこむ気でいる?」
「ダレイスは、知り合いだもの。濡れ衣なんて冗談じゃないわよ」
理由はそれで十分だとばかりに言い切ると、ラシードが幼子を相手にしているかのようにため息をついた。
「だからって怖い物知らずが過ぎるよ。きみは関わるべきじゃない。危険があるかもしれないし、知人が関係しているのならなおさら、冷静な判断はできないだろう」
「あなたたちは、侍女とか壺とかを探してるんでしょ。あたしはダレイスを探すわ」
少女は少年の青い瞳を、真っ直ぐに見ていた。
「ファリーヤ。ダレイスも探すようにするから。ああ、そうだ。商売の練習をしているのなら、母上のところに、適当に本でも届けておいてくれないかな」
「じゃあ、お祖父様にお願いしておくわ」
「きみの練習だろう?」
そう押しの強い笑みを浮かべて、ラシードはアイディを従えて立ち去っていった。
その背中を見送って、ファリーヤは深く息を漏らした。
まさかこんなところでラシードに会うとは思っていなかったが、あの青い瞳はよく覚えている。
相変わらずその瞳を気にしているようだが、相変わらず無理もしているようだ。
「あんなに綺麗なのに……」
呟いて、ファリーヤはふるふると首を横に振った。
ラシードのことも気になるが、いまはダレイスが優先事項だ。
ダレイスはひとり暮らし、さほど大きくはない家である。
私室には寝具が広げっぱなし、台所は食器がそのまま置いてある。
随分と荒れているとはいえ、この程度はいつものことだ。
周囲に誰もいないことを確認してから、ファリーヤは仕事部屋の絨毯をめくる。
石作りの中、そこだけ木製の板がはめてあり、その板を持ちあげて暗い中に声をかけた。
「ダレイス?」
しかし返事は、戻ってこなかったのである。
基本的に水曜日と土曜日に投稿しています。
よろしくお願いします。




