妖精郷とお嬢様 1
気がつくと大空の真っ只中を浮いていた。
あー、いつもの夢か。
それにしても、ずいぶんと久しぶりに感じる。
ここ最近、貴族のお嬢様に突然襲われたり、川に流されて隣国に行ったり、魔物と戦ったり、自称『巨乳で美幼女な天才魔法使い』とチェスしたり、年齢不詳で綺麗なオネエさんに魔獣をけしかけられたりと、ここ一週間くらいでの出来事とは思えないな。
村での平和な時がほんとなつかしい。
そんなことを考えていると、いつもの通り、例の二人が現れる。
「相変わらず、この夢を見るけど何なんだろうね」
誰も返してくれないのは分かっている。
どうせ、右の人と握手して、何も話せず、そまま落下だ。
いつものパターン、この十年で少しずつ変化はあるが全体が変わる訳じゃない。
そして俺は、自分と同じ顔をした右の人と握手をする。
「我にもわからぬ。ただ、推測ではここは……」
ん!?
「我らが対話をする為にあるのだろう」
んん!?
「しゃ、しゃべってるよ!!」
「話をしたらだめなのか? 既に外では話したではないか」
「話したって……この声は『幻聴の人』なのか?」
間違えない。
助けてくれた恩人の声だ、間違えるはずがない。
「ふむ、こうして対面して話すのは初めてだな。はじめましては……変だな」
「ああ……はじめまして? いや、まずはお礼だね。あの時はありがとう」
しかも、片言のしゃべり方じゃない。
「いや、我の為に行ったことだ、気にするな」
「ちなみに何で夢で昔から会えていたのかな?」
「ふむ……正確には魂といっていいのか、そういうものと繋がっているようだな」
魂……心、精神みたいなものと繋がっているって?
「俺のもう一つの人格ってことかな?」
「さあな、我もよく解らぬ。我の存在は、汝の中にしかないのは確かだが、汝の身体を動かせたことはない」
う〜ん、この人は何なんだろうか。
……うん、考えても分からないや。
とりあえず、今はもう一人の自分なんだとしか考えられないでおこう。
「あっ、そういえば名前を聞いてなかったな。俺はユウ……って、これは知ってるか。名前を教えてくれるかな。まさか、同じユウって事じゃなければさ」
「名前は……ない。……いや、『憂鬱』……で、かまわない」
「『憂鬱』か。それって名前じゃなくない?」
「かまわない。我に名前は存在しない」
名前がないって辛くないか。
「それより、今は夢の中だ。時間が無い。必要なことを話していこうか、ユウ」
「必要なこと?」
「まず、我は今後しばらく眠る。奥の手を使った為に、力が無くなったからだ」
「あの力のことか。あれって何なの?」
「あれは『増幅』という能力だ。対象の何かをブーストさせる事が出来る。ただ、使用するのに体力や精神力をかなり消耗する」
『増幅』か……桔梗さんが言ってた魔力素質ゼロの人間が目覚める能力。
「ケルベロスを倒した時、リサの魔法がかなり強くなったのはそのためか……」
「本来は、我と汝で発動させるモノだが、今回は我が強引に使ったため、我の負担が大きすぎた。だから、しばし眠る必要がある」
「そうなのか、無理をさせてごめん」
「……気にするな。汝の死は、我の死でもある」
「ありがとう。それじゃあ、俺はこれからどうした方がいいかな?」
「自己鍛錬を怠るな。もう死ぬような目にあわないように強くなってくれ」
「分かったよ。俺もそのことは考えていたからね」
今回みたいに、急に魔獣と戦うことになるかもしれない。
万全な体勢で戦えないこともあるはずだ。
もっと肉体的にも知識的にもやらないといけないこと多いな。
「ちなみに能力の方の鍛錬は?」
「桔梗も言っていたが、そっちの鍛錬方法は無いな。いつか使いこなせる様になるとしかいえない」
「そっか…… そっちは気長に待つよ」
「……我の言いたいことは終わった。もうそろそろ時間だな。その前に何か話しておきたい事はあるか?」
時間?
いつもの落下か……
「そうだな……」
俺は、あごに指をあてながら考え、視線を『憂鬱』ではない、もう一人へ向ける。
「ちなみにこのもう一人は誰? 話したことがないんだよね」
「この者は、我にも解らぬよ。こちらの接触に応じない」
そっか、情報なしか。
この人もおれのもう一人の自分なんだろうか。
その時、『憂鬱』が「時間だ」と話しかけてくる。
「また会えるのを楽しみにしてるよ。じゃあね『憂鬱』」
と、言った瞬間、俺の浮遊感は落下感へと変わる。
毎回の事だが心臓に悪いな。
俺は、見えない地面を目指し、ものすごいスピードで落ちていく……
◇◇◇◇◇
「うわっ」と、自分の声とともに目が覚めた。
そして、視界に入ったのは、見知らぬ天井ではなく、リサの顔が目の前にあった。
ち、近いよ、リサ。
「……良かったですわ、目覚めてくれて……」
「……心配かけてごめん。無事だったんだね。良かったよ」
「ええ、何とかわたくしも無事ですわ」
と、何かデジャブを感じて辺りを見た。
木製の椅子やテーブル、壁も木で出来ている質素な部屋だった。
良かった……また、牢屋かと思ったよ。
「急に、ニヘーっと顔が緩んだと思ったら、ものすごくうなされたのですもの驚きましたわ」
「ああ、これは夢のせいだよ。たまに見るんだよ。だから心配しないでくれ」
「夢? 傷の痛みで苦しんでいる訳ではないのですわね?」
「傷は……そういえば背中が痛くないな」
確か、身体を動かすことが出来ないほど、背中の火傷がひどかったと思ったんだけど……
「ソフィアさんの傷薬おかげね。あとは桔梗さんの薬の効果もあるんでしょうけど」
「桔梗さんの薬って?」
「姿を消したところにポツンと薬瓶が置いてあったのよ。こっちに来てから中身を確認して頂いたら強力なポーションだったから使いましたわ」
あの時は気が付かなかったけど、桔梗さんも気にしていたんだな。
「なるほどね。だから傷の痛みがないんだ」
「もっとも、どの傷も完治にはいたっていませんので安静にしてくださいな」
俺は、頷きながら「所でここはどこ?」と確認する。
「ここは、ソフィアさんのご自宅ですわ。その客間をお借りしてます」
「俺が気を失ってからは、トラブルもなくソフィアさん達の力で脱出が出来たんだね」
「最初は、森の道を開くって言ってましたから、移動しやすくする魔法かと思っていたんですが、あれは転移魔法ですわね。あっという間にこの郷に来ましたわ」
おそらく、エルフ独特の魔術なんだろう。
「あとは、この部屋をお借りしてユウの看病ですわ」
「リサ、ありがとう」
「当然ですわ。ユウには、今回何度も助けて頂いたんですもの。それに、何もなくてもお助けしますわ」
リサは、いつもの天使の笑顔で答えてくれる。
「さて、それじゃあソフィアさん達にもあいさつするかな」
俺は起き上がろうとしたとき、右手が何かを握っているのに気が付いた。
見るとリサががっちりと俺の手を握っていた。
「ご、ごめんなさい。いつの間にか握ってましたわ」
リサが、顔を赤くする。
「い、いや。気にしてないよ」
ああ、こっちも気恥ずかしくて顔を赤くなってるはずだ。
「……」
「ワン!!」
突然の叫びに俺とリサはビクッとして手を離す。
声の方へ顔を向けると俺の腹の上に子犬——あのケルベロスが乗っていた。
「——シュタイナー。驚かせないでくださいまし」
「シュタイナー?」
「ユウが倒れるとき、名前をつけていいっておっしゃいましたよね。だから、この子はシュタイナーと名付けましたわ」
「ワン」
……どうやら、シュタイナーも名前を気に入っているようだ。
「そうか、シュタイナー、これからよろしくな」
シュタイナーは尻尾を振りながら「ワン」と元気よく答えてくれた。
「さて、私はソフィアさんに目覚めたことを報告してまいりますわ。今は深夜ですからゆっくり休んで明日あらためて挨拶しましょう」
深夜だったのか。
確かに部屋全体が暗かったから夜だろうと思っていたけど……
「ん? ちょっと待って、俺ってどのくらい寝てたの?」
「う〜ん、おおよそ二日ですわね。それじゃ、行ってきますわ」
リサはそう言って部屋を出て行った。
二日か。
想像以上に重傷だったんだな。
軽く身体を動かしてみると、確かに完全に治っておらず、いろんなところが痛い。
特に脇腹の骨折は、治っていなかった。
シュタイナーは「ク〜ン」と低い声を上げながら俺を見上げる。
「ああ、もう終わった事だし、気にするなよ」
俺は、そう言いながら頭を撫でてやる。
「そろそろ、眠るか。あしたは忙しい様だからな」
「ワン」
その後、まだ薬が効いているのか、俺はあっさりと落ちるように眠りについた。




