妖精郷とお嬢様 5
オベイロンさんとの朝食は、果物と野菜を中心としたメニューだった。
ここに来てから肉や魚を食べた記憶がない。
商店で扱っているのを見たが、全体的に少ない気もしたので、エルフはベジタリアンなのかなと思う。
そんな俺にオベイロンさんが——
「ユウ殿、それにリサ殿。肉や魚が出なくて申し訳ないな。エルフは野菜果物がメインだからな。今日の夕食には肉を出すようソフィアに言っておくよ」
顔に出ていたか?
と思っていたが、オベイロンさんが顔を真っ赤にしたリサに話していた。
顔に出ていたのはリサの方だったか。
「リサ……恥かしい!!」
「し、仕方ありませんわ。牢屋からを数えればもう何日もお肉を頂いてませんもの」
小声でそう言いながらリサは俺の腰へ手をまわしてくる。
「いたっ!!」
「ユウ殿?」
「い、いえ、大丈夫です……ははっ」
なんで事あるごとに俺のお尻を抓るんですか、リサさん。
いつか借りは返させてもらおう。
俺は気分を変えるつもりで、昨日の疑問をオベイロンさんに聞いてみる。
「そう言えば、お聞きしたいのですが、エルフの中間世代の方がいないようなんですが何故なんですか?」
「……その話が出るという事はソフィアの様子も知っているんだね。どこまで聞いたかな?」
「ほとんど教えてもらってません。中間世代の話で落ち込んでしまって、聞けなかったんですよ」
オベイロンさんは、真剣な表情になる。
「……ソフィアにとっては悲しい出来事だからね。どこから話すか……」
数刻考えたのちオベイロンさんは話し始めた。
「この郷に先史文明の研究に情熱を傾けたある若者がいた。その若者は生涯を研究に費やしても構わないという青年だった」
「なんかユウと気が合いそうな方ですわね」
「確かに合いそうだ」
先史文明の研究ってだけで親近感がわくよ。
「我らエルフは……言い伝えで先史文明を避けるのだが、その青年は逆に積極的だった。この郷で異端者、変人……いろんな風に呼ばれてたよ。もっとも本人の人当たりと性格が良かったから、悪く言う者は居なかったがね」
今、何か言葉を置き換えるように『言い伝え』にした気がする。
この郷に来てから魔導具を見てないから、エルフ全体で何かあるんだろうか。
「そして、約百年くらい前に事件が起きた。平原に突然大きな穴が開いたんだよ。前日まで何もなかったそこにだよ。そう、昨日のような穴だった」
「というと、それは遺跡だったんですか?」
「そう、それは遺跡への穴だったよ。突然の遺跡出現に我々は戸惑いつつも、まず調査隊を三十人編成で向かわせた。もちろん、その青年もその中の一人だ」
突然、遺跡が現れるなんて聞いたことないな。
そもそも遺跡自体の数が少ない。
確か各国で二、三件くらいだ。
「調査隊を向かわせて一週間。ようやく戻ってきたが、その青年を除いて誰も帰って来なかった。青年も血塗れで満身創痍の状態で、何があったか答えられなかった」
「三十人近くもですか?遺跡のトラップにしても異常ですね」
「ああ、向かわせたのは、この郷でも戦闘や知識にそれぞれが長けた者たちだ。それらが帰って来なかったよ」
その編成でほぼ全滅というのが信じられないことだ。
昨日のオベイロンさんから来る緊張感は、昔に起きたことを思い出したからだな。
「そして、その青年が戻って来てから、この郷で異変が起きるようになった。若者の失踪事件や原因不明の急死だ」
何となく状況がわかって来た俺はーー
「それが中間の世代なんですね」
オベイロンさんが「ああ」と頷き、言葉を続ける。
「その世代、この郷で言えばおよそ四割がいなくなってしまったよ。そんな中で、青年も豹変していった。……違うな、遺跡から戻って来た時には、変わっていたよ」
「というと?」
「変人などと言われているその青年は、人当たりも良く、明るい性格だったのが、寡黙になり誰とも口をきかなくなってしまい、さらに自室に篭り、姿を見せなくなった」
変わったタイミングは遺跡調査。
その遺跡で何があったのだろうか?
「遺跡発見から二ヶ月、郷の長老七人が殺される事件が起こった。目撃情報からその青年が行った線が濃厚になり、捕らえに向かう頃には、青年は消えていた」
「その人が犯人なんですか?」
「おそらくな。しかも同時に遺跡も消えたよ。平原は元の何もない平原に戻っていた」
その人を変えてしまうほどの何かが、遺跡にありそうだな。
「しかも行方不明や急死がなくなったよ。……もっとも、この郷の中間の世代が殆どがいなくなってしまった頃だったけどね。それから我々は遺跡を『禁忌』として扱うようになったよ」
なるほど、だから中間の世代がいないのか。
そして昨日の遺跡を発見したときに『禁忌の領域』と指定して、オベイロンさんの態度が豹変したのかも分かった。
「中間の世代の方達がいなかったのは、分かりましたけど、ソフィアさんどう関係してくるのかしら?」
「おそらく、その世代の誰かと親しかったのかな」
小声で聞いてくるリサに、小声で返す俺。
「半分正解だ。……ソフィアは、その青年の妹だよ。兄妹仲が良くてな。突然の事件に、当時のソフィアはかなりまいっていたよ。今でもそれを引きずっているんだよ」
その『青年』さんがソフィアさんのお兄さんだったのか。
ん?
てことはオベイロンさんの息子でもあるんだよな。
言い方から子供の話というより、他人の話をしているようだった。
これが郷の長という立場なんだろうか。
「さて……おお、朝食だというのに長話になってしまったな。この後はテラスでお茶にでもしようか。ちょっと、待っていてくれ」
オベイロンさんはそう言いながら、奥の部屋へ向かっていった。
「予想外のお話でしたわね。ソフィアさんが悲しんでいた理由は、分かりましたけど……。何て言って良いのか……わたくしはソフィアさんに何か出来るかしら?」
「たぶん……たぶんだけどさ、リサはいつも通りにしてれば良いんだと思うよ」
「いつも通り? それでは、何も変わらないですわ」
「正直言うとソフィアさんの悲しみを無くすことなんて、俺達には無理だよ」
リサは俺をジッと睨んでくる。
だって、百年の悲しみを俺達が癒やせるわけないでしょ?
「でも、俺から見たリサとソフィアさんは、とても仲良しに見えるよ。今のリサには、ソフィアさんの悲しい思い出は変えられないけど、楽しい思い出は増やせるんじゃないかな」
「……そうですわ。楽しい思い出を増やせば良いんですわ」
分かってくれて良かった。
「おお、待たせたな、ユウ殿、リサ殿。準備をさせ始めたから、テラスに移ろうか?」
「オベイロン様、わたくしは午後からソフィアさんの所に行って楽しい思い出を作りますわ」
「楽しい思い出? ああ、構わないよ。ユウ殿は? せっかくだからお茶しながら一勝負したいんだが……」
一勝負?
何の勝負なのかな。
そして、俺とオベイロンさんはそのままテラスへ、リサはソフィアさんの元へ移動した。
◇◇◇◇◇
王、女王、騎士、兵士……
テラスの一角には、小さなそれらが転がっていた。
「一勝負ってこれですか?」
「ああ、ソフィアやリサ殿からユウ殿はチェスが得意と聞いていたからな。かなりの腕前とだとね。機会があれば勝負したいと思っていたよ」
「期待に応えられるように頑張ります」
最近、チェスばっかりしている気がするな。
チェス盤含め駒まで木製で出来ていた。
「ちなみに、エルフもチェスをされるんですね。知りませんでしたよ」
「まあ、ここ百年位で広まったな。当時、一人の旅人がこの郷を訪れて、チェスが広まったんだよ」
その旅人には感謝だな。
まさかエルフの郷でもチェスが出来るとは思わなかった。
「とても印象的な少女だったよ。自分の事を『美幼女』と言って、とても大人びていたな」
「美幼女?」
最近、聞いたばっかりのフレーズだ。
いや、でもあの人だとしても百年前の話だしなあ。
「チェス以外にも、その子は医者だったから人間界の医術を教わり助かったよ」
「『医者』だったんですか……ちなみに銀髪で、さらに『巨乳』とか言ってました? たぶん言ってると思いますけど」
「よく分かったな。その口振りからすると知人か? それとも有名人になったか? あれだけの医術だし、それも分かるよ。まだ、存命とは嬉しいね」
存命って、生きてるって意味だよな。
生きてるし、ついこの間チェスで勝負したばかりですよ。
アリスちゃん、やっぱり見た目通りの年齢じゃなかったな。
「また会えると思いますよ。俺はこの間も会いましたし……」
「そうか、縁を信じるとしようか」
どうやらおばあちゃんになってると思ってるな、オベイロンさんは。
「それでは勝負を始めるとするか。せっかくだから何か賭けるか?」
「いえいえ、力の差が分からないのに賭けるんですか」
オベイロンさんがしたり顔でこちらを見つめてくる。
「その方が面白いではないか。そうだな……こっちが勝ったら、君の人生の一部を使って私のお願いを聞いてもらうのはどうだ」
この勝負って俺の人生が賭かっちゃうの?
「ユウ殿が勝てば……今後何かあれば、私が出来るかぎりの力を貸そう」
これって物凄いチャンスなんではないだろうか。
負ければ、人生の一部という位だから何か長期間の仕事?をすることになる。
勝てば、妖精の王が何かあったら力を貸してもらえる……
ていうか、チェスでこんな内容を賭けるものか?
「何を悩んでるんだ? 分かった。レートが足らないか……。では、こちらはソフィアも付けよう。よし、始めようか」
そう言いながらオベイロンさんが、兵士の駒を中央へ前進させる。
ソフィアさんも付けるって何言ってるんですか!!
オベイロンさんはチェス——もしくはギャンブルだろうか——になると人が変わるという事が分かった。
二時間後。
「ユウ殿、謀ったな。侮っていたわけではないが、その歳で強すぎるのではないか?」
なんかデジャブが……。
さすがアリスちゃんからチェスを教わっただけありますね、セリフが似てますよ、オベイロンさん。
結果はギリギリだったが俺の勝ちだ。
オベイロンさんの棋力は、アリスちゃんや爺ちゃんより少し弱い感じがした。
それに『ソフィアさん』が賭けの対象にならなければ、俺も動揺しないでもう少し速く決着が着いた気がするが……
「ええい、もう一勝負だ。こちらは郷でのユウ殿専用の住居を用意しよう。そちらは『ソフィア』を返してもらおう。ではいくぞ!!」
二時間後。
「ぐっ!! もう一回だ。こちらは土地の所有権を……」
二時間後。
「まだだ!! まだ終わってないぞ。こちらは……」
一時間半後。
「……も、もう一戦。頼む。この通りだ」
一時間半後。
「……」
オベイロンさんは燃え尽きたように、椅子にだらんと背を預けている。
現在の俺の勝ち分でいうと、何かあったときにオベイロンさんが助けてくれて、ソフィアさんが一緒に来てくれて、樹木内住居が一部屋どころか樹一本丸ごとになり、そこの土地も一部ではなく丸ごとになったりしている。
う〜ん、オベイロンさんはギャンブルで身を滅ぼすタイプの人だな……
「オベイロンさん、もう遅いですし終わりにしましょう」
「……しかし、これでは家族に顔向けできない。ソフィアに顔向けが…… いや!! ディアーナに殺されてしまう……」
ディアーナ?
話からすると家族の人のようだが、ここ数日では見てないな。
オベイロンさんが両手を頭に抱えて震えている様子からかなり怖い人なんだな。
「こうしませんか? 俺の賭けで勝った分は今すぐではなく、オベイロンさんが可能な時に行って頂くと言う事でどうでしょう」
「どういうことだい?」
「期限を設けないということです。俺としても勝った分が、すぐに必要かというとそうではありません。俺は数年経ったら、大人になったら遺跡調査や旅の途中でこの郷にあらためて来るつもりです。その時にまたお茶をしながら勝負をしましょう」
「こちらは今すぐに賭けの精算をせずに、再勝負ができるという事だね。ユウ殿がそれで良ければ、こちらとしても願ってもない申し出だよ!!」
オベイロンさんは、『ありがとう、ありがとう』と俺の腕をブンブン振り回す。
よ、よっぽど、そのディアーナさんという方が怖いんだな。
俺が部屋を出る際に、後ろから『良かった。これでディアーナに殺されずに済む。良かった』とかの小声が聞こえた気がするが聞かなかったことにしよう。
集会所の樹を出る頃にはすっかり雨はやんでいた。
夜だというのに所々に薄い明かりが灯った——草や木が発光している——道を歩きながら俺はソフィアさんの家に帰った。




