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ハリユ王国物語  作者: ねむのき新月
22/24

4章の5 女魔神

 月がないにもかかわらず、その姿自体が輝いているように隅々まで見て取れる。

 均整のとれた長身、漆黒の長い髪、手足には金の装飾品が煌めいている。


「この子の羽衣、返してもらおう」

「何!?」


 美女が軽く手を振ると、ギーライのターバンが勝手に解け、一緒に巻いてあった布が離れる。


「そんなところに隠して……!」

「ミラルよ、受け取るがいい」

「はいっ」


 顔を輝かせた少年は、舞う羽衣をしっかりつかみその身に纏った。


「まったく。ようやく見つけたぞ、ミラル」

「申し訳ございません、レイヴァーナ様!」


 跪くミラルを、美女――レイヴァーナは叱責する。


「これに懲りて、迂闊に人間界になど来るではないわ」


 そして、その場を見渡した。


「さて、壺と言っていたが――。おお、それか。なるほど。珍しい物がある。古の大王の所持していた壺を真似たか。なかなかの性能じゃな」

「な、なんだ。貴様は……」


 剣を構えるイクレムなどものともせず、レイヴァーナはすいっと右腕を突き出し、人差し指の長い爪を上下させた。

 すると、まるで空気が刃と化したように、イクレムの手にあった青銅の壺がまっぷたつに割れたのだ。


「な、そんな!」


 そこから溢れた黒い煙が、たちまち人型を取っていく。

 そして瞬き三つのうちに、ダレイスとなった。


「ああ、助かった。あれ、レイヴァーナお祖母様? なんでまた……? もしかして、じきじきにミラルを探しに来たんですか? だったらおれにやらせる必要はなかったのに。一体誰に招かれ――痛っ」


 自分より頭ひとつ高いダレイスを、レイヴァーナは思い切り小突いた。


「たわけ! そなたが不甲斐ないせいでこういう仕儀になった! あの程度の壺に捕らえられおって、情けのない」

「そうは言いますけどね、結構耐えたんですよ。すぐに封じられなかったところを褒めて――そうだ、ファリーヤは!?」

「無事じゃ」

「ああ、よかった。で、ここどこです?」

「知らぬ」

「えーと。うわ!」


 いきなり腰に衝撃を受け、見下ろせばミラルが抱きついていた。


「あ、ああ、ミラル。おまえも無事だった――」

「ダレイス様! お許しください! ダレイス様にとんだ狼藉を働き申し開きも――」

「それはいいけど、最初にザフラを尾けてきたのも、おまえだね?」


 ダレイスの確認にミラルは頷く。


「はい。あの悪党に命じられて……。ですがダレイス様をお見かけして、あのような人間にいいように使われている自分を見られるなど、恥ずかしくて――」

「ああ、もう、気にするな」

「ダレイス様……!」


 腰から離れようとしないミラルを扱いあぐね、レイヴァーナをうかがった。


 レイヴァーナは大層怒っていた。

 ダレイスの相手もそこそこにギーライに向くが、ギーライが斬りかかってくるほうが早かった。


 ただ立ち尽くしているようなレイヴァーナの前に、飛び出してきたのはラシードだった。


 剣が重なる、高い音が響く。


「凶眼の小僧!」


 ギーライの舌打ちより、ラシードは壺の状況のほうを嘆いた。


「なんてことだ。これは、兄上に顔向けしにくいな」


 組み合った剣を押し返すように飛びすさり、ラシードはギーライと改めて向かい合う。


「あんたが追放された従兄殿とは知らなかった」

「ふん。知ったところでどうにもなるまい。おまえとて、わたしと同じ道を歩むことになるだろうよ。いずれサヒードは、おまえを疎ましく思うようになる」

「それでもぼくは、兄を慕い続けるだけだ」


 そこがラシードとギーライの違いだ。


 大きく振りかぶったギーライの剣をいなすように受け流し、そのままラシードは脇を狙う。

 半回転してそれをよけたギーライは切り上げたが、ラシードはのけぞって数歩下がった。

 少年の体勢が整う前に突っ込んできたギーライの剣を、ラシードは巻き込むようにして弾き飛ばす。

 肩で息をしつつギーライの眼前に剣を突きつけるラシードを、満足そうにレイヴァーナが労った。


「大義じゃな、人間の子供よ」


 そうして、レイヴァーナは鷹揚にギーライを見下ろした。


「そなたの罪数えよう。我が娘の眠る地を乱し、我が孫及びひ孫に手を出した。我が一族を無法に捕らえ契約せずに使い魔とした。さて、そんな人間にどのような罰が相応しかろうや? 犬にするか、驢馬にするか」

「まさか。本物の、女魔神とはな……?」


 ギーライが素早く懐から取り出した小袋をぱっと投げる。

 白い粒子が散るが、レイヴァーナはそれを鬱陶しそうに払っただけだ。


「塩か? 魔神は塩を嫌うと? 鉄を嫌うと? 芸香を嫌うと?」


 レイヴァーナが冷ややかに笑んだ。


「くだらぬ。下位の魔物ならいざしらず、魔神王の中の魔神王ゲイドルの長子たるわらわに効くものか。小賢しい人間よ、塵にしてくれるわ」


 すっと手を上げる女魔神を、ようやく追いついたファリーヤがすがるように止めた。


「ひいお祖母様、待って! 人間の罰をちゃんと受けさせるから! ダレイスとお祖父様の仲がまた悪くなっちゃう!」

「タリクなぞどうでもよいが……」

「あたしは、お祖父様とダレイスに仲良くして欲しいし! ひい祖母様とも仲良くして欲しい!」


 息を整えることもなく必死なファリーヤに、レイヴァーナは吐息を漏らし、気を失っていたイスヴァとイクレムを、どこからか取り出した縄で、みっともないほどぐるぐると巻くにとどめる。ギーライも同様だ。


 人間三人への興味などすぐに失ったレイヴァーナは、ファリーヤに向いていた。


「魔神の国へ行くという呼び出しではなかったのだな?」

「ご、ごめんなさい」


 ファリーヤが投げた腕輪はレイヴァーナを呼び出すためのものだ。

 レイヴァーナはファリーヤを魔神の国へ連れて行きたがっていた。

 炎から救うためではなく、墓地の地下から地上へ出すためではなく。


 謝るファリーヤの頬に、レイヴァーナはそっと口づける。


「愛し子よ。そなたはネイラによく似ている。何用であろうと、呼ぶがいい。いつでもどこでも、そなたの声なら必ず聞こえる」


 そして、ダレイスに向き直り、呆れた様子で声をかけた。


「で。そなたはどうする気じゃ、ダレイス?」

「まだ帰りませんよ。親孝行が全然できてないんだから」

「ダレイス様。では、わたしをおそばにおいてください。わたしの主人は未来永劫あなただけです」


 言い募るミラルに、ダレイスは噛んで含めるように言い聞かせる。


「あのね。何度も言うけど、おれは女性が好きなの」

「ならば、女の姿を取ります!」

「……そういう問題と違う……。とにかく、おまえは魔神の国に帰りなさい。お祖母様はおまえを心配しすぎて、おれが悪いと責めるし、『探せ』ってひと言だけの手紙を寄越すし、怖いったらないよ」

「でも」

「でもじゃない。お祖母様。ちゃんと言い聞かせてくださいよ」

「好きという感情はどうにもならん」


 自身も人間に恋した身なのだ。その感情の制御の仕方など、わかるはずもなかった。


 レイヴァーナはファリーヤに新しい腕輪を渡し、若い魔神を誘った。


「用はすんだ。戻るぞ、ミラル」


 そして女魔神は現れたとき同様、潔いほど唐突に姿を消した。


「また、また必ず参ります、ダレイス様。ダレイス様が招いてくださるのを、お待ちしておりますから」


 羽衣を纏い鷹の姿になって舞い上がったその姿が、名残惜しげに夜空を旋回しつつ消えてから、ダレイスは疲れたように肩を落とした。


「いや、招かないから。魔神の国でおとなしくしててよ……」


 ファリーヤはファリーヤで、血の気の引いた顔で呟いている。


「ひいお祖母様を呼んだなんて知られたら、お祖父様に大目玉だわ」


 安心したがゆえの日常的な心配に、ダレイスがはっとする。


「そうだ、しぶとい年寄りってのは親父のことか? あの元気すぎる年寄りは、また何をしたって?」

「はぁ!? お祖父様はあなたをおびき出すために捕まっちゃったんじゃない! 反省してよね、ダレイス叔父様!」

「おまえ、本気で叱るときばっかり叔父って呼ぶんじゃないよ。おれだって傷つくんだからな。仕方ないでしょ。たとえどんな面倒が予想できても、女性だよ? 壺の扱いに困ってるって泣き付かれたら、放っておくなんてできないね」


 真面目な顔で胸を張るダレイスに、ファリーヤは低く唸る。


「そんなことだろうと思ったわ……! でもね、だからって危なそうな壺をほいほい開けないでちょうだい!」

「う……。そこについては、今度気を付けます……」


 魔神に会ったことがある。

 以前、ファリーヤは確かにそう言った。


 ファリーヤとダレイスのやりとりを見ながら、ラシードは何やらふいに笑い出していた。


 そしてその笑いは見事に伝染し、夜中に三つの笑い声が響くことになったのである。

基本的に水曜日と土曜日に投稿しています。

よろしくお願いします。

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